導電性を持つ酵素の触媒メカニズムを解明

導電性を持つ酵素の触媒メカニズムを解明

テーラーメイドな第三世代型バイオセンサの開発に向けて

2024-5-9工学系
生命機能研究科特任教授(常勤)難波啓一

概要

京都大学大学院農学研究科の府川江央留 修士課程学生、鈴木洋平 同博士課程学生、足立大宜 同特定研究員、宋和慶盛 助教、北隅優希 同准教授、白井理 同教授、大阪大学大学院生命機能研究科 日本電子YOKOGUSHI協働研究所の宮田知子 特任准教授(常勤)、牧野文信 同招へい准教授、難波啓一 同特任教授(常勤)、大阪大学蛋白質研究所 田中秀明 准教授(研究当時)らの共同研究グループは、Gluconobacter japonicusという酢酸菌由来のフルクトース脱水素酵素(FDH)について、触媒メカニズムの詳細を明らかにしました。

FDHは酢酸菌の呼吸鎖電子伝達系を構成する膜結合型タンパク質で、電極を基質として認識することで“直接電子移動(DET)型酵素電極反応”という非常にユニークな反応を実現できます。本反応は生体・環境への適合性が高く、生体物質の検出に適した理想的なバイオセンサ(第三世代型バイオセンサ)としての応用展開が期待されています。また、FDHをモデル酵素としたテーラーメイドなセンサ開発が可能となれば、第三世代型バイオセンサの課題である酵素の稀少性を解消することもできます。今回、本酵素の触媒メカニズムを解明するために、ドッキングシミュレーション相同性検索による計算科学を活用した変異体を作製しました。その特性を電気化学的評価やクライオ電子顕微鏡観察による構造解析を実施することで、FDHの触媒メカニズムの解明に成功しました。さらに、基質認識機能を持つ重要なアミノ酸残基を異なるものに置換すると、タガトースという別の糖に対する反応性が向上することも発見しました。また、実際の構造と予測構造の間でシュミレーション結果に差異が生じることも突き止めました。以上の成果により、テーラーメイドな第三世代型バイオセンサの開発をする上で、学術的かつ社会的な波及効果が期待されます。

本研究成果は、2024年4月14日に、国際学術誌「Electrochimica Acta」にオンライン掲載されました。

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研究の背景

日本が近未来に目指すべき社会の姿として内閣府が提唱している“Society 5.0”では、センサから得られた膨大な情報がビッグデータ解析され、様々な形で人間に還元されます。とりわけヘルスケアに対する関心が高まる近年においては、生体物質のリアルタイムモニタリングやマルチセンシングに注目が集まっています。その中でも、酵素反応と電極反応の共役系を基盤とした電気化学バイオセンサは、穏和な条件下で高選択的に対象物質を検出できるため、血糖値センサなどに実用化されています。特に、酵素が電極と直接電子の受け渡しを行う“直接電子移動(DET)型反応”は、酵素と電極のみで構成されるシンプルな反応系であるため、生体・環境適合性と設計自由度に優れた理想的なバイオセンサ(第三世代型バイオセンサ)を設計できます。しかし、本反応が可能な酵素はわずか30例程度しか報告されておらず、極めて限定的な物質しか測定できない状況です。また、詳細なメカニズムが不明なため、戦略的な酵素創出や酵素探索が困難で、実用化に向けた大きな課題の一つとなっています。

私たちは、強力なDET型触媒活性を持つフルクトース脱水素酵素(FDH)をモデル酵素に利用し、新しいDET型酵素を創出することを目指しています。本酵素は、触媒部位としてフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を保有する触媒活性サブユニット、ヘムcを保有する電子伝達サブユニット、酵素の発現を担うサブユニットからなるヘテロトリマーです(図1)。FDHは、その卓越した活性の高さから基礎・応用の両面から盛んに研究が行われてきました。加えて、私たちは、2022年にクライオ電子顕微鏡を用いた構造解析に成功し、酵素の全体構造情報を基にした議論が可能になりました。そこで、私たちは構造生物学や計算科学の観点よりFDHの触媒反応について詳細なメカニズムを検討しました。

