工学系

2019年6月17日

研究成果のポイント

・テラヘルツ電磁波を用いて燃料電池中の固体電解質におけるイオンが移動する瞬間の運動の直接観測に成功
・この運動はイオンの伝導に関連するが、電気的測定で得られる情報とは異なる固体電解質の特徴を反映
・この運動が燃料電池に不可欠な固体電解質の新たな設計指標として大いに役立つと期待
・本研究テーマは、パナソニック株式会社の協力を得て、大学のシーズと企業のニーズを融合、立案され、博士課程教育リーディングプログラム「インタラクティブ物質科学カデットプログラム」の活動、および工学研究科に設立されたパナソニック基盤協働研究所の活動の一部として推進されました。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の永井正也准教授らの研究グループは、宮崎大学工学教育研究部の奥山勇治准教授、パナソニック株式会社テクノロジーイノベーション本部の可児幸宗氏と共同でテラヘルツ周波数帯の電磁波を用いて燃料電池中の固体電解質※1におけるイオンが移動する瞬間の観測に成功しました。固体酸化物形燃料電池の電解質中において、電荷担体となる酸素イオンは10兆分の1秒の時間でイオン移動の試行を繰り返した後に酸素空孔に移動しますが、移動直前にはその試行運動が遅くなることが知られています。そこで、近年、大容量短距離無線通信や非接触非破壊検査技術として注目されているテラヘルツ周波数帯の電磁波を用いることで、この運動を捉えることに成功しました。実証実験で用いた安定化ジルコニア※2中のイオンの運動を詳細に解析することで、電気的測定では得られない新しい固体電解質の特徴を反映した情報が得られることを明らかにしました。このような固体電解質のテラヘルツ電磁波による評価は、燃料電池の高性能化に不可欠な固体電解質探索における新たな指標として大いに期待されます。

本成果は、Springer Nature社が発行するオープンアクセスジャーナル「Nature Communications」誌(オンライン)に6月17日(月)18時(日本時間)に公開されました。

図1 安定化ジルコニアの酸素欠損と隣接サイトへの酸素イオンの運動

研究の背景

燃料電池は、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する低公害で高効率のエネルギー変換デバイスとして近年注目を集めています。家庭用発電システムや自動車の動力源として既に用いられ、また業務用大規模発電システムとしても実用化されつつあります。燃料電池はイオンのみを通す性質を持つ固体電解質を、電極である燃料極・空気極で挟んだ構造をとりますが、その性能の向上には化学的に安定で高いイオン伝導度を持つ固体電解質の開発が求められます。例えば安定化ジルコニアなどの固体酸化物電解質では、母結晶に低原子価イオンを添加し陽イオンの一部を置換します。この際の電荷補償として酸素イオン空孔が形成され、これが結晶内をイオンが移動する際の受け皿となります。固体電解質はこのイオンの移動のしやすさが性能の指標となり、固体に電極を取り付け電気的測定で得られたイオン伝導度で固体電解質が評価されます。

今回我々はイオンが隣接サイトへ移動する際の運動に注目しました。電荷担体であるイオンは隣接サイトの空孔に一気に移動するのではなく、10兆分の1秒(10-13秒)の時間での「試行」が繰り返された後で移動します。この移動の際には試行運動が大振幅となる代わりにその運動の時定数が遅くなることが知られています。この遅くなったイオンの運動を1000億分の1秒(10-11秒)の時定数で捉えられるテラヘルツ電磁波でとらえれば固体電解質の新しい性能指標となると考えました。

テラヘルツ電磁波は、遠赤外線領域として分類される光です。0.1~10テラヘルツ(1兆ヘルツ)の周波数帯の電磁波は、ポスト5G通信のキャリアとして注目され、近年通信分野でその技術が進展しています。また様々な物質において特異な透過特性を持つことから、非破壊検査、安全安心分野におけるこの周波数帯のイメージングが注目されています。一方でこの電磁波は物質分析、特に半導体、超伝導体中の電子伝導や誘電体のイオンの運動を0.1-10兆分の1秒(10-13-10-11秒)の時間スケールで調べる道具として広く用いられます。

本研究成果の内容

本実証実験では最も典型的な固体酸化物電解質の一つである安定化ジルコニアに注目し、異なるイオンを添加したものにこの手法を適用し、解析を行いました。図2にイットリアが添加された安定化ジルコニアの電気伝導度とテラヘルツ伝導度の温度依存性を示します。一般に電気的測定で得られた伝導度はイオンの遠距離伝搬のしやすさを表しています。これには母結晶のみならず添加原子も寄与するため、強い温度依存性を示します。一方で、テラヘルツ電磁波で評価した伝導度は酸素イオンの隣接する空乏への移動のしやすさのみを反映するため、それほど大きな温度依存性を示しません。

