脳内の交通渋滞がパーキンソン病を誘発する

脳内の交通渋滞がパーキンソン病を誘発する

悪玉タンパク蓄積から神経細胞死に至るメカニズムが明らかに

2018-1-17

発表のポイント

DNAJC13遺伝子 の変異が原因となる遺伝性パーキンソン病 の発症メカニズムを明らかにした。
・異常DNAJC13は細胞内の輸送システムを渋滞させ、αシヌクレイン とよばれる悪玉タンパク蓄積を引き起こす。
・αシヌクレインの蓄積が、脳内のドーパミン神経細胞の変性・脱落と共に運動機能低下をもたらすことをショウジョウバエモデルにより証明した。

研究概要

東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野の長谷川隆文(はせがわたかふみ)准教授、青木正志(あおきまさし)教授らの研究グループは、大阪大学大学院医学系研究科神経難病認知症探索治療学寄附講座の永井義隆(ながいよしたか)寄附講座教授との共同研究により、DNAJC13遺伝子の変異が原因となる遺伝性パーキンソン病の発症メカニズムを明らかにしました。

遺伝性のパーキンソン病では脳内に有毒な悪玉タンパク蓄積が生じ、神経細胞が徐々に死んでいくと考えられています。本研究では、遺伝子変異により生じた異常DNAJC13が細胞内輸送システムの渋滞をまねき、神経細胞への悪玉タンパク蓄積とドーパミン神経細胞死を引き起こすことを明らかにしました (図1) 。これらの新知見は、パーキンソン病発症メカニズムの理解に大きく貢献すると同時に、今後の進行抑制治療薬開発に重要なヒントを与えることが期待されます。

本研究成果は、2018年1月3日に英国科学誌Human Molecular Genetics(電子版)に掲載されました。本研究は、日本医療研究開発機構難治性疾患実用化研究事業「脳科学研究戦略推進プログラム(融合脳)レビー小体病の早期診断技術と根本治療薬の開発」・「プリオノイド蛋白質の凝集・伝播を標的とした神経コンフォメーション病の治療法開発」、日本学術振興会科学研究費助成事業新学術領域研究「脳タンパク質老化と認知症制御」、および科学研究費助成事業基盤Cの支援を受けて行われました。

研究内容

パーキンソン病は、手足の震え(振戦)、動作緩慢、筋肉の硬直、姿勢保持障害を主な運動症状とする頻度の高い神経難病です。パーキンソン病は脳内にαシヌクレインとよばれる悪玉タンパクが蓄積し、神経伝達物質であるドーパミンを分泌する神経細胞が徐々に弱り、死滅することで引き起こされると考えられています。ドーパミンは身体を円滑に動かすために必要な物質ですが、パーキンソン病ではドーパミンの欠乏により運動・精神活動を司る脳の領域の働きが悪くなり、身体がスムーズに動かなくなるとともに、うつや意欲低下が生じます。近年、パーキンソン病発症の原因・リスクとなる遺伝子が相次いで発見されており、2013年にDNAJC13遺伝子の変異による遺伝性パーキンソン病が報告されました。DNAJC13遺伝子に異常を持つ家系の症例では、脳内にαシヌクレインの蓄積を伴うドーパミン神経の脱落が確認されています。

私たちの体の細胞には物質の流通システムが存在し、様々な物質を細胞内外でやり取りしたり、物質の分泌や分解を制御したりしています。DNAJC13は細胞内の物流システムに関係するタンパク質で、物質の集荷場となる初期エンドソーム上 に存在します。今回の研究では細胞内物流システムに着目し、遺伝子変異により生じた異常DNAJC13がαシヌクレイン(悪玉タンパク)の輸送や神経細胞機能に与える影響を、培養細胞やショウジョウバエモデルを用い解析しました。その結果、以下の事実を明らかにしました。

1. 細胞内で産生あるいは細胞外から取り込まれたαシヌクレインは、いったん細胞内輸送により集荷場である初期エンドソームに集められます。その後は、後期エンドソーム へ運ばれて分解されるか、リサイクルエンドソーム により細胞外に分泌されます。

2. 異常DNAJC13があると、αシヌクレインが初期エンドソームに留まったまま次の目的地に到達できず、細胞内に蓄積してしまうことが分かりました。その原因として、初期エンドソーム上で足場を提供するアクチン の形成が著しく障害されていることを明らかにしました (図2) 。

3. さらに、異常DNAJC13が神経細胞機能にもたらす影響について、ショウジョウバエモデルを用いた検証実験を行いました。その結果、異常DNAJC13を持つハエにヒトαシヌクレインを過剰に作らせると、ハエ脳内に不溶性のαシヌクレインが蓄積するとともに、複眼の形態異常、脳内ドーパミン神経脱落および運動機能が顕著に悪化することを明らかにしました (図3) 。

