皮膚筋炎の自己免疫機構を再現するモデルマウスを新規開発

皮膚筋炎の自己免疫機構を再現するモデルマウスを新規開発

2021-4-6生命科学・医学系
医学系研究科教授藤本学

概要

膠原病の一つである炎症性筋疾患の皮膚筋炎については、患者の血清から、いくつかの種類の自己抗体が同定され、それに応じて、合併症の有無や治療反応性などが予測できることが分かってきました。一方、これらの自己抗体の種類に対応したモデル動物が存在しないため、基礎的な病態の解明や適切な治療方法の開発は遅れています。本研究では、患者から同定された筋炎特異的自己抗原の一つであるtranscriptional intermediary factor 1g(TIF1g)に対する自己免疫機構を再現する、実験的筋炎モデルマウスを新たに開発することに成功しました。

皮膚筋炎の患者からは、複数の筋炎特異的自己抗体が検出されますが、これまで、これらの抗体が「筋炎の結果なのか原因なのか」「自己抗体そのものが病気を起こしているのか」は不明でした。本研究で開発したモデルマウスを用いて、筋炎特異的自己抗体が対象としている自己抗原TIF1gに対する自己免疫機構のうち、まず誘導される特異的T細胞が筋炎を引き起こすこと、また、これに続いて産生される特異的抗体そのものは、筋炎の発症とは関わっていないことが明らかになりました。

抗TIF1g抗体陽性の皮膚筋炎患者は、小児であれば筋力低下が顕著であること、成人であれば内臓悪性腫瘍を合併していることが知られていますが、現状の治療としては、非特異的免疫抑制療法しか存在しません。本研究で確立したモデルマウスは、患者の体内で起こっている自己免疫機構を忠実に模しており、より効果的で、かつ悪性腫瘍治療の邪魔をしない、筋炎治療法の開発に貢献することが期待されます。

研究の背景

皮膚筋炎は、炎症性筋疾患で、膠原病の一つ、つまり自己免疫機構を基盤としていると考えられている疾患です。筋炎、皮膚炎、間質性肺炎、内臓悪性腫瘍の合併などを種々の程度で発症することから、「多彩な臨床像を呈する疾患」と捉えられてきましたが、近年、多数の筋炎特異的自己抗体が同定され、これらをグループ分けしたところ、それぞれに特徴のある臨床像を呈することが分かってきました。そのうちの一つである抗transcriptional intermediary factor 1 g(TIF1g)抗体は、小児と高齢者に発現することが多く、小児では体幹筋の筋力低下が問題となり、日常生活が制限されます。また、特に高齢者の場合には、高い割合で内臓悪性腫瘍を合併し、皮膚筋炎の一般的な治療である非特異的免疫抑制療法が、腫瘍を進展させてしまう懸念があるため、治療法選択には難渋します。一方、他の筋炎特異的自己抗体陽性症例では生命予後を左右することが多い、間質性肺炎の合併症はほとんど見られません。

疾患の病態解明やそれに即した特異的治療法開発においては、モデル動物の解析や前臨床試験がスタート地点になります。これまで、炎症性筋疾患のモデル動物は、筋組織特異的抗原に対する自己免疫により筋炎を起こすタイプのモデル動物が使われてきました。しかし、実際の患者では、筋組織特異的抗原に対する自己免疫は引き起こされておらず、同定された筋炎特異的自己抗体の対応抗原はすべての細胞に発現しているような自己抗原であることから、患者の体内で起こっている病態を模しているモデル動物とは言い難いという根本的な問題がありました。そこで本研究では、実際の患者で同定されている筋炎特異的自己抗体を作るモデルマウスを作成し、筋炎が起こるか、またその病態の詳細な解析を試みました。

研究内容と成果

本研究チームは、抗TIF1g抗体の対応抗原であるヒトTIF1g全長タンパクを、構造や翻訳後修飾も哺乳類に近い形で精製し、アジュバント(免疫賦活剤)と共にマウスへ投与して免疫を惹起する(免疫する)ことで、マウスTIF1gへの自己免疫が誘導され、大腿筋に筋炎が発症することを見いだしました。この筋炎は、病理組織学的に、筋線維周囲への炎症細胞浸潤と筋壊死像、また線維束周囲性萎縮と呼ばれる像を呈し、筋線維では主要組織適合複合体クラスIやI型インターフェロン反応性分子Mx1といった、免疫反応に関わるタンパク質が発現しています。これらの所見は、ヒト皮膚筋炎の筋病理組織像を忠実に模しています。

一方、浸潤している炎症細胞はT細胞(リンパ球の一種)が多く、中でも細胞傷害性CD8 T細胞が筋線維に食い込むように浸潤していました。TIF1g誘導性筋炎を発症したマウスのCD8 T細胞を、未発症のマウスへ移入すると筋炎が移植できることより、CD8 T細胞が病原性細胞であると同定されました。これまで、ヒト皮膚筋炎の筋炎では、CD8 T細胞の筋炎成立への関与は議論されていませんでしたが、ヒトでも筋炎発症のごく初期には同様のことが起きていて、遷延化するにつれて、ヘルパーCD4 T細胞やマクロファージの筋組織浸潤の方が目立ってくるものと推察されます。一方、TIF1g誘導性筋炎を発症したマウスの血中抗体を移入しても筋炎は移植できず、抗TIF1g自己抗体には病原性はないものと考えられます。

