次世代制汗剤開発、発汗機能障害、汗腺再生の研究に使用できる長期培養が可能なヒト汗腺の筋上皮細胞の樹立に成功

次世代制汗剤開発、発汗機能障害、汗腺再生の研究に使用できる長期培養が可能なヒト汗腺の筋上皮細胞の樹立に成功

カナダ Applied Biological Material社に販売を許諾するライセンス契約を締結

2020-5-8生命科学・医学系

研究成果のポイント

・筋上皮細胞の性質を保持した、不死化ヒト(エクリン)汗腺筋上皮細胞(iEM cell)の樹立に成功
Applied Biological Material社と、樹立した細胞株の販売ライセンス契約を締結したことで、世界各国へのiEM cellの譲渡が可能に
・本研究成果により汗腺の研究が進むことで、新しいアプローチの制汗剤の開発、多汗症・熱中症などの発汗機能障害の予防法や治療法の開発、汗腺組織の再生が期待できる

概要

大阪大学大学院薬学研究科先端化粧品科学(マンダム)共同研究講座 の岡田文裕招へい教授、蛋白質研究所寄附研究部門の関口清俊教授の研究グループは、ヒト汗腺筋上皮細胞 の不死化 による細胞株の樹立に成功しました。

ヒト汗腺を構成する細胞の内、筋上皮細胞は汗腺の収縮を司る細胞であり、また汗腺の機能を維持する幹細胞としての機能もあります (図1) 。このヒト汗腺筋上皮細胞の機能を制御する成分を同定できれば、新しいアプローチの制汗剤の開発、更には多汗症や熱中症の予防法、治療法の開発にも繋がります。それには多くのヒト汗腺筋上皮細胞が必要ですが、これまでのヒト汗腺細胞の細胞株はヒト汗腺筋上皮細胞の性質を保持していませんでした。

本研究グループはこれまでヒト筋上皮細胞の性質を短期的に維持する方法を確立しており(2016年10月27日付ニュースリリース参照)、今回この手法をさらに応用して不死化遺伝子を導入することで長期の培養が可能な不死化ヒト汗腺筋上皮細胞( i mmortalized human E ccrine sweat gland M yoepithelial Cell < iEM cell >)の樹立に成功しました。

この成果により研究が加速することで、次世代制汗剤の開発や多汗症や熱中症の予防法、治療法の早期確立、あるいは汗腺の再生技術の確立に繋がることが期待されます。

本成果は特許出願し、第49回欧州皮膚科学会(フランス、2019年9月18~21日)で発表されました。また、今回樹立したiEM cellの有用性が認められ、iEM cellの委託販売について、株式会社マンダム(本社:大阪市、社長執行役員:西村元延、以下「マンダム」)はApplied Biological Materials社 とライセンス契約を、マンダムと国立大学法人大阪大学(本部:大阪府吹田市、総長:西尾章治郎、以下「大阪大学」)はロイヤリティに関する覚書を締結しました。また、今回のライセンス契約にMTA(Material Transfer Agreement) が含まれていることにより世界各国へのiEM cellの譲渡が可能となりました。

図1 ヒトエクリン汗腺の構造

研究の背景

日常生活における汗による悩み(多汗や汗臭)を解決することは、生活のクオリティの向上に繋がります。そこで、当研究グループは発汗機能の制御に着目しました。発汗機能を制御するには汗腺を構成する細胞の性質を理解し、汗腺機能を調節する必要があります。ヒト汗腺を構成する細胞のうち、筋上皮細胞は汗腺を収縮させ汗を体外へ押し出す機能と、幹細胞として汗腺組織の恒常性を維持する機能を持ちます (図1) 。そのため筋上皮細胞の活動がヒトにおける発汗に重要と言えます。ヒト汗腺筋上皮細胞の機能を解明する上で培養細胞は有用な手段ですが、ヒト汗腺筋上皮細胞の性質を保持したまま長期間培養する方法はこれまでありませんでした。

研究の内容

これまでに存在したヒト汗腺の培養細胞は筋上皮細胞の性質を保持していませんでした。本研究グループはヒト汗腺筋上皮細胞を生体内に近い状態で培養することにより筋上皮細胞の性質を短期的に維持する方法を確立していました。そして今回、この培養下のヒト汗腺筋上皮細胞に、不死化遺伝子を導入することで、長期的に筋上皮細胞の性質を維持できる不死化ヒト汗腺筋上皮細胞(iEM cell)の樹立に成功しました。これまでヒト汗腺筋上皮細胞は3代程度しか継代培養ができませんでしたが、本研究グループが樹立したiEM cellは10代以上の継代培養が可能です。また、iEM cellはヒト筋上皮細胞の機能を支える特有の遺伝子であるα-Smooth muscle actin(α-SMA)を発現しており、ヒト筋上皮細胞の性質を維持していました (図2) 。このような特徴は既存のヒト汗腺細胞では得ることができなかったものです。

