\誤り耐性量子コンピュータ開発を加速!/ 安定量子演算に対するショートカット法を実現

\誤り耐性量子コンピュータ開発を加速!/ 安定量子演算に対するショートカット法を実現

量子訂正技術などの複合量子回路に不可欠な要素に貢献

2024-2-20工学系
産業科学研究所教授大岩 顕

研究成果のポイント

  • 量子ビット情報を確実に操作する安定量子演算において、通念的な最適化手法を破る高速化法(ショートカット法)を実証
  • 確実な操作のためには、定めた軌道に従いゆっくりと操作する必要があるとされており、変化の細かい理論的なショートカット法の適用は困難とされていた
  • 量子回路内の初期化操作や、読み出し操作など、量子計算に不可欠でありながら絶望的に遅いとされていた重要な操作に希望を見いだし、半導体量子コンピューター実現の後押しに期待

概要

大阪大学 産業科学研究所のXiao-Fei Liu特任研究員(現 北京量子情報科学研究院)、藤田高史准教授と大岩顕教授の研究グループは、電子スピンの操作を、安定な軌道に載せたまま高速に操作できる手法を見出し、半導体量子コンピューター分野において、再び量子物理を応用した新たな技術を生み出しました。電子スピンの偏極は、ラジオ周波数の電波を当てることで、その向きを制御できることが知られています。さらに、たった一つの電子スピンに載せた情報を量子的に重ね合わせる操作も可能にしますが、最先端の電子機器を使っていても、誤りの無い安定性と、量子性を失う前の高速操作の両立はできていません(例として図1左の青い軌跡、高速操作が制御不能になっている)。本成果は、半導体中の単一電子スピンに初めてショートカット法を適用し、この両立を実現しています(図1の赤い軌跡)。

今回、研究グループは、変分原理を基にした数学的な最適化手法に加え、物理的なスピン位相操作手法を独自に組み合わせ、理論的に予測されていたショートカット法を実証するとともに、これまで実現を困難にしてきた原因を明らかにし、半導体電子スピンを基にした誤り耐性付き量子計算に応用可能な技術として世界に示すことができました。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に、1月12日(金)(日本時間)に公開され、本稿の注目論文としてEditors’suggestionに選ばれています。

20240220_1_1.png

図1. 100nm内に捕捉した単一電子スピンへの近道操作実証

研究の背景

これまで、世界的に量子コンピューターの開発が進んでいる中で、大規模集積化を可能にする半導体産業との融合が可能なデバイスとして、電子スピンを基にした量子情報操作の研究が期待されてきました。それでも未だに万能量子計算に届くには、スピン1つずつの個別の操作性能が足りていません。中でも基底状態に関わる電子スピンの操作は、長時間放置すると精度だけは向上するので、注目度は低く操作技術が未熟な点が挙げられます。その間、量子性が顕著なコヒーレント操作に注目が集まり量子計算が発展するにつれて、この基底状態に関連する初期化や読み出し操作、さらに量子テレポーテーションや量子誤り訂正技術などの量子回路に必須の要素として、この操作にかかる時間が量子計算全体の性能を律速する最大の要因となりつつあります。

研究グループは、最短の距離となる理論的な操作経路を活用しながら、常に安定した状況を実現する局所的な基底状態を保ち、断熱操作のショートカット経路を半導体電子スピンで実証しました。これは、本来不安定でしかないと思われた量子操作の一部を、安定な基底状態の操作のごとく、しかも数倍高速に行えることがポイントであり、量子計算全体の高速化、すなわち誤り率を抑える効果があります。

加えて、物理的主眼を置いたさらなる解析により、残った数%の不安定性の原因が特定のデバイス材料によるものであることを解明し、現在遂行されているシリコン量子コンピューターの開発においては誤り耐性付き量子計算に有効な精度と、さらに桁違いの高速化に達する見込みが得られています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、半導体電子スピンを基にした誤り耐性付き量子計算の実現を大きく進展させることが期待されます。本成果のような高速化法が無い限り、実用化には届きません。

特記事項

本研究成果は、2024年1月12日(金)(日本時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Accelerated adiabatic passage of a single electron spin qubit in quantum dots”
著者名:Xiao-Fei Liu, Yuta Matsumoto, Takafumi Fujita, Arne Ludwig, Andreas D. Wieck, and Akira Oiwa

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6 「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現(プログラムディレクター:北川勝浩 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授)」の研究開発プロジェクト「ネットワーク型量子コンピュータによる量子サイバースペース(プロジェクトマネージャー:山本 俊 大阪大学 大学院基礎工学研究科/量子情報・量子生命研究センター 教授/副センター長)(課題番号 JPMJMS2066)」、「拡張性のあるシリコン量子コンピュータ技術の開発(プロジェクトマネージャー:樽茶 清悟 理化学研究所 創発物性科学研究センター グループディレクター/量子コンピュータ研究センター チームリーダー)(課題番号 JPMJMS226B)」などの助成を受けて行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

電子スピン

身の回りの物質の性質を決める最も基本的な粒子の状態。例えば、静電気の力は「電子」が持つ電荷が作った電場を介して現れ、磁石の力は「電子スピン」の持つ回転量が作る磁化を介して現れる。

半導体中の単一電子スピン

本成果で扱う量子情報の基本単位「量子ビット」の基になる物理系。たった一つの電子を電圧で半導体中に浮かせて、電子スピンの回転軸が向く南北方向を「0状態」と「1状態」に定めることが可能。そのために、通称「量子ドット」と呼ばれる、半導体に微細加工を施すことで作製される、ゼロ次元的な量子閉じ込め効果が利用される(結果図1の右側、赤矢印のある位置に電子スピンを閉じ込めている)。

基底状態

方位磁針が「北」を向くことで安定するように、電子スピンも、周りに置いた磁石が作る「北」を向くのが最も安定した基底状態となる。環境が揺らぐと、方位磁針が安定するべき方位が揺らいでしまい、このことが電子スピンにとって量子状態の不安定性の原因になる。

コヒーレント操作

単一電子スピンの偏極と位相を精密にコントロールすることで実現する操作。電子スピンが量子ビットとして機能するためには、環境の変動に影響されずに、量子情報として一貫性を維持しながらコヒーレント操作を行う必要があり、量子情報処理の根幹を成す重要な操作である。

局所的な基底状態

「半導体中の単一電子スピン」の説明内のように、磁場環境が揺らいでいる状況の中においても、その瞬間を見れば、向くべき安定した方位が存在することが分かる。電子スピンの量子状態にとって、このようにそれぞれの局所的な時刻において安定する方位のことを、局所的な基底状態と呼ぶ。

断熱操作のショートカット経路

方位磁針の示す向きを常に安定させるように反動を抑え、そのために方位磁石全体の位置を連続的に補正するような動きが、方位磁針にとっての断熱操作に相当する。本実験では電子スピンを扱っているので、あらかじめ電子スピンの局所的な基底状態を把握しておき、常に電子スピンの位相制御をし続けることでスピンの断熱操作を実現している。本成果では特に、「北」から「南」に反転させる量子操作に対して、安定操作を保つショートカット経路を利用しており、初めて量子情報の基本操作に対してショートカット法を適用した重要な成果である