従来法では発見できない頭部外傷による脳傷害を画像化

従来法では発見できない頭部外傷による脳傷害を画像化

認知機能障害の新たな画像診断法

2022-8-18生命科学・医学系
医学系研究科准教授加藤弘樹

研究成果のポイント

  • 頭部外傷に伴うびまん性軸索損傷では、深刻な神経障害、認知機能低下が生じるが、CT、MRIなどの従来検査では診断が難しい。
  • 活動している神経細胞の分布を画像的に評価できる123I-イオマゼニルSPECTとMRI画像データを用いて、従来法では発見できなかった頭部外傷後の神経傷害を画像化できることが示された。
  • この方法によってCT、MRIなどでは診断できないびまん性軸索損傷による脳機能障害を、客観的に画像診断できる可能性がある。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の加藤弘樹准教授(核医学)、連合小児発達学研究科の森悦朗寄附講座教授(行動神経学・神経精神医学)らの合同チームは、SPECTとMRIを用いて、頭部外傷に伴う脳傷害を診断するための新たな画像診断法を開発しました。

頭部外傷では、受傷時の脳に様々な力がはたらき、脳に多彩な障害をもたらします。これにより、物事を判断する能力(認知機能)や、感覚・運動機能、意欲等に関して深刻なダメージが認められることが多くあります。これらの症状は受傷後時間が経過しても、継続することがあり、患者さんの社会的な活動に対する大きな障害となります。特に、小さい傷害が広範囲に分布するびまん性軸索損傷の患者さんでは、画像診断で責任病変を客観的に特定することが難しいため、必要な治療や社会的支援が得られないケースもあります。

今回、研究チームは、びまん性軸索損傷の患者さんにおける認知機能障害の責任病変を、SPECT薬剤123I-イオマゼニル脳SPECTとMRIを用いて診断するための新しい方法を開発しました(図1)。

今後、この画像診断法によって頭部外傷に伴う脳機能障害の診断がより正確にできるようになると同時に、びまん性軸索損傷の病態解明につながる可能性があります。

本研究成果は、米国科学誌「Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism」に、7月7日(木)21時(日本時間)に公開されました。

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図1. 正常神経細胞では、ベンゾジアゼピン受容体が発現しており123I-イオマゼニルが受容体に結合するため、SPECTでその放射能が検出されます。頭部外傷で軸索損傷が起こると神経細胞活性が低下、受容体結合も低下しSPECT信号が低下します。時間の経過とともに一部で細胞死によって脳が萎縮すると考えられます。

研究の背景

頭部外傷によるびまん性軸索損傷は、頭部外傷後、重大な脳機能障害を呈しているにもかかわらず、頭部CT、MRIでは大きな血腫、脳挫傷を認めない病態です。原因の一つとして、強力な力が頭部に加わった際に、頭蓋骨の変位と脳の変位の時間差によって脳がねじれ、その際に神経線維である軸索にけん引力がかかり、断裂するなどして損傷すると考えられています。軸索損傷により脳内の信号伝達が悪化し、損傷部位から推定されるよりも広範囲にわたる脳機能がダメージを受けます。びまん性軸索損傷では、小さい損傷が分散することからCTやMRIのような画像検査では検出することが難しい場合が多く、診断がつきにくい場合が多くあります。

123I-イオマゼニルは、脳の神経細胞にまんべんなく発現するベンゾジアゼピン受容体に結合する放射性薬剤です。123I-イオマゼニルの集積分布をSPECTで撮像することによって、活動している神経細胞の分布を画像的に評価できることが特徴で、現在は難治性てんかんの病巣診断のために用いられています。びまん性軸索損傷では神経細胞の一部が活性を失うため、123I-イオマゼニルSPECTではその部分が信号低下領域として検出されると考えられます。また、さらに損傷が大きい場合は時間経過とともに脳の萎縮が認められます。

研究の内容

研究グループでは、頭部外傷後の患者さんの内、びまん性軸索損傷と診断された患者さんと、脳に疾患のない健康な方に、それぞれ認知機能検査、MRI、および123I-イオマゼニルSPECTを行いました。その結果、研究に参加された患者さんでは、脳に大きな損傷が認められないにも関わらず、何らかの認知機能障害が診断されました。MRIの画像処理によって脳の萎縮の程度を評価し、健康人と統計学的に比較したところ、患者さんでは前頭葉、側頭葉、頭頂葉など、脳の広い範囲で有意な脳萎縮を認めました。123I-イオマゼニルSPECTは脳委縮による影響(部分容積効果)を受けやすいため、その影響をMRIによって補正し、健康人と比較を行ったところ、大脳の内側部(帯状回)や、頭頂葉の一部(楔前部)、前頭葉の内側域、小脳などに信号の低下が検出されました。特に帯状回や楔前部の信号低下は認知機能障害の進行と並行して認められることがわかりました。