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図1. FDHの立体構造と電子移動経路の模式図

研究手法・成果

2-1. 計算科学・構造解析・生物電気化学でFDHの触媒反応に関与するアミノ酸残基を特定
ドッキングシミュレーションや相同性検索の結果、3つの変異導入対象のアミノ酸残基(N1146, H1147, N1190)が酵素の基質認識や触媒反応に重要であることが示唆されました。そのため、部位特異的変異導入によりこれらのアミノ酸残基を異なるものに置換した変異体を作製しました。これらの変異体に対して、電気化学測定による特性評価と、クライオ電子顕微鏡(大阪大学大学院生命機能研究科 日本電子YOKOGUSHI協働研究所のものを使用)による構造解析を実施した結果、変異体酵素における基質親和性や酵素活性に変化が見られました。注目したアミノ酸残基の役割をまとめたものが図2(A)です。N1146に対する変異は、酵素活性を保持しつつ、本来の基質であるフルクトースとの親和性を低下させたため、異なる基質への特異性変化を予想しました。他の糖類との反応性を検証した結果、N1146をグルタミン残基(Q)に置換した変異体(N1146Q)ではフルクトースと似た構造を持つタガトースとの反応性が向上していることを確認できました(図2(B))。

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図2. (A)FDHの触媒反応に関与する要素、(B)タガトースとの反応性

2-2. ドッキングシミュレーションで基質選択性を説明・予測
作製したすべての新規変異体の立体構造をクライオ電子顕微鏡観察によって解析し、ドッキングシミュレーションを行いました。図3(A)はシュミレーション結果の一例で、フルクトースを認識するための水素結合を確認できました。さらに、図3(B)に示す通り、理論式に従って、ドッキングスコア (DS) はミカエリス定数 (KM) の対数との間に良い相関を示しました。これは、酵素の立体構造から基質選択性を予測可能であることを意味します。一方、コンピューターによる予測構造が、実際の解析結果を再現できるかどうかについても検証しました。その結果、図3(B)赤点線に示すように、クライオ電子顕微鏡による構造を用いた計算とは異なる結果となり、近年顕著な発展を遂げているコンピュータによる構造予測に未だ改良の余地があることが分かりました。

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図3. (A)FDHのドッキングシミュレーション、(B)DSとミカエリス定数との相関関係

波及効果・今後の予定

本研究は、タンパク質計算科学と構造解析、生物電気化学の融合によりFDHの触媒メカニズムを解明した世界初の報告例であると同時に、FDHをモデル酵素として利用したテーラーメイドな第三世代型バイオセンサ開発に繋がる学術的基盤になります。今後、今回得られた情報を軸として、コンピュータを用いた機械学習や反応予測方法などを織り交ぜることで、触媒活性部位の基質特異性を高度に改変し、生体物質や有用化合物を高感度かつ高効率にセンシングできるプラットフォームの構築を目指していきます。そのため、本研究は高い学術的価値を有するのみならず、学際融合による触媒開発と第三世代型バイオセンサの社会実装を加速し、環境や生体に優しい持続可能な社会の実現に貢献します。

特記事項

<論文タイトルと著者>
タイトル:Structural and electrochemical elucidation of biocatalytic mechanisms in direct electron transfer-type D-fructose dehydrogenase
(構造及び電気化学的手法による直接電子移動型フルクトース脱水素酵素の触媒メカニズム解明)
著  者: Eole Fukawa, Yohei Suzuki, Taiki Adachi, Tomoko Miyata, Fumiaki Makino, Hideaki Tanaka, Keiichi Namba, Keisei Sowa, Yuki Kitazumi, Osamu Shirai
掲 載 誌: Electrochimica Acta, 490, 144271 (2024), DOI: 10.1016/j.electacta.2024.144271.

