気管の掃除メカニズムの一端を解明

気管の掃除メカニズムの一端を解明

異物を排除する繊毛は何故同じ方向に動くのか?

2021-6-9生命科学・医学系

研究成果のポイント

  • 気管の内腔は、多繊毛上皮細胞のシートでびっしりとおおわれており、すべての繊毛が規則正しく同じ方向に動き、気管内腔の粘液を動かして異物を排除することが知られている。繊毛が同方向へ動く多繊毛同調運動には多くの謎があったが、今回そのひとつが明らかになった。繊毛の根元の基底小体では、上皮細胞のアピカル面に沿ってアピカル微小管が濃度勾配を作ることで繊毛規底小体の向きが揃うことを発見。本研究ではそのアピカル微小管の濃度勾配を制御するメカニズムを明らかにした。
  • 上皮細胞の平面内細胞極性(PCP; planar cell polarity)の形成に重要なDapleが、密着結合(タイトジャンクション;TJ)などの細胞間接着部位において、細胞膜と微小管を繋いでいるが、気管上皮細胞の口腔側の細胞膜において微小管を束化することにより、アピカル微小管の上皮細胞アピカル平面での微小管の濃度勾配を形成、そのことによって、繊毛上皮細胞アピカル面の繊毛規底小体の向きが揃えられ、多数の繊毛が同じ向きに運動して、多繊毛同調運動が成立することが判明した。
  • この発見は、粘液繊毛輸送によるウイルス感染などに対する生体防御機構の解明に繋がり、呼吸器疾患の治療への応用が期待される。さらに、繊毛運動が異常を呈する疾患の原因解明や不妊症、水頭症等の治療に繋がることも期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科大学院生の中山彰吾さん(研究当時)、矢野智樹助教(研究当時。現慶應大学特任講師)らと、大学院生命機能研究科の田村淳特任准教授(帝京大学医学部准教授)、同研究科月田早智子特任教授(帝京大学先端総合研究機構教授)らの研究グループは、多繊毛上皮細胞のアピカル微小管が新規微小管結合タンパク質Dapleにより偏在し、その偏在により繊毛運動が多繊毛同調運動することを明らかにしました。

成人は、1日平均でおよそ2万リットルの空気を体内に取り込むといわれています。この空気がきれいであれば問題はないのですが、残念ながら私たちの吸い込む空気にはホコリやカビ、そしてこの世界を一変させたCOVID-19などに代表される多くのウイルスなど、人体に有害な物質が多く含まれているのが現実です。私たちが呼吸する際には、このような有害な物質から身を守る必要があり、そのために私たちの体は呼吸の際に体内に侵入してくる有害な物質を排除する生体防御機構をきちんと持っています。体内に侵入した有害物質は気管にある粘液産生細胞から分泌された粘液に付着します。そして、多繊毛上皮細胞の同一方向に同調した繊毛運動により粘液を肺側から口腔側へと輸送し、肺や気管から排除します。これが、粘液繊毛輸送です(図1)。この粘液繊毛輸送は私たちの体にとって非常に重要な生体防御機構であるため、今日まで多くの研究がなされてきました。しかし、多繊毛上皮細胞において、1本1本の繊毛運動を同一方向へと同調させる詳細なメカニズムは未だ明らかにされていません。研究グループは近年、繊毛根元にある基底小体と呼ばれる構造体が、多繊毛上皮細胞のアピカル上のアピカル微小管ネットワークに結合することが繊毛運動に必須であることを明らかにしていました。また、1多繊毛上皮細胞内において、繊毛がきちんと配列することにより、繊毛運動が同一方向へと同調することをライブイメージングにより明らかにしてきました。本研究では、多繊毛上皮細胞のアピカル微小管の局在にはPCPに沿って肺側よりも多繊毛上皮細胞の口腔側に多くの微小管が蓄積していることを観察し、なぜそのような配置になるのか、また、その配置の繊毛運動の同調性の必要性を明らかにしました。

