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細胞を生きたまま長時間・高解像で観察できる! AI超音波顕微鏡を開発

細胞を生きたまま長時間・高解像で観察できる! AI超音波顕微鏡を開発

生命科学の理解の深化や治療薬開発への貢献に期待

2025-4-10工学系
工学研究科教授荻 博次

研究成果のポイント

  • 生きた細胞を長時間高解像度で観察するAI超音波顕微鏡を開発。生きた細胞にダメージを与えることなく、光学顕微鏡に匹敵する解像度での長時間の観察が可能に。
  • 光学顕微鏡は、その侵襲性から生きた細胞に対する長時間(>24時間)の連続観察は困難で、侵襲性の低い超音波は、その波長の長さから高解像の画像を得ることが困難だった。
  • あえて波長の長い(解像度の悪い)超音波画像を組み込んでAIに学習させることで、高解像化を達成。高解像化にはできるだけ波長の短い音を使用すべきという常識を覆す結果に。
  • 様々な薬剤効果の評価や診断への応用に期待

概要

大阪大学大学院工学研究科の藤原夏実さん(博士後期課程)、宇野みどりさん(博士前期課程)、荻博次教授らの研究グループは、生きた細胞を長時間高解像度で観察するAI超音波顕微鏡を開発することに成功しました。細胞の観察には通常、光学顕微鏡が用いられますが、光照射により細胞がダメージを受けるため、生きた細胞を長時間観察することは困難です。細胞の機能獲得や運命決定を深く理解するには、24時間以上、細胞を高解像度に連続的に観察する必要がありますが、これまでこういった観察を行うことはできませんでした。一方、周波数の高い音である超音波は、生体への影響が小さいものの、光よりも波長が長いため高解像の画像化が困難でした。

今回、研究グループは超音波画像に適した独自のAIを構築し、たくさんの細胞の画像を学習させることで、解像度の低い超音波画像から光学顕微鏡に匹敵する解像度の画像を生成することに成功しました。この手法によって、24時間を超える長時間にわたって生きた細胞の高解像動画を撮影することにも成功しました。高解像化のポイントとなったのは、あえて波長の長い超音波により作成した画像を学習に組み込んだことです。この逆転の発想が、これまで為し得なかった高解像画像の生成を可能にしました。

この手法は、細胞だけでなく、微細構造を有する多くの構造体の高解像化に適用することが可能です。

本研究成果は、2025年4月15日(火)午後11時~翌4月16日(水)午前5時の間(日本時間)に米国科学誌「Physical Review X」(オンライン)に掲載されました。

研究の背景

細胞の高解像観察は、生命科学の進歩において欠かすことができません。また、創薬や診断においても重要となります。通常は光学顕微鏡が用いられますが、光を絞って細胞に照射することにより細胞がダメージを受けるため(このことを光侵襲といいます)、生きた細胞を長時間観察することは困難です。様々な薬剤刺激や力学刺激を受けて細胞がどのように形態変化を起こし分化していくのかなどを知るためには、数十時間という時間単位で細胞を高解像度に連続的に観察する必要がありますが、これまでこういった観察を行うことはできませんでした。

一方、振動数が高い「音」である超音波は、生体への侵襲性が低い(=ダメージを与えにくい)ことが知られています。例えば、妊婦さんのお腹の中の赤ちゃんに対して超音波を照射して、その様子を映像化することができますが、これも赤ちゃんに影響を与えない超音波の侵襲性の低さのおかげです。細胞に対しても超音波の侵襲性は低く、長時間の超音波の照射が可能です。

