疾患ゲノム情報と組織特異的マイクロRNA発現情報の統合により、関節リウマチのバイオマーカーを同定
研究成果のポイント
・疾患ゲノム情報と組織特異的マイクロRNA 発現情報を統合するインシリコ・スクリーニング 手法を開発
・マイクロRNAが組織特異的発現を介して数多くの疾患の発症に関与していることを解明し、関節リウマチ の発症に関わる複数のマイクロRNAをバイオマーカーとして同定
・マイクロRNAと疾患病態の機能解析の加速と、マイクロRNAのバイオマーカーや核酸創薬におけるスクリーニングに貢献すると期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科の岡田随象教授(遺伝統計学)らの研究グループは、大規模ゲノムワイド関連解析 手法と、FANTOM5コンソーシアムが構築したマイクロRNA組織特異的発現カタログデータを統合するインシリコ・スクリーニング手法を開発し、マイクロRNAが組織特異的に作用することで数多くのヒト疾患の発症に関与していることを明らかにしました。また、自己免疫疾患の一つである関節リウマチを対象に、患者由来サンプルでの実証実験を行い、関節リウマチの発症に関わる複数のマイクロRNA(hsa-miR-93-5p, hsa-miR-106b-5p, hsa-miR-301b-3p, hsamiR-762)をバイオマーカーとして同定することに成功しました。
これまでの研究で、マイクロRNAが数多くの疾患に関与していることが示唆されてきました。しかし、疾患ゲノム情報を活用して網羅的にマイクロRNAの関与を示すことは困難でした。岡田教授らの研究グループは以前、ゲノムワイド関連解析結果と、マイクロRNAネットワークをスーパーコンピューター上で統合するデータ解析手法を発表していました。
今回この手法を発展させ、さらに細胞組織特異的マイクロRNA発現情報と統合的解析を行う、インシリコ・スクリーニング手法MIGWASの開発に成功しました (図1) 。MIGWASの開発により、マイクロRNAが生体内のどの組織で機能して、どの疾患の発症に関与しているかを明らかにしました。本研究成果により、マイクロRNAと疾患病態の機能解析の加速と、マイクロRNAのバイオマーカーや核酸創薬におけるスクリーニングに貢献することが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nucleic Acids Research」に、11月8日(木)9時5分(日本時間)に公開されました。
図1 ゲノムワイド関連解析と組織特異的マイクロRNA発現情報を統合するインシリコ・スクリーニング手法MIGWASの概要
研究の背景
ノンコーディングRNA の一種であるマイクロRNA(miRNA)は、コーディングRNA であるメッセンジャーRNA(mRNA)と結合することで特定の標的遺伝子の転写産物の翻訳を調節します。近年、自己免疫疾患や悪性腫瘍など多くのヒト疾患においてマイクロRNAの関与が注目され、バイオマーカーや創薬対象としての研究が進展してきました。マイクロRNAの遺伝情報も私達のDNAの一部に組み込まれており、ゲノムワイド関連解析の実施により遺伝子と疾患の関連が次々に明らかになってきたことと同様、マイクロRNAのゲノム情報から疾患への関与も推定できることが期待されます。しかしながら、ヒトゲノム配列上でマイクロRNAをコードする領域が非常に短いことや、周囲に多数の遺伝子が存在する複雑なゲノム構造などから、疾患ゲノム情報を活用して網羅的にマイクロRNAの関与を示すことはこれまで困難でした。さらに、世界に先駆けてマイクロRNAのヒト細胞での発現情報をカタログ化した理化学研究所(予防医療・診断技術開発プログラム、生命医科学研究センター)のFANTOM5コンソーシアムの研究結果からは、マイクロRNAの発現量が組織に依存して著しく異なり、非常に組織特異的に機能することが判明していました。組織特異的なmRNA発現情報やエピゲノム情報と、ゲノムワイド関連解析の結果の統合解析により多因子疾患の病態がこの数年で次々に明らかになってきた現状を考えると、マイクロRNAによる組織特異的な疾患発症機序の解明が求められていました。
本研究の成果
研究グループではこれまでに、ゲノムワイド関連解析の結果とマイクロRNA-標的遺伝子ネットワークをスーパーコンピューター上で統合する、データ解析手法を開発していました(Okada Y et al. Sci Rep 2016)。今回、解析対象を50万人49疾患の大規模ゲノムワイド関連解析へと広げ、さらに理化学研究所(予防医療・診断技術開発プログラム、生命医科学研究センター)が主導するFANTOM5グループが構築した179のヒト細胞における網羅的マイクロRNA発現情報を組み入れる網羅的なマイクロRNAのインシリコ・スクリーニング手法MIGWAS(miRNA enrichment in GWAS)の開発に成功しました。MIGWASの開発により、疾患の発症に関与するマイクロRNAの同定に加え、どの組織でどのマイクロRNAが働いているかが明らかになりました。例えば、バセドウ病、全身性エリテマトーデス、クローン病等の自己免疫疾患の発症に関与するマイクロRNAは免疫細胞で多く機能しており、心筋梗塞などの冠動脈疾患やLDLコレステロールに関与するマイクロRNAは脂肪細胞で多く機能していることが示されました。
