質量顕微鏡で解明へ。 解熱・鎮痛薬(APAP)の過剰摂取による肝障害のメカニズム
新規バイオマーカーを可視化する新技術
研究成果のポイント
- アセトアミノフェン(APAP)が誘発する肝障害において、薬物の局在と障害により産生される生体分子を可視化する技術を開発。
- 薬剤性肝障害は、薬の服用により肝臓の機能が障害されるもの。APAPは、解熱・鎮痛薬の一つで、 一般用医薬品として広く用いられるが、過剰摂取により肝障害を発症することが知られている。
- 今回、肝臓組織をすり潰さず、表面で直接質量分析する質量顕微鏡を用いた質量分析イメージングで可能に。
- 他の薬剤性肝障害のメカニズム解明に期待
概要
新間秀一准教授(大阪大学大学院工学研究科、先導的学際研究機構、大阪大学・島津分析イノベーション協働研究所)と帝人ファーマ株式会社の松山涼研究員らの研究グループは、質量顕微鏡を用いて、APAPが誘発する肝障害組織を直接観察することにより、障害部位と非障害部位で薬剤の局在と障害により変動する内因性物質を可視化することに成功しました。また、本発見を契機として、細胞保護に寄与する可能性のあるミトコンドリア・クレアチンキナーゼがAPAP誘発性障害肝臓の非損傷領域に発現していることを世界で初めて発見しました。
これまでAPAP誘発性肝障害が、どのようなメカニズムで起こるかは、十分に解明されていませんでした。今回、研究グループでは、質量顕微鏡を用いた質量分析イメージングでアセトアミノフェン(APAP)過量投与後のラット肝障害組織を観察し、APAPやその毒性代謝物N-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(NAPQI)の解毒作用により生じたグルタチオン代謝物 (図1)、そして内因性物質としてリン脂質、ホスホクレアチン(図2)、セラミドの肝臓組織内分布変動を観察することに成功しました。これにより、さまざまな薬剤が引き起こす肝障害や細胞保護のメカニズム解明に貢献することが期待されます。
本研究成果は、Springer Nature社発行の科学誌「Analytical and Bioanalytical Chemistry」に、2022年3月19日に公開されました。
図1. FMP-10による組織上誘導体化法を用いた肝障害組織におけるアセトアミノフェン分布とグ ルタチオン代謝物分布(共に誘導体化物)。グルタチオン代謝物は損傷中心部位に蓄積する。
図2. ホスホクレアチンの肝障害組織上での分布。(A)HE染色画像(黒い部分が損傷部位)(B) ホスホクレアチンのイメージングMS画像(赤いほど蓄積度合いが高い)(C)HE染色画像とイメージング画像の重ね合わせ(損傷部位にホスホクレアチンが集積)
研究の背景
薬剤性肝障害は、薬の服用により肝臓の機能が障害されるもので、承認済み医薬品が市場から回収される主要な原因の一つです。アセトアミノフェン(APAP)の過剰摂取は、APAPのキノンイミン反応性代謝物であるN-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(NAPQI)の生成を介して肝細胞機能障害、細胞ストレスおよび細胞死を引き起こすことが知られており、これまでに数多くの研究が行われています。さらに、APAP誘発性肝障害には、ナチュラルキラー細胞やナチュラルキラーT細胞を含む自然免疫系が重要な役割を担っていることが報告されています。
APAP誘発性肝障害は複雑なメカニズムが関与していると考えられており、まだ完全には解明されていません。肝障害の分布や局在に焦点を当てた研究は未だに限られており、薬物の分布とともに肝障害部位に特異的な内因性物質の変化を明らかにすることで、肝障害の基礎となるメカニズムの理解を深めることができます。
研究の内容