しかし、超音波の波長は光の波長に比べるとかなり長く、細胞のような小さな物質の画像化には不向きです。音や光のような「波」を用いた計測においては、波長は物差しの最小目盛に相当します。波長が短いほど目盛が細かいので、より小さなものが測れることになります。つまり画像化においては、より高解像になります。お腹の中の赤ちゃんを画像化するときに使用される超音波の波長は500 μm程度です。十分小さいように感じられるかもしれませんが、細胞のサイズは20 μm程度なので、物差しの最小目盛が測りたいもの(細胞)の25倍もあることになり、これではとても細胞の構造を映像化することはできません。超音波の波長を短くすることは技術的には可能ですが、波長の短い超音波は水中ではすぐに減衰して消えるので、短くても5μm程度の波長が実質的に限界です。それでもまだ光の波長(緑色で0.5 μm程度)よりも10倍も長いため、超音波によって細胞の高解像画像を生み出すことは非常に困難でした。

研究の内容

研究グループは、同一の細胞に対して超音波画像と光学顕微鏡画像を取得し、これを1セットとして、10万を超える大量の画像のセットを準備して、両者の関係を独自に構築したAIに学習させました。そして、超音波画像から光学顕微鏡画像に匹敵する高解像画像を生成することに成功しました。この際、高解像画像を生成するために、超音波を用いた細胞の画像化において、「独自の工夫」を施しました。

超音波を用いた画像化には、様々な方法がありますが、私たちは、超音波の減衰による画像化を用いました。これは、超音波が物質を通過する際に強度が低下することを利用した画像化法です。物質には音を吸収する性質があり、その吸収度合いは物質によって異なります。超音波は音であるため、細胞を横切るときに、どの程度弱まるかという指標を用いると、細胞の内部構造を画像化することができます。図1に示すとおり、超音波を細く絞って細胞に照射し、細胞を通過して戻ってきたときに、どの程度超音波の強度が低下しているかを計測します。そして、超音波ビームを面内でスキャンすれば、細胞の構造を「音響的に」可視化することができるのです。

超音波ビームを細く絞るためには、音響レンズ(図2)が用いられます。超音波も波ですので、光と同じように、媒質の屈折率の違いを利用して、1箇所(焦点)に絞ることができます。光の場合には対物レンズを使用しますが、これに相当するのが音響レンズです。しかし、音響レンズを用いて超音波ビームを絞ったとしても、波長程度のサイズが限界であり、波長の短い光学顕微鏡の画像と比べるとかなりぼけた画像になってしまいます。そのため、上述のようなAIを用いた画像生成においても、入力する超音波の元画像はできるだけ波長の短い超音波を使用し、できるだけ解像度を上げておくべき、と通常は考えます

さて、ここで上述した「独自の工夫」について説明します。私たちは、様々な波長を有する(つまり、様々な音色を有する)超音波を重ね合わせて音響レンズに入力し、細胞に照射しました。図3は、このことをピアノに例えて説明しています。つまり、1つの鍵盤を叩いて1つの音を鳴り響かせるのではなく、すべての鍵盤を同時に叩いて和音として集め、細胞に照射するようなことを行います。そして、細胞から戻ってきた様々な音色の超音波のうち、3つの音だけを取り出して(例えば「レ」と「ファ」と「ラ」の音だけを聞き取って)、これらの音を用いて3枚の画像を作ります。そして、それらの画像を重ね合わせて、赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)のRGBカラー画像とし、これをAIに学習させました。このとき、あえて長い波長の音を3つのうちの1つに選択し、このぼけた画像を1つの色(例えば赤)にしてRGB画像としました。この波長の長い超音波のぼけた画像を組み込むことで、生成画像の解像度を飛躍的に上げることができることを発見しました。これは従来の「できるだけ入力画像の解像度を上げておくべき」という常識を覆す結果です。