臨床サンプルを用いた実証実験として、関節リウマチ患者30名と健常者33名から得られた末梢血単核細胞からマイクロRNAを抽出し、次世代シークエンサーを用いてマイクロRNAの発現量を網羅的に検討するmiRNA-seq解析を実施しました。MIGWASの関節リウマチのゲノムワイド関連解析への適用によるインシリコ・スクリーニング結果と、miRNA-seq解析結果を統合することで、関節リウマチの発症に関わる複数のマイクロRNA(hsa-miR-93-5p, hsamiR-106b-5p, hsa-miR-301b-3p, hsa-miR-762)の同定に成功しました。特に、同定したマイクロRNAの一つであるhsa-miR-762は、免疫細胞で特異的に発現し、かつ関節リウマチ患者群において健常者群と比較して高い発現量を示したことから、関節リウマチの発症を予測するバイオマーカーとしての臨床応用が期待されます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、マイクロRNAの生体内の各組織での機能や、その異常により疾患が引き起こされる機序の解明が加速することが期待されます。脂質異常症といった一部の疾患では、すでにマイクロRNAを用いた核酸製剤による治療が臨床応用されています。さらに多くの疾患でマイクロRNAによる診断や創薬を行う試みに対しても、MIGWASを用いたインシリコ・スクリーニングの活用がバイオマーカーや創薬標的の同定に貢献することが期待されます。
特記事項
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患等実用化研究事業(免疫アレルギー疾患実用化研究分野)「疾患ゲノム情報を活用した自己免疫疾患における核酸ゲノム創薬の推進」の一環として行われ、理化学研究所(予防医療・診断技術開発プログラム、生命医科学研究センター)が主導するFANTOM5コンソーシアム、大阪大学大学院医学系研究科熊ノ郷淳教授(呼吸器・免疫内科学)、大阪大学先導的学際研究機構生命医科学融合フロンティア研究部門、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。
掲載論文
本研究成果は、2018年11月8日(木)9時5分(日本時間)に英国科学誌「Nucleic Acids Research」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “Integration of genetics and miRNA-target gene network identified disease biology implicated in tissue specificity.”
【著者名】 Saori Sakaue 1-3 , Jun Hirata 1,4 , Yuichi Maeda 5-7 , Eiryo Kawakami 8,9 , Takuro Nii 5-7 , Toshihiro Kishikawa 1,10 , Kazuyoshi Ishigaki 2 , Chikashi Terao 2,11-13 , Ken Suzuki 1,2 , Masato Akiyama 2,14 , Naomasa Suita 1,15 , Tatsuo Masuda 1,16 , Kotaro Ogawa 1,17 , Kenichi Yamamoto 1,18 , Yukihiko Saeki 19 , Masato Matsushita 20,21 , Maiko Yoshimura 21 , Hidetoshi Matsuoka 21 , Katsunori Ikari 22,23 , Atsuo Taniguchi 22 , Hisashi Yamanaka 22 , Hideya Kawaji 24-27 Timo Lassmann 24,25,28 , Masayoshi Itoh 24-26 , Hiroyuki Yoshitomi 29,30 , Hiromu Ito 30 , Koichiro Ohmura 13 , Alistair Forrest 24,25,31 , Yoshihide Hayashizaki 25,26 , Piero Carninci 24,25,32 , Atsushi Kumanogoh 5 , Yoichiro Kamatani 2,33 , Michiel de Hoon 24,25,34 , Kazuhiko Yamamoto 35 , and Yukinori Okada 1,2,36,* . (* 責任著者)
【所属】
1 Department of Statistical Genetics, Osaka University Graduate School of Medicine.
2 Laboratory for Statistical Analysis, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences.
3 Department of Allergy and Rheumatology, Graduate School of Medicine, the University of Tokyo
4 Pharmaceutical Discovery Research Laboratories, TEIJIN PHARMA LIMITED
5 Department of Respiratory Medicine and Clinical Immunology, Osaka University Graduate School of Medicine,WPI Immunology Frontier Research Center, Osaka University
6 Laboratory of Immune Regulation, Department of Microbiology and Immunology, Graduate School of Medicine,WPI Immunology Frontier Research Center, Osaka University
7 Japan Agency for Medical Research and Development-Core Research for Evolutional Science and Technology
8 Healthcare and Medical Data Driven AI based Predictive Reasoning Development Unit, Medical SciencesInnovation Hub Program (MIH), RIKEN