このような123I-イオマゼニルSPECTの所見によって、認知機能障害を伴うびまん性軸索損傷の患者さんを、非常に精度よく診断できることが明らかになりました。

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図2. 健康な人と比較したときに、患者さんでは、特に前頭葉や頭頂葉の内側、帯状回にイオマゼニルSPECTで有意な信号低下が見られます。ROC解析(Receiver Operating Characteristic analysis)では、これらの領域で曲線下面積(AUC)が0.9程度と高い値を示し、この所見が客観的な診断指標になりうることを示しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

事故などで頭部外傷を受けた患者さんの多くでびまん性軸索損傷が認められます。その損傷の程度は軽度であっても、慢性期になって認知症を発症することが多くあります。また、同時に意欲や注意力、集中力の低下が伴い、性格の変化を認める場合もあります。びまん性軸索損傷に伴うこのような認知機能障害は、疾患の性質上、若くて働き盛りの方に起こりやすく、社会的活動の妨げになります。患者さんが支援や理解を得るには、症状と外傷の因果関係を明らかにすることが必要です。しかし、受傷から時間が経過しているとCTやMRIなどの画像診断による異常所見が不明確になり、客観的な診断を行うことが難しくなります。

研究グループは、123I-イオマゼニルSPECTによって、認知機能障害を伴うびまん性軸索損傷の患者さんを、機能画像で客観的に診断できる可能性を示しました。これを臨床画像検査として応用できれば、患者さんが、社会的、経済的支援を得やすくなる可能性があります。さらに、この疾患の根底にある病理の理解が進むものと思われます。

特記事項

本研究成果は、2022年7月7日(木)8時(米国時間)〔7月7日(木)21時(日本時間)〕に米国科学誌「Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Impaired neuronal integrity in traumatic brain injury detected by 123I-iomazenil single photon emission computed tomography and MRI”
【著者名】 Hiroki Kato1, Jyoji Nakagawara2, Kenji Hachisuka3, Jun Hatazawa1, Katsunori Ikoma4, Eiichi Suehiro5, Hidehiko Iida6, Kuniaki Ogasawara7, Osamu Iizuka8, Sumio Ishiai9, Tadashi Ichikawa10, Tadashi Nariai11, Tetsuya Okazaki3, Tohru Shiga12, Etsuro Mori13
【所属】
1. 大阪大学大学院医学系研究科 放射線統合医学講座 核医学
2. 中村記念病院 脳神経外科
3. 産業医科大学医学部 リハビリテーション医学講座
4. 北海道大学病院 リハビリテーション科
5. 山口大学医学部 脳神経外科
6. 国立循環器病研究センター研究所 画像診断医学部
7. 岩手医科大学 脳神経外科
8. 東北大学大学院医学系研究科 高次機能障害学分野
9. 札幌医科大学医学部 リハビリテーション医学講座
10. 埼玉リハビリテーションセンター 神経内科
11. 東京医科歯科大学 脳神経外科
12. 北海道大学大学院医学系研究院 放射線科学分野 画像診断学教室
13. 大阪大学大学院連合小児発達学研究科 行動神経学・神経精神医学寄附講座 (東北大学名誉教授)

本研究は、国際科学振興財団の委託を受けて実施したものです。

患者様およびご家族の方へ

本研究は臨床研究として期間を限定して検査を行ったものです。
頭部外傷の患者さんに当該SPECT検査を保険検査として行うことはできません。
現在は、頭部外傷に関する当該SPECT検査はどの施設でも行っておりません。
この研究の今後の進捗につきましては、機会の折にご報告させて頂きます。

用語説明

びまん性軸索損傷

頭部外傷後、神経機能障害や認知機能障害があるにも関わらず、CTやMRIで明らかな異常所見が認められない病態。 強い外力により脳が変形、変位した結果、神経細胞の軸索が強く引っ張られ、広範囲に断裂し、機能を失うと考えられています。

123I-イオマゼニル

放射線同位元素123Iで標識したSPECT薬剤。静脈に注射すると、神経細胞のベンゾジアゼピン受容体に結合する。ガンマ線を放出し、その信号はSPECTで検出されます。現在、てんかんの病巣診断のための保険適用検査薬剤として用いられています。

SPECT

体の中から放出されるガンマ線の強さと分布を、画像信号として撮影する装置。

MRI

強力な磁場と電磁波を用いて臓器の形態および組織の分布を画像化する装置。