多発性骨髄腫に対する新規治療用抗体を同定

多発性骨髄腫に対する新規治療用抗体を同定

正常細胞と骨髄腫細胞の糖鎖修飾の違いが治療標的に

2022-2-28生命科学・医学系
医学系研究科教授保仙直毅

研究成果のポイント

  • 広汎に発現するCD98重鎖を認識するが多発性骨髄腫のみに特異的に結合する抗体を同定
  • 骨髄腫細胞と正常血液細胞でのCD98重鎖の糖鎖修飾の違いが特異性の原因である可能性を示唆
  • 抗体およびその派生物による治療(CAR-T細胞など)への応用に期待

概要

大阪大学免疫学フロンティア研究センターの長谷川加奈特任助教(常勤)(免疫細胞治療学)、大阪大学大学院医学系研究科の保仙直毅教授(血液・腫瘍内科学)らの研究グループは、広汎に発現するタンパク質であるCD98重鎖を認識するにもかかわらず、多発性骨髄腫(以下、“骨髄腫”と言う)にのみ特異的な結合を示す抗体を新たに単離し、それを用いた治療の可能性を示しました(図)。

骨髄腫は代表的な血液がんの一つで、治療の進歩には著しいものがあります。中でも抗体医薬は現在骨髄腫治療の要となっており、さらに最近ではCAR-T細胞など抗体を応用した様々な治療の開発が極めて盛んです。しかしながら、未だに骨髄腫の治癒は困難であり、更なる標的抗原の同定が望まれています。

本研究グループは、自作した10,000クローン以上の抗骨髄腫モノクロ―ナル抗体の中から、骨髄腫に発現するCD98重鎖にのみに結合する抗体R8H283を同定し、それを用いた骨髄腫特異的な抗体療法が可能であることを明らかにしました。さらに、骨髄腫細胞と正常血液細胞に発現するCD98重鎖の糖鎖修飾の違いがその骨髄腫特異性の原因である可能性を示唆しました。

これらの発見により、骨髄腫に対する新しい抗体を用いた免疫療法の可能性を示したのみならず、発現自体はがん特異的でないタンパク質が、糖鎖修飾などの翻訳後の変化により、がんに特異的な治療標的となり得ることを示しました。他のがん種においても同様の未知の標的が存在する可能性を示唆しています。

本研究成果は、米国科学誌「Science Translational Medicine」に、2月17日(木)4時(日本時間)に公開されました。

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図. 本研究の概要

研究の背景

骨髄腫は、抗体を産生する細胞である形質細胞が腫瘍化した血液がんで、日本における患者数は約1万8千人と言われています。近年の治療の進歩は著しいものの、未だに治癒は極めて困難であり、新たな治療薬の開発が待ち望まれています。骨髄腫細胞表面に発現する抗原を標的としたモノクロ―ナル抗体医薬は骨髄腫患者の予後を大幅に改善しました。さらに、近年ではCAR-T細胞など抗体を応用した様々な治療の開発が進んでいます。しかしながら、未だに骨髄腫の治癒は極めて難しいのが現状です。その一つの原因としては単独の抗原を標的とした治療ではその抗原の発現を失うことにより攻撃を逃れてしまうことが考えられます。そのため、更に多くの治療標的抗原を同定することが重要ですが、骨髄腫細胞でのみ働いている遺伝子やタンパク質の探索はすでに世界中で徹底的に行われ、新規治療標的の同定は極めて困難と考えられておりました。そこで、研究グループは、骨髄腫細胞に結合するモノクローナル抗体を多種類作製し、新たな抗原を探すところから研究をスタートしました。

研究の内容

研究グループは、骨髄腫細胞に結合するモノクローナル抗体を10,000クローン以上自作し、それらの中から、骨髄腫細胞には結合するが正常血液細胞には結合しない抗体として、R8H283という抗体を同定しました。次に、R8H283が認識している蛋白質がCD98重鎖であることを明らかにしました。不思議なことに、正常な血液細胞にもCD98重鎖は発現しているにもかかわらず、R8H283は正常血液細胞には結合しませんでした。

CD98重鎖というタンパク質には非常に多くのN型糖鎖が付着していることが知られています。研究グループは、骨髄腫細胞に発現するCD98重鎖と正常血液細胞に発現しているCD98重鎖とでは付着しているN型糖鎖が大きく異なることを発見しました。さらに、R8H283は、未成熟なN型糖鎖が付着したCD98重鎖を発現する細胞により強く結合することが明らかになりました。これらの結果は、骨髄腫細胞と正常血液細胞において発現するCD98重鎖のN型糖鎖修飾の違いがR8H283抗体の骨髄腫特異性の原因となっている可能性を示唆しています。

さらに、マウスを用いた実験において、R8H283の投与により、正常細胞を傷害されずに、骨髄腫細胞のみが特異的に排除されることを示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これらの結果は、CD98重鎖中に存在する多発性骨髄腫特異的抗原構造を認識するR8H283を、骨髄腫に対する新たな抗体治療あるいはそれを応用したCAR-T細胞治療などへ用いることが可能であることを示しています。

