フグがつくる「ミステリーサークル」の3Ⅾモデルをオンラインで公開
バイオミメティクスへ応用の可能性
研究成果のポイント
- アマミホシゾラフグが海底につくる「ミステリーサークル」をデジタルデータ化した3Ⅾモデルをデータペーパーとして公開しました。
- 生態学の研究者と工学の研究者による学際的共同研究により、「ミステリーサークル」の3Dモデルをつくることが実現しました。
- 3Dモデルはデジタルデータ化されているため、世界中のあらゆる分野の研究者が、様々な視点から「ミステリーサークル」をコンピュータ上で解析することが可能になりました。
- 構造物の流体力学的特性を解明することにより、バイオミメティクス(生物模倣技術)への応用が期待されます。
研究の背景
1995年頃に奄美大島南部の海底で、直径約2 mの砂で出来た円形幾何学模様の構造物がダイバーにより初めて発見されました。この構造物は、周りに何もない砂底にできることや、水深20 m以深の場所にできることが多いことからあまり人目にふれることはなく、その成因も不明であったため、地元のダイバーには「ミステリーサークル」と呼ばれていました。
ところが2011年に、全長およそ10 cmの小さなフグ(後に新種であることがわかり、アマミホシゾラフグTorquigener albomaculosusと命名された)がミステリーサークルに出入りしているのが初めて目撃されました。そこで、中央部の砂を採取すると卵が含まれており、このフグが繁殖のために使用していることが明らかになりました。
これがきっかけとなり、2012年からフグとミステリーサークルの潜水調査が本格的に始まりました。その結果、オスはおよそ1週間かけてミステリーサークルを単独で建設すること、オスはミステリーサークルへやって来たメスと中央エリアの砂上で放精・放卵すること、オスは複数のメスと産卵した後、砂上に残された受精卵が孵化するまでおよそ1週間世話をすることが確認されました。つまり、ミステリーサークルは、産卵して子育てをする産卵巣としての機能があることが明らかになりました。
しかしながら大きな謎が2つ残されていました。一つは、フグがなぜわざわざ円形幾何学模様の構造物をつくるのかということです。産卵して子育てをするだけであれば、中央の窪みのエリアだけで十分なはずです。実際、他の魚でそのような巣が知られています。しかし、このフグの巣の外側には放射状の山と谷が並び、山の尾根には貝殻片で飾りつけまでされているのです。何らかの物理的な機能や配偶者選択に関係しているのでしょうか?
もう一つは、フグがどのように精巧な円形幾何学模様の構造物をつくるのかということです。フグはヒレで砂をかき分けてミステリーサークルを建設しますが、定規やコンパスを使う訳でもなく、また高い位置から俯瞰しつつ建設することもありません。フグは一体どのようなロジックで建設しているのでしょうか。
これらの謎解きをするため、生態学の研究者(千葉県立中央博物館)と工学・理論生物学の研究者と大学院生(大阪大学)による研究チームが2014年に結成されました。その共同研究の一つとして最初にとりかかったのが、ミステリーサークルを3Dモデル化して構造の特徴を数値化することだったのです。
研究成果と意義
今回、完成したミステリーサークルの側に定規を置き、ミステリーサークル全体が入るように斜め上の位置で360度さまざまな角度から4Kビデオカメラで撮影して、その動画フレーム数100枚を使用して3Dモデルを作成しました(写真測量法)。加えて、世界中のどなたでも利用できるデジタルペーパーとしてScientific dataに公開されました。
今回、3Dモデル化した合計6つのミステリーサークルの外径は 955—1077 (平均1020) mm、 333—411 (平均375) mmでした。
動物がつくる構造物の特性を利用して、我々の生活に応用する生物模倣技術がこれまでに数多く報告されています。例えば、ハチの巣に見られるハニカム構造は軽量で頑強な容器や建築素材などに応用されています。また、サバンナに生息するプレーリードッグの巣穴には換気機能があり、空調施設などに応用されています。
では、フグがつくったミステリーサークルには、どのような特性が見られるでしょうか?これまでの研究から、実物の2分の1の大きさの模型を使って流体実験を行ったところ、このミステリーサークルには、どの方向から潮流があっても、上流側半分の谷を通過した水は中央へ流れる(つまり、潮流があれば必ず中央へ水が流れる)特性のあることがわかっています(Kawase et al. 2013)。
今回公開したデジタル化された3Ⅾモデルを利用すれば、世界中のあらゆる分野の研究者が様々な視点からコンピュータ上でミステリーサークルの流体力学的特性をシミュレーションすることが可能です。これによってミステリーサークルの新たな特性が発見される可能性があり、魚がつくった構造物が生物模倣技術へ応用されることが期待されます。
図1.