新間准教授らの研究グループでは、質量顕微鏡による質量分析イメージングで、APAP過量投与後のラット肝臓におけるNAPQIの解毒代謝物の局在と内因性物質の損傷部位特異的な変化を捉えました。組織上での質量顕微鏡による観察の結果、APAP投与後のラット肝臓では、NAPQIの解毒代謝物であるグルタチオン代謝物が中心静脈周囲の損傷部位に局在することが確認されました。この観察のために、極性官能基を導入する組織上誘導体化法を適用し、肝臓組織から高感度で薬剤を検出することに成功しました。さらに、一部のリン脂質、ホスホクレアチン、セラミドの強度が非損傷部位に比べて損傷部位で減少または増加することがわかりました。中でも通常肝臓では産生されないホスホクレアチンは損傷部位特異的に発現していました。本発見を契機として、ホスホクレアチン産生酵素の一種であり、細胞保護に寄与する可能性のあるミトコンドリア・クレアチンキナーゼが非損傷部位に局在することを明らかにしました(図3)。
図3. ミトコンドリア・クレアチンキナーゼの発現評価。(A)HE染色画像(矢印が中心静脈で、黒 枠内が損傷部位)(B)ミトコンドリア・クレアチンキナーゼの免疫染色画像(薄茶色部分がミトコンドリア・クレアチンキナーゼを表しており、非損傷部位に発現している)
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
これらの結果は、APAP誘発性肝障害に関連する NAPQI 関連代謝物や内因性分子の局在を示すものであり、これらはアポトーシスや肝臓組織内部の代謝に関連し、最終的に細胞を保護している可能性があります。この技術により他の薬剤性肝障害のメカニズム解明にも寄与するものと期待されます。
特記事項
本研究成果は、2022年3月19日にSpringer Nature社発行の科学誌「Analytical and Bioanalytical Chemistry」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Metabolite alteration analysis of acetaminophen-induced liver injury using a mass microscope”
著者名:Ryo Matsuyama, Yuki Okada, and Shuichi Shimma
DOI:https://doi.org/10.1007/s00216-022-04017-3
なお、本研究は、帝人ファーマ株式会社との共同研究の一環として行われ、大阪大学・島津分析イノベーション協働研究所の協力を得て行われました。
参考URL
新間 秀一 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/d1b6e40e71467d6a.html
SDGsの目標
用語説明
- アセトアミノフェン(APAP)
解熱・鎮痛薬の一つ。一般用医薬品として広く用いられるが、過剰摂取により肝障害を発症することが知られている。
- 質量顕微鏡
成分分析が可能な質量分析計に組織観察が可能な光学顕微鏡が搭載された分析装置。顕微鏡の視野で質量分析イメージングが可能。
- 質量分析イメージング
試料表面の成分分析法。前処理された試料表面にレーザーを照射することで成分をイオン化し検出することで成分の分布情報を得ることができる技術。
- ミトコンドリア・クレアチンキナーゼ
ミトコンドリア内膜に存在するクレアチンキナーゼであり、エネルギーの貯蔵と供給の両面で大きな役割を有している。ミトコンドリア・クレアチンキナーゼはがん細胞等に高発現で、通常、肝臓には発現していない。
- N-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(NAPQI)
アセトアミノフェンを過剰摂取した場合に生じる反応性代謝物で、生体内高分子と不可逆的に共有結合する。
- グルタチオン
3つのアミノ酸からなるトリペプチドであり抗酸化物質である。通常、グルタチオンがNAPQIと結合することで無毒化(解毒代謝)されるが、大量のNAPQIが生成すると細胞内のグルタチオンが枯渇してしまい肝毒性に至る。
- リン脂質
細胞膜の主要な構成成分の名称
- ホスホクレアチン
クレアチンリン酸とも呼ばれ、リン酸化されたクレアチンを指す。骨格筋にとって重要なエネルギー貯蔵物質であるが、通常、肝臓では産生されない。
- セラミド
細胞膜の主要な構成成分の名称
- 組織上誘導体化法
質量分析イメージングを行う際、成分の検出効率を高めるために用いる手法。本研究ではFMP-10と呼ばれる、フェノール性水酸基を誘導体化の標的とした試薬(FMP-10)を使いました。