機械学習(AI)と精密フロー有機合成の融合研究。廃棄物ゼロ・化学反応時間30秒で、有用な複素環式化合物を供給可能に!

2020-2-26

発表のポイント

・機械学習を活用したフロー合成法 による精密有機合成法を開発。
・フロー合成法を精密有機合成に適用するには、膨大な反応条件を実験・精査する必要があり、その実現は困難でした。今回、機械学習を活用することで化学反応条件探索を効率化し、結果、複雑な構造を有する有用化合物を迅速かつ高収率にて不斉合成することに成功しました。
・フロー合成法の最適化のプロセスを短縮することで、時間・コストの大幅な削減ができ、迅速かつ効率的な反応開発・ファインケミカル類の供給が可能になることが期待されます。

概要

大阪大学産業科学研究所の笹井宏明教授、近藤健特任助教・鷲尾隆教授らの研究グループは、フロー合成法を用いた有機分子触媒 によるエナンチオ選択 的なドミノ反応 の開発に成功しました。この反応は、レアメタルフリーのアミノ酸から調製される触媒を用いることで、わずか30秒で、複数の不斉中心 を有する複素環化合物 が原子効率100%(廃棄物ゼロ)で得られます。

これまで反応開発の現場では、研究者らによる網羅的なスクリーニングや試行錯誤が必要とされ、膨大な時間やコストがかかることから迅速な最適化手法の開発が強く望まれていました。特にフロー合成法を用いる際には、流速、管径、管長等、最適化すべき要素が増えるため、フロー合成法で複雑な化合物を合成する「精密フロー合成法」は困難とされていました。

今回、大阪大学産業科学研究所の研究グループは、機械学習法の1つであるガウス過程回帰法 を新規反応開発の反応条件探索に活用することで、従来法に比べ大幅に少ない実験数で精密フロー合成法の条件最適化に成功しました (図1) 。この研究は、世界初の機械学習法を活用した精密フロー合成法および有機分子触媒による不斉反応プロセスです。この研究により、ファインケミカル類の開発研究の効率化が期待されます。本研究成果は、2019年12月9日英国王立化学会Chemical Communications誌に掲載されました。

図1 有機分子触媒と機械学習法を活用する新規ドミノ反応の開発

研究の背景

原料をポンプによってマイクロミキサーに注入し、カラム内にて有機反応を行うフロー合成法は、反応効率が高く、省エネルギー・省廃棄物なオンデマンド次世代合成法として注目を集めており、実際、バッチ合成法(フラスコ等の反応容器を使用する従来法)をフロー合成法へと置き換えるという流れが世界的にも加速しています。方、有機分子触媒は、金属を用いない環境にやさしい触媒として21世紀に入り、飛躍的に発展しました。このように合成手法や触媒は大きく発展したにもかかわらず、未だ反応の最適化においては化学者が試行錯誤を行い、労力をかけて反応条件の精査を行う必要があり、特に高機能性なファインケミカル類(医薬品原料)の合成には、膨大な時間やコストをかけて反応条件の最適化を行う必要がありました。

笹井教授らの研究グループでは、有機分子触媒を用いて複雑な分子を選択的に構築する手法を、鷲尾教授らの研究グループでは、コンピューターによるデータ解析手法を開発・研究しています。両グループの研究成果を活用・融合することで、精密フロー合成法の条件探索を効率化できると考え共同研究を行った結果、ガウス過程回帰法をフロー反応開発に活用することで、迅速に最適な化学反応条件を導き出すことに成功し、有用な複素環式化合物の選択的かつ効率的な不斉合成手法の開発に成功しました (図2) 。

図2 AI活用による精密フロー法の開発

本成果が社会に与える影響

基礎分野であっても生産性効率化へのAI活用実験は、我が国の人口減少や研究予算削減下において持続的に社会が発展していくためには必須です。機械学習の活用で、有機合成反応開発が抱える問題の1つである「反応条件の最適化」のプロセスを大幅に効率化できたことにより、今後研究者はAIには不可能なよりクリエイティブな活動に時間を費やすことが可能となります。今回開発した条件探索手法は有機化学に限らず、高分子化学や無機化学など条件探索実験を必要とする多様なものづくり研究・産業分野に適用可能です。

特記事項

本研究成果は、2019年12月9日英国王立化学会Chemical Communications誌に掲載されました。

論文名:Exploration of flow reaction conditions using machinelearning for enantioselective organocatalyzed Rauhut–Currier and [3+2] annulation sequence
著者名:Masaru Kondo, H. D. P. Wathsala, Makoto Sako, Yutaro Hanatani, Kazunori Ishikawa, Satoshi Hara, Takayuki Takaai, Takashi Washio, Shinobu Takizawa and Hiroaki Sasai
掲載誌: Chem. Commun. 2020, 56, 1259-1262
DOI:10.1039/C9CC08526B

なお、本研究の一部は、日本学術振興会科研費(JP18K14220, JP18K14221, JP16K08163, JP18H04412, JP18KK0154)、科学技術振興機構CREST(JPMJCR1666)、池谷科学振興財団研究助成(0311010-A)の助成を受けたものです。

研究者のコメント

近年、機械学習を有機合成化学に導入する試みが世界的に行われています。しかし、ほとんどの例が膨大な学習データや複雑なアルゴリズムを必要とし、実用的な手法であるとは言い難いものでした。今回、最少の実験データとシンプルな機械学習法を用いることで、迅速かつ実用的な反応条件探索手法を開発することに成功しました。

参考URL

大阪大学 産業科学研究所 機能物質化学研究分野 笹井研究室HP
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/soc/socmain.html

用語説明

フロー合成法

出発原料をカラムの一端から連続的に投入し、生成物を他端から連続的に得る手法であり、近年、環境調和型合成の1つとして期待されている。従来のバッチ合成法(フラスコ等の反応容器を用いる手法)に比べ、効率的な加熱・攪拌が可能であり、高い反応効率を実現できる。2016年4月には米国連邦政府の優先課題として医薬品の連続生産の推進が挙げられている。

有機分子触媒

反応基質の活性化に金属を必要とせず、分子自体が触媒として機能する有機化合物。レアメタルフリーな触媒のため、グリーンケミストリーの観点から大きな注目を集めている。2000年頃から精力的に開発され、モノづくり日本のお家芸研究の1つとなっている。

エナンチオ選択

(エナンチオ選択的反応)一方のエナンチオマーを選択的に合成する反応。二つの分子が鏡像体かつ互いに重ね合わせることができない関係(右手と左手の関係)にある時、分子はエナンチオマー(鏡像異性体)の関係にある。

ドミノ反応

ドミノ倒しゲームのように、一度の実験操作で始まる反応が、次の反応を誘発し、連続的に複数の化学反応が起こるようデザインされた反応。不安定な中間体も適用可能であり、複雑な化合物を効率的に合成できる。

不斉中心

異なる4つの原子または置換基に共有結合している原子(炭素やリン等)。不斉中心を有する分子には、エナンチオマーが存在する。

複素環化合物

炭素原子と非炭素原子によって構成される環状化合物

ガウス過程回帰法

観測された値から関数を推定する機械学習法の1つ。非線形関数の回帰にも適用が可能である。