上:アマミホシゾラフグ(全長約10 cm)
下:砂煙を巻き上げてヒレで谷を掘り進めるオス
図2.
上:水中撮影したミステリーサークル(直径約2 m)
中:水中映像から構築してデジタルデータ化した3Dモデル
下:3Dデータを3Dプリンターで出力した実物大のミステリーサークルの模型
掲載誌・論文タイトル・著者
Scientific data
3D model of the geometric nest structure, the “mystery circle,” constructed by pufferfish
Hiroshi Kawase, Yuki Kitajima, and Daisuke Iwai
論文のダウンロード:https://www.nature.com/articles/ s41597-022-01466-4
3Dデータのダウンロード:https://doi.org/10.6084/m9.fgshare.c.5783702.v19
用語説明
- アマミホシゾラフグ
2014年に新種として記載されたフグ科シッポウフグ属の魚。全長約10 cmの小型種で、奄美大島周辺および沖縄で確認されている。
- 「ミステリーサークル」
もともと田畑で穀物が倒されてできる円形幾何学模様のことを示す言葉。奄美大島の海底に出現する円形幾何学模様の構造物が見つかって以来、しばらく成因が不明であったため、地元ダイバーに「ミステリーサークル」と呼ばれてきたため、ここでもその名称を使用している。
- データペーパー
データそのものを記載して、そのデータを誰でも自由に利用できるようにする学術誌。 Scientific dataはSpringer Natureが発行するイギリスの科学誌で、オンラインで発行されている。
- バイオミメティクス(生物模倣技術)
生物が自分の体に持つ、あるいは体の外につくる構造や機能を模倣して、われわれの生活などに応用すること。
- 配偶者選択
異性による配偶相手のえり好みのこと。アマミホシゾラフグのオスは、産卵の前後のみ維持される特異な円形幾何学模様の構造物「ミステリーサークル」をつくることから、この大きさや精巧さなどが、メスがオスを選ぶ要因になっている(つまり、それらを優れたオスの指標としている)可能性がある。詳細については現在研究中である。
- 写真測量法
複数の視点から対象物を撮影した映像から3Dモデルを生成する手法(Structure from Motion、 SfM)。フォトグラメトリー(Photogrammetry)とも呼ばれている。
- ハニカム構造
ハチの巣に見られるような正六角形を隙間なく並べた構造。軽量で強度を持つ建築素材などに応用されている。
- プレーリードッグ
北米の草原地帯に生息するリス科の哺乳類で、地面に穴を掘って生活している。巣穴の片方は煙突型、もう一方はドーム型になっていることから風が吹くと煙突型の方が陰圧となり、巣穴の中が換気される仕組みになっている。
- Kawase et al. 2013
フグがつくるミステリーサークルについて初めて記載された論文で、世界中で大きな反響を呼んだ。その中で、ミステリーサークルの機能を検証するために流体実験も行っている。
Kawase, H., Okata, Y. & Ito, K. Role of Huge Geometric Circular Structures in the Reproduction of a Marine Pufferfish. Sci Rep 3, 2106 (2013). https://doi.org/10.1038/srep02106