テラヘルツ光を照射しただけで強靭なセラミックスが一瞬で粉々に!
研究成果のポイント
- 強靭なセラミックスにある特定の周波数のテラヘルツ波を照射すると、一瞬にして破砕することを発見しました。
- これはセラミックスの強靭性を引き出す相変態をテラヘルツ波照射で最大限に誘起させられるためで、このことが逆に破壊的な破砕を引き起こします。
- このような光で効率的に結晶格子を歪ませる手法をうまく活用することで、光を用いた加工や形態制御が可能となり、機能性物質の開発を加速することが期待されます。
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の永井正也准教授らの研究グループは、兵庫県立大学大学院理学研究科の草部浩一教授(大阪大学大学院基礎工学研究科兼任) らと共同で、セラミックスがもつ強靭性をもたらす相変態機構をテラヘルツ波で高効率で誘起させることができ、また、逆にこのことが破壊的な破砕を引き起こすことを発見しました。ファインセラミックスの一種、「部分安定化ジルコニア」は歯の補修材やセラミックスナイフに使用されるなど、強靭性を持っています。この強靭性は、亀裂の伝播を正方晶から単斜晶への相変態によって回避し、亀裂先端の応力集中を緩和する応力誘起相変態強化機構が働くためです。研究グループは、この物質にさまざまなレーザー光を照射し、照射痕を解析しました。その結果、テラヘルツ波を照射した際にのみ高効率で破壊的体積膨張をもたらす結晶構造の変化を引き起こすことを発見しました。この結晶構造の変化は合金やセラミックスなどの強靭性や形状記憶物質の基本的な概念であるマルテンサイト変態です。このような光で効率的に結晶格子を変化させる手法をうまく活用することで、光を用いた加工や形態制御が可能となり、機能性物質の開発を加速することが期待されます。
本成果は、Springer Nature社が発行するオープンアクセスジャーナル「Communications Physics」誌(オンライン)に4月29日(土)に公開されました。
図1. 部分安定化ジルコニアの結晶構造。緑はジルコニウム原子で赤が酸素原子を示す。部分安定化ジルコニアは強靭なファインセラミックスの一種であり、通常は正方晶の結晶構造を持っています。今回の研究では特定の周波数のテラヘルツ光を照射することで、単斜晶へのマルテンサイト相変態が生じることを明らかにしました。
研究の背景
高強度のレーザー技術の最近の進歩により、固体の物理的特性を制御する様々な方法が提案されてきました。最近では波長変換技術により、高強度の光で格子振動を効率的に駆動することができます。 この結果、結晶内で原子の再配列を引き起こし、高温超伝導体の臨界温度を高めるなど、材料の機能を変化させることが可能です。この手法の新しい応用として、特定の結晶構造の変化を伴う現象であるマルテンサイト変態の可能性を考えました。マルテンサイト変態は形状記憶合金などで広く利用されている現象で、格子のせん断変形が重要な現象です。これに類似した運動を周波数の低いTHz波によって効率的に駆動できればテラヘルツ光でマルテンサイト変態を引き起こせると考えました。
この実証実験では、部分安定化ジルコニアに注目しました。部分安定化ジルコニアは強靭性を持つファインセラミックスで、様々な用途で広く使われています。図1に示すように、室温では主に準安定な正方晶相を構成していますが、機械的な歪みで単位格子の基底面に平行に9°のせん断歪みをもたらす単斜晶に相変態します。この物質に亀裂などが入ると、亀裂周辺の歪みで相変態に伴う体積膨張によって、亀裂の伝播を回避します。つまり、亀裂先端の応力集中を緩和する応力誘起相変態強化機構がセラミックスの強靭性をもたらします。このことから、本来は機械的な歪みでのみ誘起できる相変態を光で実現できると考えました。
研究の内容
本実証実験では、大阪大学産業科学研究所附属量子ビーム科学研究施設のL-バンドライナックをベースとしたテラヘルツ自由電子レーザーを使用し、市販の部分安定化ジルコニアプレートに照射しました。図2aは4 THz (波長75μm) のテラヘルツパルスを照射した際の照射痕を示します。これは照射スポットの中心の高さが上昇し、表面近傍が破砕している様子が見られます。この照射痕の構造解析を行った結果、明確な正方晶から単斜晶へのマルテンサイト変態が生じていることが判明しました。我々は別の周波数の高強度電磁波を照射し、このような特異な破砕を生じないことを確認しています。紫外光パルス照射(波長0.266μm 図2b)、近赤外フェムト秒パルス照射(波長1.03μm 図2c)では、電子励起に伴う酸素脱離による黒色化が見られています。一方で中赤外パルス照射(波長10.6μm 図2d)、および10 THzパルス照射(波長30μm 図2e)では急速な加熱の後の急冷によるクラックが数多く見られます。しかし、これらのレーザーを使用した照射痕には明確な相変態が見られていません。これらの結果から、4 THz の高強度のテラヘルツ光を照射するとマルテンサイト変態を高効率かつ照射領域全体で誘起させたため、破壊的な膨張が生じたと結論づけました。
我々はこの結果を解釈するために、テラヘルツ照射で駆動しうる格子振動を計算しました。この物質には直接的にTHz光で駆動される4 THzの格子振動がありますが、これはマルテンサイト変態とは関係ありません。しかし、剪断歪みを引き起こし得る格子振動が2 THzの周波数にあり、4 THzの格子振動から高効率で変換しうることを確認しました。これにより、特定の周波数のテラヘルツ光が結晶の大部分で効率的にマルテンサイト変態を引き起こし、破壊的な体積膨張をもたらす要因であることを結論づけました。