実は、物質が音を吸収するときに、特定の波長の音を極端に大きく吸収することがあります。研究チームは、細胞内の核が、波長が15 μm周辺の音をよく吸収することを本研究で発見しました。これは核がこの波長の音でよく鳴り響く(共鳴する)からであり、この波長の音が核に閉じこめられて戻ってこないためです。このように、物質内部には様々な構造体があり、それらがよく吸収する音の画像を(たとえ波長が長くても)積極的に組み込むことで、内部構造を明確に画像化することができるのです。しかし、細胞の輪郭を正確に捉えるためには、やはり波長の短い音も必要です。そのため、波長の長い音の画像と波長の短い音の画像を融合したRGB画像が、細胞などの微細構造の高分解能生成に有効になるのです。

図4は、8 μmの波長の超音波の画像だけを用いて研究チームがAIにより生成した画像と、波長8 μm、14 μm、19 μmの3つの超音波画像からなるRGB画像から生成した画像を、それぞれ光学顕微鏡の画像と比較しています。8 μmの1波長だけの場合は、細胞全体の輪郭は比較的正確に再現していますが、内部の核が再現できていません。一方、RGBの3波長の超音波画像を用いた場合、輪郭だけでなく核等の内部構造も生成されています

私たちは、この手法を用いて、生きた細胞に対して24時間を超える長時間においてその構造の変化をモニタリングすることに成功しました。これらの動画は、下記の論文のリンク先から無料で視聴できます

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図1. 液体中の細胞の超音波による画像化。細胞内には核をはじめ様々な構造が存在する。細く絞った超音波ビームをスキャンして、細胞内の構造の音響吸収量の差異からコントラストを得る。

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図2. 音響レンズ

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図3. 様々な音色からなる超音波を重ね合わせ、音響レンズで絞って細胞に送り、細胞から戻ってきた音のうち、3つの波長の音だけを取り出して画像化する。これは、ピアノのすべての鍵盤を同時に叩いて和音をつくり、これを細胞に送り、細胞から戻ってきた特定の3つの音(例えば「レ」と「ファ」と「ラ」)だけを聞き取り、これにより3色カラー画像を作ることと似ている。

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図4. 1つの波長(8 μm)の超音波画像から生成した画像と、波長8, 14, 19 μmの3つの超音波画像からなるRGB画像から生成した画像の比較。一番右は同じ細胞を光学顕微鏡で観察した画像。長い波長の画像を組み込んだRGB画像からは、細胞内部の核などの構造も再現されている。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、生命科学の理解を深め、様々な薬剤効果の評価や診断に利用することができます。さらに、これまでの常識に反して、あえて波長の長い画像を組み込むことで、高解像化を達成させる可能性を示し、AIによるあらゆる顕微鏡画像の高解像化における重要な指針を与えることになりました。

特記事項

本研究成果は、2025年4月15日(火)午後11時~翌4月16日(水)午前5時の間(日本時間)に米国科学誌「Physical Review X」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Deep-Learning Generation of High-Resolution Images of Live Cells in Culture Using Tri-Frequency Acoustic Images”
著者名:Natsumi Fujiwara, Midori Uno, Hiroki Fukuda, Akira Nagakubo, Shao Ying Tan, Masahiro Kino-oka, and Hirotsugu Ogi
DOI: 未定
掲載URL: https://journals.aps.org/prx/accepted/8707bK2fG5a1fe0e78bc21a52fda0bd055884de76

なお、本研究は、JSPS科研費 基盤研究(S)JP24H00045の助成を受けて行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう

用語説明

音響レンズ

超音波や光は波であるため、屈折率の異なる媒質間を斜めに横切るときに、進行方向が変化します。この性質を利用して、湾曲した境界により波を1点に集めることができます。この点を焦点と呼びます。光の場合、ガラスなどを湾曲させて焦点に光を集めます。光においては、ガラスの屈折率が空気や水の屈折率よりも大きいため、虫メガネのようにレンズは膨らんだ形状をしています。ところが、音の場合、ガラスの「音の屈折率」は水の「音の屈折率」よりもかなり小さいため、ガラスから水に伝わる音を水中で集めるためには、図2のように、ガラスにお椀型の窪みを作ります。これが音響レンズです。