生体の脳・神経系により近い人工シナプス素子を開発

生体の脳・神経系により近い人工シナプス素子を開発

4端子メモリスタ素子が高度な脳・神経機能を実現

2022-4-28工学系
基礎工学研究科教授酒井朗

研究成果のポイント

  • 学習や行動の際にはたらく脳・神経系の情報伝達・処理に関わる連合性、変調性、相関性などの高度な機能を4端子メモリスタ人工シナプス素子で実現した
  • 従来、一次元でしか制御できなかったメモリスタ内のドーパント不純物分布を二次元で変化させることに成功し、多様なシナプス機能を発現させることが可能になった
  • 人工知能を支えるニューラルネットワークの開発が進められているなかで、生体の知能・能力に近く、人のように学習し考える新たなニューラルネットワークハードウェアの基幹素子への応用に期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の酒井朗教授らの研究グループは、生体が学習や行動する際にはたらく、脳・神経系の情報伝達に関わる連合性、変調性、相関性などの高度な機能を4端子のメモリスタからなる人工シナプス素子で実現することに成功しました。本素子では、従来一次元で制御していたドーパント不純物の分布を二次元で変化させ、それにより、人工シナプスのシナプス重みに相当する素子の抵抗状態を多様に遷移させることができます。現在、人工知能を支える深層学習のようなニューラルネットワークの開発が盛んに進められているなかで、生体が有する脳・神経機能をより忠実に再現し、慣れや感作、「パブロフの犬」のような連合学習などの高度な機能までも実現するニューラルネットワークハードウェアの基幹素子として応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「ACS Applied Electronic Materials」に、4月20日(水)に公開されました。

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図. 4端子メモリスタ人工シナプス素子の構造とそれに実装された連合学習機能「パブロフの犬」を表す概念図

研究の背景

近年、人工知能(AI)を支えるニューラルネットワークによる学習に際して、計算にかかる膨大な消費電力を低減するために、生体の脳・神経系を単純に模したネットワーク構造のハードウェア化が進められています。特にメモリスタをニューラルネットワークハードウェアにおける人工シナプス素子に適用する技術は、複数のトランジスタから構成される人工シナプス素子に比べて、さらなる低消費電力化に役立っています。メモリスタでは内部のドーパント不純物分布を可逆的に変化させることで、シナプスの重みに相当する素子抵抗を制御します。しかし、従来のメモリスタでは、多様な抵抗状態に遷移させるのに限界があり、人工シナプス素子として多種多様な入力(刺激)信号を与えても、その入力に依存する多種多様な出力(反応)信号を得ることができませんでした。生体の脳・神経系では、複数の入力情報を連合させたり、比べたりして処理・出力していますが、こうした機能を人工シナプス素子で実現することが課題となっていました。

研究の内容

酒井朗教授らの研究グループでは、今回、4端子メモリスタ人工シナプス素子を開発し、生体が学習や行動する際にはたらく、脳・神経系の情報伝達・処理に関わる連合性、変調性、相関性などの高度な機能を実現することに成功しました。本素子では、従来は一次元でしか制御できなかった素子内のドーパント不純物分布を二次元面内で変化させることが可能となり、それにより、入力信号の経路や大きさなどによって素子の抵抗状態を可逆的に遷移させることができます。本素子には様々な機能を実装することができ、例えば、人が大きな音を聞いた当初は驚きの反応をしても、その音が繰り返されて無害であるとわかったときは反応を示さなくなる「慣れ」、逆にその大きな音を危険と感じて、それとは異なる小さな音にも敏感になる「感作」、餌に反応して無条件に唾液を分泌する犬が、ベルと餌を繰り返し同時に与えられることでベルのみに反応して唾液を分泌するようになる「パブロフの犬」など、生体の脳・神経系が有する高度な機能を実証しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

近年では、人の認識能力を超えるレベルに達するニューラルネットワークも開発されてきました。その一方で、人がもつ概念学習、情景理解、言語習得、文脈理解などの能力には未だ及びません。人のように学習し考えるシステムを構築することは、より強力で、未来予測や感情をも含めたコミュニケーションが可能なAIや、認知能力を弱・強化する技術、延いては「意識」への深い理解につながる新しい価値を生み出す可能性を秘めています。また、生体の脳には、慣れ親しんだ状況における習慣的な行動と、新しい課題に遭遇し、それを解決するときの目標指向的な行動を引き起こす機能が実装されており、それには、「パブロフの犬」に代表される「連合学習」によって得られた知識と経験が活用されているといわれています。今回開発された4端子メモリスタ人工シナプス素子は、多くの入力信号の単なる総和のみで出力が決まるのではなく、多くの入力信号の相関を推し量り出力する機能を有する情報処理素子です。従来のニューラルネットワークの学習アルゴリズムを、脳・神経系を忠実に模倣する構造に基づく新たなアルゴリズムへと発展させ、AIハードウェアの産業分野において新たな潮流を生み出す可能性を秘めています。

特記事項

本研究成果は、2022年4月20日(水)に米国科学誌「ACS Applied Electronic Materials」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Versatile Functionality of Four-Terminal TiO2-x Memristive Devices as Artificial Synapses for Neuromorphic Computing”
著者名:Ryotaro Miyake, Zenya Nagata, Kenta Adachi, Yusuke Hayashi, Tetsuya Tohei, and Akira Sakai
DOI: https://doi.org/10.1021/acsaelm.2c00161

なお、本研究は、JSPS科研費 JP17H03236、JP17K18881、JPK04468、T19K044680、JP20H00248、JP21K18723の助成を受けて行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

メモリスタ

レジスタ、インダクタ、キャパシタにつぐ、第四の受動素子。素子が可変な抵抗(レジスタ)値を不揮発に記憶(メモリ)していることからこのように呼ばれる。素子に電圧を印加することによって、その抵抗値が可逆的に変化するので、その機能から抵抗変化型メモリ素子とも解釈できる。

人工シナプス素子

メモリスタなどを用いて生体のシナプス機能を模倣した素子。シナプスとは神経細胞(ニューロン)同士をつなぐ間隙部位であり、シナプス重みが神経細胞間のつながりやすさを決めている。人工シナプス素子では、一般に素子の抵抗値が低いと、シナプス重みは大きくなり、神経細胞間で情報が伝わり易くなる。

ドーパント不純物

半導体や金属酸化物のようなバンド絶縁体材料において、材料の抵抗率(導電率)を決める際に追加する不純物。今回のメモリスタは遷移金属酸化物TiO2の結晶内に酸素原子が抜けた孔(酸素空孔)を形成することで伝導性の電子を発生させ、メモリスタ内で酸素空孔の分布を変化させることで素子抵抗を制御している。