従来の定説を超える超伝導

従来の定説を超える超伝導

独自の超高感度装置で実証

2022-1-20自然科学系
基礎工学研究科准教授椋田秀和

研究成果のポイント

  • これまで超伝導にならない,と信じられてきた2種類の物質を,ハイブリッド構造にすること,そして独自の合成手法により完全な超伝導を実現しました。
  • その超伝導物質に対し,独自の超高感度装置を駆使して,従来の定説を超えるカラクリで超伝導となっていることを実証しました。

概要

超伝導は,電気抵抗がゼロとなる現象です。初めて発見されたのは110年前ですが,当時は,高価な液体ヘリウムが必要でした。35年ほど前に安価な液体窒素で超伝導となる「高温超伝導物質」が発見され,その後,着実に実用化が進展しています。一方,どのような「カラクリ」で高温超伝導となるのか,については未だ明確な答えはありません。それでも「銅と酸素からなる平面構造が超伝導の駆動源だ」ということだけは,定説として広く認識されてきました。今回,新潟大学自然科学系の佐々木進准教授,大阪大学大学院基礎工学研究科の椋田秀和准教授,青山学院大学理工学部物理科学科の下山淳一教授,琉球大学理学部物質地球科学科の與儀護准教授らの研究グループは,この定説を超える超伝導を,独自の超高感度装置で実証することに成功しました。つまり「物質としては確かに超伝導となるのに,平面構造は電気を流さない状態にある」ことを実証したのです。

研究の背景

超伝導とは,ある温度以下で物質の電気抵抗が完全にゼロとなる現象です。金属の超伝導現象は,すでに110年前に発見され,そのカラクリも既に65年前に明らかにされています。超伝導は「電気抵抗ゼロ」ということから,発見当初より「電力ロスがゼロになる」など大きな期待が寄せられてきましたが,残念なことに極めて高価な「液体ヘリウム」に浸すことが必要でした。

状況が一変したのは1986年です。高価な液体ヘリウムは不要で,安価な「液体窒素」に浸すことで,超伝導になる物質が続々と発見されたのです。「高温超伝導」の発見です。

その後,幾多の困難を少しずつ解決しつつ,高温超伝導物質は,実用化が進みました。一方,そのカラクリについては,それまでの(例えば)金属の超伝導とは異なる特徴が多々発見されたものの,いまだに明確な答えが得られていないのが現状です。

それでも,ただひとつだけ,高温超伝導に携わる世界中の全ての研究者が合意している「定説」があります。それは,「高温超伝導物質には,必ず銅原子と酸素原子からなる平面構造があり,この平面構造こそが,超伝導を引き起こす駆動源である」というものです。実際,高温超伝導が発見されて以来,数多の理論が提案されましたが,すべからく「平面構造」が主役とされてきました。

研究の概要

まず,物質として,単独では超伝導にならない物質(図中のPr123とPr124)に着目しました(図1)。

両者のハイブリッド構造(Pr247=Pr123+Pr124)を作成し,適切な量の酸素を引き抜くことで,超伝導になることを見出しました。しかし,合成された超伝導物質を完全なものにするには,非常な困難を伴いました。同様の試みは,世界中のいくつかのグループでなされていましたが,同様の合成方法だとどうしても超伝導の性質が劣化することに気づきました。そこで,独自の合成方法によってこの困難を回避できることを見出し,完全なハイブリッド超伝導物質の合成に成功しました(図2)。

この物質の特性を調べているうちに,「平面構造は絶縁状態(電気を通さない状態)ではないか?」という心証をもちました。

そこで,このような複数の元素からなる物質を,原子レベルで調べることが可能な実験方法を用いることにしました。それは「核磁気共鳴法NMR」と呼ばれるもので,じつは病院にあるMRI(磁気共鳴診断装置)の根幹技術です。

