F1エンジンに匹敵する回転数をもつ「べん毛モーター」のMotA分子の構造を解明

F1エンジンに匹敵する回転数をもつ「べん毛モーター」のMotA分子の構造を解明

夢の技術、人工生体ナノマシンの設計に寄与

2016-8-17

本研究成果のポイント

べん毛モーターの重要蛋白質MotAを電子顕微鏡で観察し、前例のない特徴的な分子構造であることを解明
・べん毛モーターのようなナノマシンは、モーターの部品の立体構造が分かっていないことから、人工的に作ることができない
・今後、本研究成果を応用して人工的にナノマシンを設計することで、医療や機械工学などの分野への応用に期待

概要

名古屋大学大学院理学研究科(研究科長:松本邦弘)の本間道夫(ほんまみちお)教授、同グループの竹川宜宏(たけかわのりひろ)研究員(現・大阪大学研究員)、大阪大学大学院生命機能研究科の難波啓一(なんばけいいち)教授、同グループの加藤貴之(かとうたかゆき)助教、寺原直矢(てらはらなおや)特任助教らの共同研究グループは、細菌が持つ運動器官べん毛モーターを構成する蛋白質の一つ、MotA分子の立体構造を電子顕微鏡像の画像解析手法を用いることで解明しました。MotAは、モーターの働きの中核をなす蛋白質であり、これまでに前例のない特徴的な分子構造も明らかとなりました。

この知見をもとに、今後、生物特有のクリーンなエネルギー変換の仕組みが解き明かされれば、人工的にナノマシンを設計することで、医療や機械工学など様々な分野に応用できることが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」において、2016年8月17日午後6時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

細菌は、"べん毛"という繊維状の運動器官を使って水中を泳ぐことができます。べん毛の形は螺旋形をしており、回転することで推進力を生み出すスクリューとして働きます。べん毛の根本には、細胞膜と細胞壁を貫通した回転モーターがあり、"べん毛モーター"と呼ばれています。べん毛モーターは、直径がわずか45ナノメートルという極めて小さなモーターですが、F1マシンのエンジンの回転数に匹敵する20,000 rpmという超高速で回転し、またトップスピードから、瞬時に回転方向を切り替えることもできます。それでいて、ほぼ100%に近いエネルギー変換効率を持つという極めて優れたモーターです。この高性能モーターの機能は、20種類ほどの蛋白質によって達成されます。べん毛モーターの駆動部は、"回転子"と"固定子"という二つの部分から構成されます (図1A) 。べん毛モーターを動かすエネルギー源は、細菌の細胞外から細胞内に流れ込むイオン流で、イオンが固定子の中にあるチャネルを通って流れ、その力を回転子に伝えることでモーターの回転力へと変換されます。つまり、固定子は、べん毛モーターの回転においてエネルギー変換装置として働くもっとも重要な部品です。

固定子は、二種類の蛋白質MotAとMotBから作られます。MotAは、四回膜貫通型の蛋白質、MotBは一回膜貫通型の蛋白質で、4つのMotAと2つのMotBが組み合わさって1つの複合体を形成します。イオンの流入と共役して、MotAの細胞質領域が構造を変化させ、それによって回転子との相互作用を変化させることにより、回転力が生み出されると考えられていますが、その具体的な分子機構は明らかになっておらず、細胞質領域の大きさや形ですらまだよく見えていませんでした。

研究の内容

本研究では、遺伝子組み換え技術により様々な細菌に由来するMotA蛋白質を作製し、その性質を比較することで安定なMotA蛋白質の決定を行いました。その結果、超好熱性細菌Aquifex aeolicus由来のMotAは、その性質として安定かつ多量に作製できることが分かり、その精製を行いました。サイズ排除クロマトグラフィーおよび化学的架橋実験から、MotAは単独で安定な四量体を形成することが明らかとなりました。また、この四量体のMotA分子複合体の電子顕微鏡像を数千枚集めて画像解析することによりその立体構造を解明し、界面活性剤の皮膜をまとった“膜貫通領域”と、トゲ状の突起を持つアーチ状の“細胞質領域”という、二つの領域からできていることを明らかにしました (図1B) 。

図1 べん毛モーターの模式図とMotA4分子からなる複合体の立体構造
(A)べん毛モーターの模式図。多くの細菌は細胞表面から生えた繊維(べん毛)をスクリューのように回転させることで、泳ぐための推進力を生み出す。根元には回転モーター(べん毛モーター)が存在し、モーターの駆動部は回転子と固定子から構成され、固定子の中を通って細胞内に流入するイオンのエネルギーを、固定子と回転子との間の相互作用によって回転力へと変換する。
(B)本研究から明らかになったMotA複合体の立体構造。多数の電子顕微鏡像の画像解析により構造を決定した。界面活性剤の皮膜をまとった“膜貫通領域”と、トゲ状の突起を持つアーチ状の“細胞質領域”の二つの領域からなる。立体密度マップ中にリボン表示した分子モデルは、先行研究において分子動力学シミュレーションにより導き出されたMotAの膜貫通領域モデル。

本研究成果の意義

細菌の運動器官であるべん毛モーターは、細菌が自身の細胞の中で様々な蛋白質の部品を組み立てて作られる生体ナノマシンとして、医療や機械工学などの様々な分野から注目を集めています。べん毛モーターは、50ナノメートル(2万分の1ミリメートル)以下という小ささで、秒速200~1000回転以上という速さで回転します。このようなナノマシンは、現在の人類の科学力では人工的に作ることはできません。その原因の一つが、モーターの部品の立体構造が分かっていないことです。

本研究から、この生体ナノマシンの心臓部とも言える部品の立体構造が明らかとなりました。今回見つかった特徴的な構造が、高いエネルギー変換効率でモーターの回転力を生み出すために重要であることが予想されます。この知見をもとに、生物特有のクリーンなエネルギー変換の仕組みが解き明かされれば、人工的にナノマシンを設計する上で大いに役立つと考えられます。

特記事項

本研究は、科学研究費助成事業新学術領域「運動超分子マシナリーが織りなす調和と多様性」の一環として行われました。

また本研究は、名古屋大学、大阪大学、九州大学、長浜バイオ大学が共同で行ったものです。

論文名

掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:"The tetrameric MotA complex as the core of the flagellar motor stator from hyperthermophilic bacterium"
著者:Norihiro Takekawa, Naoya Terahara, Takayuki Kato, Mizuki Gohara, Kouta Mayanagi, Atsushi Hijikata, Yasuhiro Onoue, Seiji Kojima, Tsuyoshi Shirai, Keiichi Namba, Michio Homma

参考URL

生命機能研究科 プロトピックナノマシン研究室
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/jpn/general/lab/02/

用語説明

べん毛

細菌の細胞表面から生えた、螺旋状の運動器官。その根元には細胞膜に埋め込まれた回転モーターが存在する。

固定子

べん毛モーターの構成要素の一つで、イオンを流すエネルギー変換ユニットとしても働く。回転子と相互作用して回転力を生み出し、モーター機能の中核を担う。一個のモーターの中に十個程度が配置されている。二つの蛋白質MotAとMotBからなる複合体。