マイコプラズマの滑走運動に必要なモーターの 分子構造を世界で初めて明らかに!

マイコプラズマの滑走運動に必要なモーターの 分子構造を世界で初めて明らかに!

2025-3-4生命科学・医学系
生命機能研究科特任教授(常勤)難波啓一

概要

マイコプラズマ属細菌の一つで淡水魚の病原菌であるマイコプラズマ・モービレは、菌体の片側にある“滑走装置”を用いて宿主組織の表面にはりつき、滑るように動く“滑走運動”を行います。

大阪公立大学大学院理学研究科の宮田 真人教授、豊永 拓真助教(研究当時、現在 東北大学多元物質科学研究所 助教)らと大阪大学大学院生命機能研究科日本電子YOKOGUSHI協働研究所の難波 啓一特任教授(常勤)、理化学研究所の川上 恵典研究員、東北大学多元物質科学研究所の濵口 祐准教授らの共同研究グループは、大阪大学のクライオ電子顕微鏡を用いて、滑走運動の装置を構成するモーター部分の分子構造を、世界で初めて近原子分解能で明らかにしました(図1)。またモーターを構成する2つのユニットの分子構造は、それぞれ既知のATP合成酵素と類似しているものの、それらが組み合わさって前例のない複合体構造を形成していることが分かりました。本成果は、ATP合成酵素とマイコプラズマの運動装置の進化についてさらなる理解を促進するとともに、マイコプラズマ感染症の治療薬開発の基盤知見となることが期待されます。

本研究成果は、2025年2月27日に、国際学術誌「Science Advances」のオンライン速報版に掲載されました。

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図1. 本研究で明らかになった滑走装置のモーターを構成する2つのユニットの分子構造

研究の背景

ヒトに肺炎を起こす病原細菌などとして知られるマイコプラズマ(Mycoplasma)の仲間は、系統的に小さなグループであるにも関わらず、その中に3種類もの独自の運動能を有しています。地球上の生命の既知の運動能が全部で18種類であることを考えると、この数字は特筆に値します。本研究グループは、1997年からこれら3種の運動能のしくみを明らかにしてきました。2021年に、毎秒最大4マイクロメートルで宿主細胞上を滑走運動するマイコプラズマ・モービレ(Mycoplasma mobile)の滑走装置モーターを単離し大まかな形状を可視化することで、モーターがATP合成酵素に類似していることを明らかにしていました(図2)。

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図2. マイコプラズマ・モービレおよび滑走装置のモーターの模式図

研究の内容

本研究では、マイコプラズマ・モービレ滑走運動装置のうち、モーター部分の構成アミノ酸や結合するATPなどの詳細な構造について、大阪大学のクライオ電子顕微鏡を用いて、個々の分子を明瞭に観察可能な近原子分解能である3.1オングストロームで明らかにしました。その構造は、24のタンパク質、約12500のアミノ酸から構成され、縦35・横25・高さ15ナノメートルからなる巨大なものでした。興味深いことに、モーターを構成する2つのユニットそれぞれに存在するシャフト(中心軸)部分が同じ段階で止まっており、それぞれのユニット中に含まれるATPの加水分解状態も保存されていたことから、2つのユニットが同調して回転していることが示唆されました。また、ユニット間で既知のATP合成酵素とは異なる部品によって結合することで、新しい様式の二量体構造を形成しており、ATP合成酵素とマイコプラズマ運動能の進化についても新しい知見が得られました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本成果は、ATP加水分解のエネルギーがどのように滑走運動の動きに変換されるかの作用メカニズムや、ATP合成酵素から進化したと考えられるマイコプラズマ・モービレのモーターについて、さらなる理解を促進するものです。

また、ナノロボットアクチュエーターへの応用やマイコプラズマ感染症の治療薬を開発するための基盤になることが期待されます。

特記事項

【論文情報】
【発表雑誌】Science Advances
【論 文 名】Dimeric assembly of F1-like ATPase for the gliding motility of Mycoplasma 【著  者】Takuma Toyonaga(大阪公大), Takayuki Kato(大阪大), Akihiro Kawamoto(大阪大), Tomoko Miyata(大阪大), Keisuke Kawakami(理研), Junso Fujita(大阪大), Tasuku Hamaguchi(東北大), Keiichi Namba(大阪大),Makoto Miyata(大阪公大)
【掲載URL】https://doi.org/10.1126/sciadv.adr9319

本研究は、JSPS科研費 基盤(A)(JP17H01544)、JST CREST(PMJCR19S5)、AMED BINDS(JP22am121003)からの助成を受けて実施しました。また、モーターの構造解析には、大阪大学JEOL YOKOGUSHI 提携研究所のクライオ電子顕微鏡を用いました。

用語説明

クライオ電子顕微鏡

タンパク質などの生体分子を水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法。試料を含む溶液を液体エタン(約-180℃)に落下させて急速凍結し、アモルファス(非晶質、ガラス状)な薄い氷に包埋し、これを液体窒素(-196℃)条件下で、透過型電子顕微鏡で観察する。電子顕微鏡内の真空中で試料は凍結状態を保持でき、また、冷却することにより電子線の照射による損傷を減らすことができる。

近原子分解能

分解能はどのくらい細かくものを「見る」ことができるかの指標で、数値が小さい程分解能が高いといえ、物質をより精細に観測できる。近原子分解能は、個々の原子を区別できるほどに迫る分解能を指す。

ATP合成酵素

ほとんどの生物に存在するナノスケールの回転分子モーター。真核生物のミトコンドリア内膜や細菌の細胞膜において、水素イオンの流れを回転エネルギーに変換し、その回転によって「生命のエネルギー通貨」であるATPを合成する。

オングストローム(Å)

長さの単位であり、1オングストローム(Å)は100億分の1メートルを指す。