図2. 異なる周波数のレーザーを照射した際の部分安定化ジルコニア表面の照射痕。 (a) 4THzのテラヘルツ光による照射痕。照射跡の構造解析を行うと単斜晶に相変態していた。 (b) 紫外光、(c) 近赤外超短パルス光、(d) 中赤外光、および (e) 10 THz パルスの照射痕。照射痕を構造解析すると、それぞれの場合で正方晶の結晶構造のままであった。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究では、セラミックスの強靭性にとって重要な応力誘起相変態をテラヘルツ波によって容易に引き起こせることを示しています。すなわち、セラミックスの応力誘起相変態強化機構は特定の周波数のテラヘルツ波に対して逆に脆弱性となることを示しています。テラヘルツ電磁波はもともとは非破壊検査、セキュリティ、医療応用、製品の品質管理などの分野で利用されており、最近ではBeyond 5G通信のキャリア周波数としての開発も進んでいます。本研究の結果は、これらの応用に加えて、高強度のテラヘルツ電磁波が物質の性質を劇的に変化させる新たなツールとしての可能性を示しています。また、テラヘルツ波の照射痕を調べることで機能性材料の強靭性のメカニズムを解明できることから、この知見をもとに新しい強靭性物質の開発を加速させることが期待されます。
特記事項
本成果は大阪大学大学院基礎工学研究科の永井正也准教授、東谷悠平氏(研究開始時は修士課程)、芦田昌明教授、同情報科学研究科の新岡宏彦特任准教授(常勤)、同産業科学研究所の服部梓准教授、田中秀和教授、磯山悟朗名誉教授、同工学研究科の尾崎典雅准教授(レーザー科学研究所兼任)、兵庫県立大学大学院理学研究科の草部浩一教授(大阪大学基礎工学研究科兼任)らによって行われ、本研究成果は、2023年4月29日にSpringer Nature社が発行するオープンアクセスジャーナル「Communications Physics」(オンライン)に公開されました。
タイトル:“Terahertz-induced martensitic transformation in partially stabilized zirconia”
著者名: Masaya Nagai, Yuhei Higashitani, Masaaki Ashida, Koichi Kusakabe, Hirohiko Niioka, Azusa N. Hattori, Hidekazu Tanaka, Goro Isoyama, & Norimasa Ozaki
本研究は文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム「光量子科学によるものづくり CPS 化拠点」 (JPMXS0118067246) 「先端ビームによる微差構造形成のためのオペランド計測」(JPMXS0118070187)の助成を受けて行われました。また大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点(Nos. S-20-OS-006, F-20-OS-0008 現大阪大学マテリアル先端リサーチインフラ設備供用拠点)、物質デバイス領域共同研究拠点、および日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(Grant No. JP18K03456, JP19H00862, JP21H01015)の支援、助成を受けて行われました。
参考URL
大阪大学大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 未来物質領域 芦田研究室
https://laser.mp.es.osaka-u.ac.jp/
永井正也准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/8ff2456381ad5887.html
SDGsの目標
用語説明
- マルテンサイト変態
マルテンサイト(Fe-C系合金)において結晶格子中の各原子が拡散を伴わずに協働的に移動することで新しい結晶構造となる現象で、瞬間的な冷却や外部の力が加わることで誘発されます。この現象は他の合金や部分安定化ジルコニアなどのセラミックスにおいても物理的特性に大きな影響を与え、強度や硬度の向上、さらには形状記憶効果を引き起こします。これらのマルテンサイト変態が見られる物質は、高性能材料の開発や設計に重要な役割を果たします。
- THz波
テラヘルツ波。遠赤外線領域に位置する、30μmから1 mmの波長範囲の電磁波を指します。光と電波の中間の周波数領域にあるため発生や検出が容易ではないのです、非破壊検査、セキュリティ、医療応用、製品の品質管理等の応用に向けた技術開発がされています。また最近ではBeyond 5G通信のキャリア周波数としてテラヘルツ波発生技術が急速に進められています。
- 部分安定化ジルコニア
ジルコニア(酸化ジルコニウム, ZrO2)は室温で単斜晶の結晶構造を持ちますが、高温で正方晶や立方晶への体積変化を伴う構造変化をします。しかし添加物をまぜることで、室温下でその結晶構造を安定化させられます。例えば酸化イットリウムを8モル%程度添加すると立方晶に安定化しますが(安定化ジルコニア)、3モル%程度を添加すると大部分は正方晶の結晶構造で安定化します。部分安定化ジルコニアは、応力で単斜晶への相変態をしますが、これが誘起相変態強化機構として働き高い耐摩耗性と強靭性をもたらします。さらには耐熱性と低い熱伝導性を持つことから、機械部品、航空宇宙部品、歯科用インプラントなどの幅広い分野で使用されています。
- 応力誘起相変態強化機構
金属や合金、陶磁性材料などに外部から加えられた応力で材料の結晶構造を変化させることで、強度や硬度を向上させる現象です。