この温度依存性の測定を異なる添加元素の安定化ジルコニアで行い、イオン移動に必要なエネルギー(活性化エネルギー)を評価しました。図3に電気伝導度測定およびテラヘルツ電磁波測定から評価された活性化エネルギーを添加元素のイオン半径に対してプロットしました。電気測定では添加元素のイオン半径が母結晶中のジルコニウムZrと同じ時に活性化エネルギーが最小となります。しかしテラヘルツ電磁波で評価した活性化エネルギーは添加元素のイオン半径と共に減少しており、電気的測定で得られた結果とは異なっています。一般に母結晶は大きなイオン半径を持つ元素を添加すると結晶としての有効格子定数が増加するので、ジルコニウム原子間のポテンシャルの鞍点のエネルギーが下がることでイオンが移動しやすくなります。したがってテラヘルツ電磁波で決定された活性化エネルギーは酸素イオン空孔の物質固有の移動エネルギーを反映しており、電気的測定では得られない情報が得られると結論づけました。

図2 イットリア安定化ジルコニアにおける(a)電気的測定で得られた伝導度および(b)テラヘルツ電磁波で測定した伝導度の温度依存性

図3 異なる添加元素の安定化ジルコニアにおける(a)電気的測定および(b)テラヘルツ測定から見積もられた活性化エネルギー

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

テラヘルツ電磁波は半導体、超伝導体、誘電体などの基礎特性を非破壊非接触で測定できる道具として広く知られています。今回の結果から、テラヘルツ電磁波は燃料電池に不可欠な固体電解質の基礎特性を評価する道具として有効であることを示しました。加えて、一般的な電気伝導度測定では得られない物質固有のイオン伝導性の指標となることを見出しました。高い発電性能を期待されているプロトン導電性セラミック燃料電池※3の性能向上に向け、今後、本研究成果がプロトン伝導体(固体電解質)へ適用されることで、材料開発の加速が期待されます。

特記事項

本成果は大阪大学大学院基礎工学研究科の永井正也准教授(工学研究科パナソニック基盤協働研究所連携教員)、森本智英博士(現三菱電機株式会社)、蓑輪陽介助教、芦田昌明教授(国際共創大学院学位プログラム推進機構インタラクティブ物質科学・カデットプログラム部門長兼任)、大阪大学国際共創大学院学位プログラム推進機構の横谷洋一郎氏、宮崎大学工学教育研究部の奥山勇治准教授、パナソニック株式会社テクノロジーイノベーション本部の可児幸宗氏らによって行われ、本研究成果は、2019年6月17日(月)18時(日本時間)にSpringer Nature社が発行するオープンアクセスジャーナル「Nature Communications」(オンライン)に公開されました。
タイトル:“Microscopic ion migration in solid electrolytes revealed by terahertz-time-domain-spectroscopy”
著者名:Tomohide Morimoto, Masaya Nagai, Yosuke Minowa, Masaaki Ashida, Yoichiro Yokotani, Yuji Okuyama, and Yukimune Kani

なお、大阪大学では、研究科の垣根を越えて物質科学におけるイノベーションを牽引するリーダー人材の育成を目指す博士課程教育リーディングプログラム「インタラクティブ物質科学カデットプログラム」の活動として、企業の若手研究者と同プログラム履修生が新規分野を開拓するコラボ研修と呼ぶ取り組みを実施しています。本研究テーマは、パナソニック株式会社とのコラボ研修において、研修アドバイザーである可児氏のアイデアに端を発し、大学のシーズと企業のニーズを融合し立案、実施されました。
また、大阪大学とパナソニック株式会社の双方の高度な人材育成と共働研究を推進するため、工学研究科に設立されたパナソニック基盤協働研究所の活動の一部として本研究を推進しました。

大阪大学に係る本研究の一部は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(Grant Numbers 17J04949,15H03579,18H05212)の助成を受けて行われました。

用語解説

※1 固体電解質
電解質溶液のように、電荷担体であるイオンを移動させることができる固体。媒体が固体であるためイオンの移動速度が小さく低温での導電性は低いが、逆にイオンの移動を利用したエネルギー変換を行うことができる。したがって燃料電池のような発電デバイス等において利用される。

※2 安定化ジルコニア
ジルコニア(酸化ジルコニウム,ZrO2)に酸化イットリウムなどを添加することで、室温下でその結晶構造を安定化させた物質。添加物として「イットリア(酸化イットリウム)」が最も一般的で、5~10モル%添加したものは固体酸化物形燃料電池として応用されている。また人工ダイヤモンドなどで応用され、添加モル%の小さなものはセラミックナイフや歯の補修材としても使われる。

※3 プロトン導電性セラミック燃料電池
固体電解質として、プロトン伝導性酸化物を用いる次世代型燃料電池。酸化物イオン伝導体を用いる燃料電池に比して、高い発電効率が期待されている。

参考URL

大阪大学大学院基礎工学研究科 芦田研究室
https://laser.mp.es.osaka-u.ac.jp

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