図2 樹立した不死化筋上皮細胞(iEM cell)の生存能力と特有遺伝子の発現

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、長期間培養できる不死化ヒト汗腺筋上皮細胞が樹立されました。汗腺の発汗機能を制御するためには汗腺を構成する細胞の性質を解明する必要があります。今後の研究でヒト汗腺筋上皮細胞の研究が進むことで、汗腺を構成する細胞の活動制御による、汗腺の発汗機能を根本的に抑制する次世代の制汗剤の開発や、汗腺機能を回復させ、発汗機能障害を改善できる治療法の開発、更には汗腺の再生技術にも繋がる可能性があります。

特記事項

本研究成果であるiEM cellおよびその製造法は、特許として登録されています。
発明の名称:“不死化汗腺筋上皮細胞” 特許番号:6563145
発明者:早川智久 1 倉田隆一郎 1,2 藤田郁尚 1,2 岡田文裕 1,2 関口清俊 3
1 大阪大学大学院薬学研究科先端化粧品科学(マンダム)共同研究講座
2 株式会社マンダム基盤研究所
3 大阪大学蛋白質研究所寄附研究部門

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業16K16602(細胞老化解析による汗腺老化メカニズムの解明)および19K20113(不死化筋上皮細胞による汗腺老化メカニズムの解明)の一部助成を受け実施されました。

研究代表者(早川)のコメント

生物学の研究において培養細胞は基礎的な試験手法として普及しております。昨今、幹細胞研究の発達とともに既存の培養細胞が生体内の細胞から変質してしまっており試験系として問題があることが指摘されるようになりました。その解決策として生体構造を模倣することで、生体内の性質を保持した新しい培養細胞の試験系が注目されるようになりました。汗腺細胞は元々皮膚の細胞のように広く普及した細胞系が存在せず、一部で使用されていた旧来型の汗腺細胞系も上記の理由から筋上皮細胞の変質が指摘されてきました。本研究グループはヒト汗腺筋上皮細胞を生体内に近い環境で培養することで筋上皮細胞に覆われた球状構造が形成されることに注目しました。この球状構造に直接不死化遺伝子を導入することで効率的に不死化することができました。この方法により樹立したiEM cell は筋上皮細胞としての性質を保持しており、今後汗腺の新規試験系として制汗剤の開発、更には汗腺疾患の治療あるいは汗腺の再生にも寄与することを期待しています。

参考URL

大阪大学大学院薬学研究科先端化粧品科学(マンダム)共同研究講座HP
http://www.phs.osaka-u.ac.jp/homepage/b024/

用語説明

不死化

細胞増殖を促進する外来遺伝子を導入することにより細胞の持つ増殖限界を伸ばす技術。

汗腺筋上皮細胞

汗腺の分泌部位(汗を生産する部位)は管腔細胞と筋上皮細胞の2種類から形成されている (図1) 。このうち筋上皮細胞は汗腺を収縮させ体表へ汗を押し出す役割を果たしている。また筋上皮細胞は汗腺の幹細胞としての機能も持つため汗腺の恒常性維持の観点からもキーになる細胞である。

Applied Biological Material社

カナダに拠点を構えるバイオ関連製品、特に遺伝子組み換え製品を扱う企業。遺伝子組み換え細胞やその作成用の製品の販売を行っている。 #1-3671 Viking Way Richmond, BC V6V 2J5 CANADA TEL:604-247-2416 FAX:604-247-2414 HP: https://www.abmgood.com/about-us.html

先端化粧品科学(マンダム)共同研究講座

大阪大学大学院薬学研究科と、株式会社マンダムが2015年6月に設置した共同研究講座。共同研究講座は民間企業等からの出資を受け入れ、大学の研究者と出資企業の研究者が共通の課題について、対等の立場で共同研究を行うことにより、優れた研究成果を獲得することを目指す。本共同研究講座は、大阪大学内に設ける独立した研究組織で、大阪大学とマンダムとが協議しながら、柔軟かつ迅速に研究活動を行うことを特徴とする。

MTA(Material Transfer Agreement)

研究機関間で研究材料となる物質の移転(貸借、分譲、譲渡など)を行う際に、機関間で取り交わされる契約。物質自体の扱いに関する条項の他、研究の成果として得られた論文や知的財産権の取扱い及び帰属などが定められる。