本研究は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構AMED BINDS制度(JP22ama121003)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP21H01961、JP22K14831)、JST革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23B4)、京都大学への寄附金(加来裕生氏、王厚龍氏、濵野泰如氏)の支援のもとで実施されました。

参考文献

  • Shota Kawai, Maiko Goda-Tsutsumi, Toshiharu Yakushi, Kenji Kano, Kazunobu Matsushita, Heterologous overexpression and characterization of a flavoprotein-cytochrome c complex fructose dehydrogenase from Gluconobacter japonicus NBRC3260, Appl. Environ. Microbiol., 79, 1654 (2013)
  • Keisei So, Shota Kawai, Yasuyuki Hamano, Yuki Kitazumi, Osamu Shirai, Makoto Hibi, Jun Ogawa, Kenji Kano, Improvement of a direct electron transfer-type fructose/dioxygen biofuel cell with a substrate-modified biocathode, Phys. Chem. Chem. Phys. 16, 4823 (2014)
  • Yohei Suzuki, Fumiaki Makino, Tomoko Miyata, Hideaki Tanaka, Keiichi Namba, Kenji Kano, Keisei Sowa, Yuki Kitazumi, Osamu Shirai, Essential Insight of Direct Electron Transfer-Type Bioelectrocatalysis by Membrane-bound D-Fructose Dehydrogenase with Structural Bioelectrochemistry, ACS Catal. 13, 13828 (2023)

研究者のコメント

バイオ、電気化学、計算科学という一見無関係な学問を組み合わせることで、大きなブレイクスルーに繋がると感じています。今後も、大きな可能性を秘めた酸化還元酵素の研究に取り組み、グリーンケミストリーや次世代ヘルスケアなどの領域に貢献していきます。(府川江央留)

卓越した活性を持つFDHをモデル酵素としたセンサ開発は、これまでのボトルネックを一気に解消する可能性を秘めています。今回の成果により、合理的で戦略的な酵素創出が期待できます。今後、自然が創り出した高度な触媒機能を利活用することで、人類と地球を豊かにする革新的な技術を実現し、研究成果の社会実装に取り組みます。(宋和 慶盛)

用語説明

酢酸菌

食酢の製造に用いられる微生物。

フルクトース脱水素酵素(FDH)

フルクトースをケトフルクトースに酸化する酵素。

呼吸鎖電子伝達系

複数の酸化還元反応を組み合わせ、生物がエネルギーを獲得する代謝系。

直接電子移動(DET)型酵素電極反応

酵素反応と電極反応が共役した反応を“酵素電極反応”と呼びます。その中でも、酵素が電極と直接的に電子移動できるものを直接電子移動型と呼び、本文中ではDET型反応と記載しています。

第三世代型バイオセンサ

酵素を利用した電気化学バイオセンサは3種類に分類されています。現在巨大な市場を形成している血糖値センサに代表される第二世代型バイオセンサは、酵素と電子伝達メディエータ、電極の3つの要素から構成されています。第三世代型バイオセンサはDET型反応を利用するため、酵素と電極のみの理想的なセンサ構成を実現でき、電子伝達メディエータに伴う副反応リスクや毒性、製造コスト高などを回避することが可能です。

ドッキングシミュレーション

2つ以上の複雑な分子が組み合わさって起こる反応について、その反応様式(分子の位置や向きなど)を予測する手法。本研究では、酵素(FDH)と基質(フルクトース)が複合体を形成する過程を考察する際に用いました。

相同性検索

複数のタンパク質に対して、それぞれのアミノ酸配列の類似性を調べる手法。多くのタンパク質で保存されているアミノ酸残基は、タンパク質において重要な役割を果たすと推定できます。

クライオ電子顕微鏡観察

タンパク質などの生体試料を含む溶液を急速凍結し、薄い氷に包埋することで、生理的な環境に近い状態で電子顕微鏡観察を行う手法。従来の手法とは異なり、結晶化の必要がないため、FDHのような膜タンパク質の構造解析で有用です。

Society 5.0

内閣府が提唱する、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会のこと。

ヘテロトリマー

3種類の異なるタンパク質が結合した複合体。

変異導入対象のアミノ酸残基

Nはアスパラギン、Hはヒスチジンを意味する。また、数字はFDHのアミノ酸配列の順番に基づく。

部位特異的変異導入

タンパク質の遺伝子について、対象箇所のみに遺伝子操作を実施し、変異を導入すること。

ドッキングスコア(DS)

ドッキングシミュレーションの結果を表すスコアで、熱力学的に安定な度合いを示す。また、負に大きな値はより安定であることを意味しており、理論的にはミカエリス定数の対数との間に直線関係を持つことが期待されます。

ミカエリス定数(KM)

酵素反応速度において、最大速度の半分の速度を与える基質濃度。この値が大きいほど、酵素と基質は親和性が低いことを意味します。