本研究成果は米国科学誌「Journal of Cell Biology」(オンライン)に2021年4月30日(金)に掲載されました。

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図1. 粘液繊毛輸送を示した図 粘液産生細胞から分泌された粘液は、多繊毛上皮細胞の同一方向に同調した繊毛運動により、肺側から口腔側へと輸送される(上図)。繊毛の根元には基底小体があり、この基底小体がアピカルにあるアピカル微小管ネットワークに結合することが繊毛運動に必須である(下図)。

研究の背景

気管多繊毛上皮細胞は、細胞内において口腔−肺方向の軸を有しており、この軸に沿って多数の繊毛運動を同一方向へと同調させることで粘液産生細胞から分泌された粘液層を肺側から口腔側へと輸送し体内に侵入した異物の排除を可能にしています。多繊毛上皮細胞内および細胞間で繊毛運動を同調させる必要があり、組織レベルで統合された繊毛配置の制御を可能にしているのがPCPです。PCPの形成にはコアPCPタンパク質と呼ばれる分子群が重要な役割を担っており、欠失すると様々な組織で形態異常や機能不全を呈するのに加え、気管においても繊毛運動の方向に異常がみられることが知られていました(図2)。これまでのPCP依存的なアピカル微小管ネットワークの形成制御機構の研究には、不明の点が多く、PCPに関わるどの分子がその制御機構を担っているかなど、その詳細なメカニズムは明らかではありません。また、アピカル微小管偏在の生体においての存在意義自体も全くわかっていませんでした。

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図2. 気管におけるPCP PCPの形成にはコアPCPタンパク質群が重要であり、口腔側にVanglやPrickleが配置され、肺側にFrizzledやDishevelledが配置される。

研究の内容

前述したコアPCPタンパク質の欠失により、気管において繊毛運動方向の同調性に異常がみられる例としてコアPCPタンパク質であるVangl1の欠損マウスでは、気管粘液流の異常が観察されます。本研究において、この時、アピカル微小管の偏在が消失し、PCPの消失も観察されたため、アピカル微小管の偏在はPCPと関連していることが示唆されました。そこで研究グループはPCPの消失はなく、アピカル微小管ネットワークの偏在のみが消失するような異常を呈するタンパク質を探索しました。そこで見出した、コアPCPタンパク質と相互作用するタンパク質、Dapleに着目し解析を行いました。ライブイメージングや超高圧電子顕微鏡を用いて観察したところ、Dapleはアピカル微小管ネットワークが偏在する口腔側で、TJ近辺に局在していることがわかりました。次に、遺伝子操作によりDapleを欠損したマウスを解析したところ、Vangl1欠損マウスと同様に気管粘液流の異常を呈することがわかりました。さらに気管の多繊毛上皮細胞におけるアピカル微小管ネットワークとPCPを観察したところ、PCPが消失せずにアピカル微小管ネットワークの偏在のみ異常が見られたことから、PCPがアピカル微小管ネットワークの偏在を制御しているのではなく、Dapleがアピカル微小管ネットワークの偏在を制御している可能性が示唆されました。解析を進め、一分子ライブイメージングを用いた観察により、Dapleは微小管に結合するだけでなくDapleが二量体を作ることで微小管を束化し、安定させていることを発見しました。以上のことから、DapleはコアPCPタンパク質と細胞膜で相互作用することで、Dapleの局在する側に微小管を集めて束化させることでアピカル微小管の口腔側への偏在を制御しており、このアピカル微小管ネットワークの偏在が、繊毛運動の一方向への同調を制御していることが明らかになりました(図3)。今回の発見により、Dapleがアピカル微小管の局在を制御し、アピカル微小管配行の偏在により、粘液繊毛輸送が機能するための繊毛の同調運動を制御することを明らかにしました。

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図3. Dapleによるアピカル微小管の偏在メカニズム 二量体Dapleが口腔側に局在することで、微小管が口腔側に偏在することが可能になる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