9 Laboratory for Developmental Genetics, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences
10 Department of Otorhinolaryngology - Head and Neck Surgery, Osaka University Graduate School of Medicine
11 Clinical Research Center, Shizuoka General Hospital
12 The School of Pharmaceutical Sciences, University of Shizuoka
13 Department of Rheumatology and Clinical Immunology, Graduate School of Medicine, Kyoto University
14 Department of Ophthalmology, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University, Fukuoka
15 Discovery Technology Research Laboratories, Tsukuba Research Institute, Ono Pharmaceutical CO., LTD.
16 Department of Obstetrics and Gynecology, Osaka University Graduate School of Medicine
17 Department of Neurology, Osaka University Graduate School of Medicine
18 Department of Pediatrics, Osaka University Graduate School of Medicine
19 Department of Clinical Research, NHO (National Hospital Organization) Osaka Minami Medical Center, Japan.
20 Department of Rheumatology and Allergology, Saiseikai Senri Hospital
21 Department of Rheumatology and Allergology, (National Hospital Organization) Osaka Minami Medical Center
22 Institute of Rheumatology, Tokyo Women’s Medical University
23 Core Research for Evolutional Science and Technology (CREST), Japan Science and Technology Agency (JST)
24 Division of Genomic Technologies, RIKEN Center for Life Science Technologies
25 RIKEN Omics Science Center (OSC)
26 RIKEN Preventive Medicine and Diagnosis Innovation Program (PMI)
27 Preventive Medicine and Applied Genomics Unit, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences
28 Telethon Kids Institute, the University of Western Australia
29 Laboratory of Tissue Regeneration, Department of Regeneration Science and Engineering, Institute for FrontierLife and Medical Sciences, Kyoto University
30 Department of Orthopaedic Surgery, Graduate School of Medicine, Kyoto University
31 Harry Perkins Institute of Medical Research, QEII Medical Centre and Centre for Medical Research, theUniversity of Western Australia
32 Laboratory for Transcriptome Technology, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences
33 Kyoto-McGill International Collaborative School in Genomic Medicine, Kyoto University Graduate School ofMedicine
34 Laboratory for Applied Computational Genomics, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences
35 Laboratory for Autoimmune Diseases, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences
36 Laboratory of Statistical Immunology, Immunology Frontier Research Center (WPI-IFReC), Osaka University
【研究者のコメント】<岡田随象教授>
ゲノムワイド関連解析に代表されるヒト疾患ゲノム情報と、マイクロRNAに代表されるゲノミクス情報の分野横断的な統合は、大規模ゲノム・エピゲノム情報の適切な解釈と社会実装に不可欠と考えられています。本研究は、これまで疾患ゲノム解析研究を主導してきた岡田教授らのチームと世界に先駆けて網羅的ゲノミクスデータを構築してきた理化学研究所(予防医療・診断技術開発プログラム、生命医科学研究センター)FANTOM5コンソーシアムが共同研究を行うことにより達成することができました。すべての共同研究者の方に感謝を申し上げます。
参考URL
大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
http://www.sg.med.osaka-u.ac.jp/index.html
用語説明
- マイクロRNA
ノンコーディングRNAの一種。配列長が20−25塩基と短く、特定の標的遺伝子の発現の調節に関与する。マイクロRNAは、自身の末端の配列と部分相補的な配列をもつ標的遺伝子のmRNAと結合することで、その遺伝子の翻訳の阻害を行う機能をもつ。
- インシリコ・スクリーニング
コンピューター上のアルゴリズムやプログラムを用いてデータ解析をすることで創薬対象物質などのスクリーニングを行うこと。インビボ(生体内)やインビトロ(試験管内)に対し、コンピューター(シリコンチップ上)で解析を行うことから名付けられた。
- 関節リウマチ
自己免疫疾患(病原体を体内から排除するために機能している免疫システムが、自分の体を攻撃することで発症する病気)の一つで、関節の炎症と破壊を生じる疾患。国内に約70~80万人の患者がいると推定されている。
- ゲノムワイド関連解析
ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study; GWAS)
ヒトゲノム配列上に存在する数百万カ所の遺伝子変異とヒト疾患との発症の関係を網羅的に検討する、遺伝統計解析手法。数千人~百万人を対象に大規模に実施されることで、これまで1000を超えるヒト疾患に対する遺伝子変異が数多く同定されている。
- ノンコーディングRNA
転写後、タンパク質へ翻訳されずに機能するRNAの総称。その大きさにより、small RNAと長鎖ノンコーディングRNAに大別される。
- コーディングRNA
転写後、タンパク質へ翻訳されるRNAの総称。
- miRNA-seq解析
次世代シークエンサーを用いて、マイクロRNAの発現量を定量化する測定方法。マイクロアレイ技術を用いた従来の測定方法と比較して、より多くのマイクロRNAの発現量を、より正確に定量化することが可能となる。