具体的には,「物質に特定の電波で語りかけ,その応答を見る」という方法です。この原理に基づくNMR装置は,すでにシステムとして市販されており,溶液や高分子タンパクの構造解析に広く使われています。しかし,市販の装置では,その物理的側面を明らかにすることは装置の特性上,非常に困難なのが実情です。本研究グループは,当初より,市販装置には頼らず,ゼロから独自に構築した装置に改良を重ね,市販装置の数十倍の超高感度を実現しています。この装置により,ハイブリッド構造の超伝導物質のミクロな性質を詳細に調べることが可能となりました。

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図1. ハイブリッド超伝導物質の構造

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図2. ハイブリッド超伝導物質の超伝導特性

研究の成果

まず,エックス線回折という方法で,この物質が完全な結晶構造(Pr123とPr124のハイブリッド構造)であることを明らかにしました。これは病院の診断で使われるレントゲンと同じ原理です。

次に,超伝導特性の完全性は,上述のように確かに,完全な超伝導であることがわかりました。

そして本題,すなわち「平面構造は本当に電気を通さないのか?」の実証です。具体的には,独自の超高感度NMR装置によって,ハイブリッド構造をもった超伝導物質中の銅の原子に着目しました。そして,その超高感度特性をフルに活かせば,物質中のどの位置にある銅原子からの応答か,を知ることができます。具体的には,次のようにしました。

この物質は,-255℃(絶対温度18K)で超伝導となります。

そこでまず,超伝導になる温度よりも十分に高い室温27℃(絶対温度300K)で応答信号を調べました(図3の「T=300K」)。その結果,平面構造を構成する銅原子からの応答信号は,他の位置にある銅原子と同様,15MHzから35MHzに観測されました。(ここで,「MHz」は「電波の周波数」の単位で,およそFMラジオの領域です。)

他方,この物質を冷やし,超伝導になるよりも十分に低い温度―271℃(絶対温度2K)では,平面構造中の銅原子からの応答信号は,この15MHzから35MHzの領域から完全に消失しました。そして消失した平面構造からの応答信号は,すべて,もっと高い周波数域(60MHz-130MHz)に観測されました(図3の「T=2K」)。
そして,詳細かつ厳密な解析の結果,この高周波域に現れた信号は,すべて平面構造中の銅原子からのものであると確定されました。

実は,この事実こそが,「平面構造は電気を通さない状態である」ことの決定的な事実となります。換言すれば,「もしも仮に平面構造が超伝導状態なら,その応答信号は,このような高い周波数ではなく,依然として室温と同じ周波数に観測されるから」なのです。実際,これまでの他のすべての高温超伝導物質の平面構造中の銅原子からの応答信号は,物質の温度を変えてもほとんど同じ周波数(すべからく15MHz-35MHz)に観測されるのです。

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図3. ハイブリッド超伝導物質中の銅原子からの応答信号

今後の展開

今回の一連の研究で,このハイブリッド構造の高温超伝導物質では,これまでのすべての物質と異なり,「平面構造は電気を通さない状態にある」ことが明らかとなりました。しかし,物質としては完全な超伝導を示します。それならば,「この物質のどこが超伝導の駆動源となっているのか?」を明らかにする必要があります。

これに対する答えは,やはり独自の超高感度NMR装置によって,明らかになりつつあります。

特記事項

本研究成果は、2022年1月20日(木)午前9時(日本時間)、Applied Physics Express誌に掲載されました。

論文タイトル:Nuclear-spin evidence of insulating and antiferromagnetic state of CuO2 planes in superconducting Pr2Ba4Cu7O15-δ
著者:Sotaro Nishioka, Susumu Sasaki, Shunsaku Nakagawa, Mitsuharu Yashima, Hidekazu Mukuda, Mamoru Yogi, Jun-ich Shimoyama
doi: 10.35848/1882-0786/ac4533

本研究は、主に科学研究費補助事業・基盤研究(B)19H02580および科学研究費補助事業・挑戦的研究(萌芽)18K18734の支援を受けて行われました。
また,三菱財団,谷川財団,東北大学電気通信研究所プロジェクト,名古屋大学IMaSSプロジェクト,内藤財団,山口財団からも支援を受けました。