体内に侵入した異物の排除は、多数の繊毛運動を同一方向へと同調させることで粘液産生細胞から分泌された粘液層を肺側から口腔側へと輸送することにより可能となっている。本研究成果により、基盤のメカニズム、鍵となる分子の詳細が明らかとなりました。粘膜輸送機構の詳細なメカニズムの解明から、ウイルス感染防御や呼吸器疾患の治療等、臨床への応用が期待されます。また、多繊毛上皮細胞の多繊毛同調運動は気管のみならず、卵管や脳室にも存在し、前者では卵子および受精卵の輸送、後者では脳脊髄液流の形成に重要な役割を担っています。このことから、将来的には不妊症や水頭症の治療等、繊毛運動の異常を呈する疾患の原因解明や治療法の創出につながることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年4月30日(金)に米国科学誌「Journal of Cell Biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:Planar cell polarity induces local microtubule bundling for coordinated ciliary beating
著者名:Shogo Nakayama, Tomoki Yano, Toshinori Namba, Satoshi Konishi, Maki Takagishi, Elisa Herawati, Tomoki Nishida, Yasuo Imoto, Shuji Ishihar4, Masahide Takahashi, Ken’ya Furuta, Kazuhiro Oiwa, Atsushi Tamura, Sachiko Tsukita*

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」(研究総括:山本雅 沖縄科学技術大学院大学細胞シグナルユニット 教授)における「細胞間接着・骨格の秩序形成メカニズムの解明と上皮バリア操作技術の開発」(研究代表者:月田早智子 特任教授)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金特別推進「JP19H05468」(研究代表者:月田早智子 特任教授)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究「JP18K14696」(研究代表者:矢野智樹 助教(研究当時))、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B「JP16H05121」(研究代表者:田村淳 特任准教授)の一環として得られました。


用語説明

多繊毛上皮細胞

上皮細胞アピカル面に繊毛を多数もつ細胞。気管、卵管、脳室などにみられる。

繊毛

細胞小器官の一つで、鞭毛と同様、細胞に必要な推進力を生み出すものである。構造的には鞭毛に似ているが、その運動形式に異なる特徴がある。一つの細胞に短い毛が多数並んだものは「繊毛」と呼ばれることが多い。

多繊毛同調運動

多繊毛細胞の多くの繊毛が同調して動くこと。このことにより、気管表面の粘膜層が、バケツリレー式に気管から口に移動する。

基底小体

中心体に由来する骨格構造体であり、繊毛の根元に存在し、繊毛を生やす構造体。繊毛運動の方向性を決める。

アピカル面

極性を持った細胞において細胞の上部を指す。

アピカル微小管

細胞のアピカル側に沿って存在する微小管。微小管とは、真核生物における主要な細胞骨格の一つ。チューブリンのヘテロダイマーを基本校正単位とする中空の円筒状繊維で、外径は約25nm。重合と脱重合を繰り替える非常に動的な構造物で細胞の形態維持や変化、細胞分裂、細胞内物質輸送、繊毛の運動等、多様な細胞機能に重要な役割を果たしている。

平面内細胞極性(PCP; planar cell polarity)

細胞や分子の平面内での極性。通常組織内での細胞で明らかであるが、培養細胞でも再現される例がある。

Daple

Daple(Dishevelled-associating protein with a high frequency of leucine residues)は250kDaのタンパク質で、アミノ酸のC末端側でDishevelled と結合していくつかの生命現象を制御する伝達経路で働く因子。DishevelledはDapleとともに、Wnt等のシグナル伝達経路での調節に加えて細胞の運動性を制御することが知られている。

密着結合 (タイトジャンクション; TJ)

膜タンパク質クローディンにより隣り合う上皮細胞の間隙の距離をほぼ0にするほど密着させる細胞間接着装置。上皮細胞のアピカル側に上皮細胞を囲むように帯状に配置している。TJ が形成されることで、上皮細胞シートは生体の外界と内界を隔てることが可能になり、これにより生体内の恒常性が保たれる。TJが破綻すると生体内の恒常性が崩れ、様々な病態を引き起こすことが知られている。