さらに重要なことは、タンパク質自体ががんに特異的でなくても、糖鎖修飾などタンパク質翻訳後の変化にがん特異的なものがあれば、がんに特異的な抗原構造が形成される可能性があり、それらを標的としてがん特異的な免疫療法の開発が可能であることを示したことです。今後、他の多くのがん種において同様にヒトがん検体を用いた精力的なスクリーニングが行われることにより、新たな治療標的が同定されることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年2月17日(木)4時(日本時間)に米国科学誌「Science Translational Medicine」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Selective targeting of multiple myeloma cells with a monoclonal antibody recognizing the ubiquitous protein CD98 heavy chain”
著者名:Kana Hasegawa1, Shunya Ikeda2, Moto Yaga3, Kouki Watanabe2, Rika Urakawa2, Akie Iehara2, Mai Iwai2, Seishin Hashiguchi2, Soyoko Morimoto4, Fumihiro Fujiki5, Hiroko Nakajima5, Jun Nakata2, Sumiyuki Nishida3, Akihiro Tsuboi4, Yoshihiro Oka6, Satoshi Yoshihara7, Masahiro Manabe8, Hiroyoshi Ichihara9, Atsuko Mugitani9, Yasutaka Aoyama9, Takafumi Nakao10, Asao Hirose11, Masayuki Hino11, Shiho Ueda12, Takashi Masuko12, Katsuto Takenaka13, Koichi Akashi14, Takahiro Maruno15, Susumu Uchiyama15, Shinji Takamatsu16, Naoki Wada17, Eiichi Morii17, Shushi Nagamori18, Daisuke Motooka19, Yoshikatsu Kanai20, Yusuke Oji2, Tomoyoshi Nakagawa21, Noriyuki Kijima21, Haruhiko Kishima21, Atsuyo Ikeda22, Takayuki Ogino22, Yasushi Shintani23, Tateki Kubo24, Emiko Mihara25, Kosuke Yusa26, Haruo Sugiyama5, Junichi Takagi25, Eiji Miyoshi16, Atsushi Kumanogoh3, 27, Naoki Hosen1, 28, 29* (*責任著者)
所属:
1 大阪大学免疫フロンティア研究センター 免疫細胞治療学
2 大阪大学大学院医学系研究科(保健学科) 機能診断科学
3 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器免疫内科学
4 大阪大学大学院医学系研究科 癌ワクチン療法学
5 大阪大学大学院医学系研究科(保健学科) 癌免疫学
6 大阪大学大学院医学系研究科(保健学科) 癌幹細胞制御学
7 兵庫医科大学 血液内科
8 JR大阪鉄道病院 血液内科
9 府中病院 血液内科
10 大阪市立総合医療センター 血液内科
11 大阪市立大学大学院医学系研究科 血液腫瘍制御学
12 近畿大学 薬学部 創薬科学科
13 愛媛大学大学院医学系研究科 血液内科学
14 九州大学大学院医学系研究科 病態修復内科
15 大阪大学大学院工学研究科 生物工学専攻
16 大阪大学大学院医学系研究科(保健学科) 分子生化学
17 大阪大学大学院医学系研究科 病態病理学
18 慈恵医科大学 臨床検査医学
19 大阪大学微生物病研究所 遺伝情報実験センター
20 大阪大学大学院医学系研究科 生体システム薬理学
21 大阪大学大学院医学系研究科 脳神経外科学
22 大阪大学大学院医学系研究科 消化器外科学
23 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器外科学
24 大阪大学大学院医学系研究科 形成外科学
25 大阪大学蛋白質研究所 分子創製学
26 京都大学ウイルス・再生医科学研究所 幹細胞遺伝学
27 大阪大学免疫フロンティア研究センター 感染病態学
28 大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学
29 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
DOI:https://doi.org/10.1126/scitranslmed.aax7706

参考URL

用語説明

CAR-T細胞

がんを認識しそれを傷害するように改変されたTリンパ球。キメラ抗原受容体(CAR)とは抗体ががんに結合するのに必要な部分とT細胞を活性化する蛋白質とをドッキングさせたもので、がん細胞に結合すると活性化のシグナルを伝える。CARを患者のT細胞に発現させたものをCAR-T細胞という。血液がんに対する治療として既に臨床応用されている。

モノクローナル抗体

抗原には多数の抗原決定基(エピトープ)があり、通常、免疫した動物から1つの抗原を認識する抗体を集めると、いろいろな抗原決定基を認識する抗体が混ざった状態で集められる(ポリクローナル抗体)。それに対し、特定の抗原決定基だけと結合する抗体の集合体をモノクローナル抗体という。

形質細胞

血液細胞の一種で、抗体を産生する細胞。Bリンパ球が、細菌やウイルスなどの異物を見つけると形質細胞となり、抗体を産生する。異常な形質細胞(骨髄腫細胞)は、異物を攻撃する能力を持たない抗体をつくる。

N型糖鎖

糖が鎖状につながったものを糖鎖と呼び、蛋白質の多くには糖鎖が付着している。糖鎖にO型とN型の二種類がある。糖鎖はタンパク質の物性に影響を与えるだけでなく、タンパク質の分解を防ぐ、細胞同士の接着などの生命現象に深く関与するなど、様々な機能が知られている。