また、ヒト皮膚筋炎では、I型インターフェロンの病態への関与が疑われています。I型インターフェロン受容体を欠損したマウスにTIF1gタンパクを免疫すると、野生型マウスと比べて筋炎が軽症化しました。このことは、この筋炎が「Interferonopathy(I型インターフェロンが病態に深く関わる疾患群)」の側面を持つことを意味します(図1)。さらに、I型インターフェロンを含む多種のサイトカイン受容体シグナルを阻害する薬剤として、ヤヌスキナーゼ阻害薬トファシチニブによる治療実験を行ったところ、容量依存的に筋炎の発症が抑制されました。この際、TIF1g特異的T細胞や特異的抗体の誘導は損傷されなかったことから、ヤヌスキナーゼ阻害薬は、抗原特異的自己免疫反応ではなく、それに続く炎症反応のみを抑制していると示唆されました。

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図1. 本研究の結果概要 マウスに免疫賦活剤と共にヒトTIF1gタンパクを免疫すると、自己抗原であるマウスTIF1gに対する自己反応性T細胞と自己抗体が誘導される。T細胞のうちCD8 T細胞は病原性で筋炎を引き起こすが、自己抗体には病原性はなく、診断的価値を有する。また、筋炎はImterferonopathyの側面を持つ。 TIF1g免疫マウス大腿筋の横断病理組織像では、筋線維がリンパ球に攻撃されている像や、筋線維の集塊である筋束の周囲で、炎症と共に筋線維が萎縮している像(線維束周囲性萎縮)が見られる(黄色矢印)。

今後の展開

本研究により、ヒト皮膚筋炎で検出される筋炎特異的自己抗体は、抗体そのものには病原性はないものの、対象とする自己抗原に対する自己反応性T細胞が筋炎を成立させることが明示されました。これは、炎症性筋疾患が膠原病、すなわち自己免疫疾患であることを示した成果です。

また、自己抗原TIF1gへの自己免疫反応を基盤とした、皮膚筋炎マウスモデルを新たに確立したことで、前臨床試験として、既存もしくは新規の様々な治療薬候補をスクリーニングすることが可能になりました。本研究では、ヤヌスキナーゼ阻害薬の効果を提示しましたが、今後、治療標的サイトカインを絞り込んでいくことなどを想定しています。さらに、抗TIF1g抗体陽性皮膚筋炎症例は、内臓悪性腫瘍を合併することが多いことから、本モデルマウスにも悪性腫瘍を発生させ、それが筋炎重症度に与える影響の解析や、悪性腫瘍を進展させない筋炎治療薬の探索を目指しています。

特記事項

掲載論文

【題 名】 Immune response to dermatomyositis-specific autoantigen, transcriptional intermediary factor 1g, can result in experimental myositis
(皮膚筋炎特異的自己抗原transcriptional intermediary factor 1gに対する免疫反応が筋炎を誘導し得る)
【著者名】 Naoko Okiyama,1* Yuki Ichimura,1 Miwako Shobo,1 Ryota Tanaka,1 Noriko Kubota,1 Akimasa Saito,1 Yosuke Ishitsuka,1 Rei Watanabe,1,2 Yasuhiro Fujisawa,1 Yoshiyuki Nakamura,1 Akihiro Murakami,3 Hisako Kayama,4 Kiyoshi Takeda,5 Manabu Fujimoto1,6,7
1Department of Dermatology, Faculty of Medicine, University of Tsukuba, Japan
2Department of Integrative Medicine for allergic and Immunological Disease, Graduate School of Medicine, Osaka University, Japan
3Medical & Biological Laboratories Co., Ltd., Japan
4Institute for Advanced Co-Creation Studies, Osaka University, Japan
5Department of Microbiology and Immunology, Graduate School of Medicine, Osaka University, Japan
6Department of Dermatology, Graduate School of Medicine, Osaka University, Japan
7Laboratory of Cutaneous Immunology, WPI Immunology Frontier Research Center, Osaka University, Japan
【掲載誌】 Annals of the Rheumatic Diseases
【掲載日】 2021年4月2日
【DOI】 10.1136/annrheumdis-2020-218661

研究資金

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究C(18K08263)により実施されました。

用語説明

I型インターフェロン

インターフェロンαやインターフェロンβなどを含めた、抗ウイルス系のサイトカインの総称。

ヤヌスキナーゼ

JAKと呼ばれるチロシンキナーゼで、各種サイトカインや成長因子の細胞膜上受容体の下流にて、STATと呼ばれる転写因子を介し、シグナル伝達を行う。