本研究はDNAJC13異常に起因したパーキンソン病発症の分子メカニズムを明らかとした世界初の報告になります。今回得られた新知見は、パーキンソン病発症メカニズムの理解に大いに役立つとともに、脳内の交通渋滞解消による悪玉タンパク蓄積阻止など、新たなパーキンソン病の進行抑制治療開発の一助となる可能性があります。

論文題目

Title: Parkinson’s disease-linked DNAJC13 mutation aggravates alpha-synuclein-induced neurotoxicity through perturbation of endosomal trafficking

タイトル:「パーキンソン病関連変異型DNAJC13は細胞内輸送の障害を介してαシヌクレイン毒性を悪化させる」

Authors: Yoshida S, Hasegawa T * , Suzuki M, Sugeno N, Kobayashi J, Ueyama M, Fukuda M, Ido-Fujibayashi A, Sekiguchi K, Ezura M, Kikuchi A, Baba T, Takeda A, Mochizuki H, Nagai Y and Aoki M. ( * corresponding author)

掲載誌: Human Molecular Genetics

参考資料

図1 DNAJC13遺伝子の異常による神経細胞死誘導の概念図
正常DNAJC13は初期エンドソームから後期エンドソーム・リサイクルエンドソームへの輸送を制御している(左)。一方、遺伝子変異により生じた異常DNAJC13は初期エンドソーム上でアクチンの足場を上手く作れないため、初期エンドソームから次の目的地への輸送が滞ってしまう(右)。結果として、αシヌクレイン(悪玉タンパク)が細胞内に過剰に蓄積し、神経細胞死が誘導される。

図2 異常DNAJC13はアクチン重合形成を阻害し、エンドソーム内へのαシヌクレイン蓄積をもたらす。
A:正常DNAJC13発現部位にはアクチン形成を認めた(白矢頭)。一方、異常DNAJC13発現部位にはアクチン形成がみられなかった。B:異常DNAJC13発現細胞では、エンドソーム内のαシヌクレイン増加がみられた(白矢印)。

図3 異常DNAJC13はαシヌクレインによる神経毒性を増悪させる
A:ショウジョウバエの複眼に正常DNAJC13とヒトαシヌクレインを同時に発現させると、複眼変性は極めて軽度であった。一方、異常DNAJC13とαシヌクレインを発現させると、複眼所見の著明な悪化がみられた(赤枠)。B:異常DNAJC13とαシヌクレインを同時に発現させると、対照と比べハエ脳内ドーパミン神経数が有意に減少していた。

参考URL

大阪大学大学院医学系研究科 神経難病認知症探索治療学寄附講座
http://www2.med.osaka-u.ac.jp/neurother/

用語説明

DNAJC13遺伝子

常染色体優性遺伝形式を呈する遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子として、2013年カナダのブリティッシュコロンビア大学のグループから報告された。DNAJC13遺伝子産物であるDNAJC13タンパクは、初期エンドソーム膜上に存在し、エンドソームにおけるタンパク輸送に関与していると推定されている。

パーキンソン病

65歳以上人口の1%が罹患する頻度の高い神経難病。5-10%の患者は遺伝性に発症する。中脳のドーパミン神経が徐々に死滅することで、手足のふるえやこわばり、歩行障害などの運動障害を呈するとともに、認知症やうつ、自律神経機能の低下を生じる。不足しているドーパミンを補う対症療法が治療の主体であり、進行抑制療法は未だ確立されていない。

αシヌクレイン

神経細胞に豊富に存在する機能不明のタンパク質。パーキンソン病患者の脳あるいは末梢神経内には、凝集したαシヌクレインが蓄積し、発見者の名にちなんでレビー小体とよばれる。凝集したαシヌクレインには細胞毒性がある。

初期エンドソーム

細胞内へ取り込まれたタンパクが最初に集められる集荷場に相当する器官。初期エンドソームの内容物は分解されるものとリサイクルされるものに選別され、それぞれの目的地へと輸送される。

後期エンドソーム

初期エンドソームは成熟により内腔が酸性化し、後期エンドソームとなる。後期エンドソームは消化酵素を含むリソソームと癒合し、内容物が分解される。

リサイクルエンドソーム

細胞内に取り込まれたタンパクを、再び細胞表面へ回送しリサイクルする細胞内器官。

アクチン

細胞膜や細胞内器官の形を保持し、変化させる細胞骨格を形成するタンパク。初期エンドソームの内容物がリサイクル・後期エンドソームに輸送される際には、エンドソーム膜上でアクチンによる足場形成が必要となる。