再生医療用iPS細胞の培養に最適な足場材の製造方法の確立

再生医療用iPS細胞の培養に最適な足場材の製造方法の確立

生物由来原料基準に適合したラミニン511E8フラグメントの開発に成功

2015-3-10

リリース概要

大阪大学蛋白質研究所と(株)ニッピは、再生医療用iPS細胞の培養に適したラミニン511E8フラグメント の製造方法を確立しました。本成果を踏まえ、(株)ニッピは、生物由来原料基準に適合した製品(商品名:iMatrix-511MG)を2015年6月頃から発売予定です。本技術は、移植医療用iPS細胞の製造など、iPS細胞を利用した再生医療の研究開発を加速することが期待されます。

研究の背景

ヒトES細胞やiPS細胞の臨床応用には多量の細胞を必要とする為、細胞数を培養にて増幅させます。増幅過程で細胞塊が大きくなり過ぎると意図しない組織に分化しやすくなる為、適宜、細胞塊を解離させて培養を継代していくことが必要です。

ヒトの多能性幹細胞は、他の多くの株化細胞と異なり、トリプシンのような消化酵素を使って単一細胞まで解離させると、速やかに細胞死をおこすことが知られています。そのため、解離させた多能性幹細胞を速やかに培養器に接着させ、細胞死を抑えながら効率良く細胞を増殖させる足場材 が必要となります。

大阪大学蛋白質研究所細胞外マトリックス研究室の関口清俊教授らの研究グループは、マウス初期胚の多能性幹細胞がラミニン511というタンパク質を足場としていることに着目し、ラミニン511の細胞接着活性部位だけを含む組換えフラグメント(ラミニン511E8フラグメント)がES細胞やiPS細胞など多能性幹細胞の培養足場材として非常に有効であることを京都大学との共同研究にて明らかにしています。このラミニン511E8フラグメントは、既に(株)ニッピにより製品化されており(商品名:iMatrix-511)、解離させたヒトES細胞やiPS細胞を速やかに培養器に接着させる強力な細胞接着活性をもつ為、1ヶ月で従来比200倍もの効率でこれら細胞を増幅可能です。京都大学iPS細胞研究所の中川誠人講師らは、ラミニン511E8フラグメントを足場材として使うことにより、培養皿1枚で増やしたiPS細胞を一回の継代操作で100枚に増幅できる方法を開発し、公開しています (図1) 。

このように多能性幹細胞の足場材としては高性能のラミニン511E8フラグメントですが、これを使って培養したiPS細胞等の多能性幹細胞を医療応用するためには、培養基質としての安全性を担保した臨床グレードのラミニン511E8フラグメント製造技術が強く求められていました。

研究成果の内容

このような状況を受け、関口教授らの研究グループと(株)ニッピは、移植用iPS細胞などヒト多能性幹細胞の培養基質として、臨床グレードのラミニン511E8フラグメントの製造方法の研究開発を進めてきました。医療応用するには生物由来原料基準に適合することが不可欠で、その適合性について、(株)ニッピは(独)医薬品医療機器総合機構(PMDA)との薬事戦略相談(対面助言)を実施しました。

生物由来原料基準への適合では、1)出発原料であるCHO細胞、マスターセルバンクとワーキングセルバンクに関するウイルスと菌の否定、2)原料バルクにおけるウイルスと菌の否定、3)製造行程におけるウイルスクリアランス指数および4)最終製品でのウイルスと菌の否定が求められ、これら全ての試験を実施しました。

その結果、平成26年12月15日、同機構より、生物由来原料基準への適合性について「異論なし」と判断されました。この判断を受けて、(株)ニッピでは、生物由来原料基準に適合した臨床グレードのラミニン511E8フラグメント(商品名:iMatrix-511MG)を製造し、平成27年6月頃からの発売を予定しています。本研究成果は、京都大学iPS細胞研究所で進められている再生医療用iPS細胞ストックの製造に既に使用されています (図2) 。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ヒトiPS細胞を利用する再生医療は、有効な治療法がみつかっていない難治性疾患の新たな治療法として大きな期待が寄せられています。この医療を実現するためには、解決すべき多くの課題が残されていますが、その一つはヒトiPS細胞を安全に樹立し、これを効率的に増幅する培養技術の確立です。ラミニン511E8フラグメントは、ヒトiPS細胞の樹立と継代培養のための足場材として優れた性能を有することが京都大学iPS細胞研究所をはじめとして国内の多くの研究室で確認されています。生物由来原料基準に適合した製品(商品名:iMatrix-511MG)の製造・販売は、iPS細胞を利用した再生医療研究の加速を通じて、再生医療の実現に貢献することが期待されます。

特記事項

本研究開発は、独立行政法人科学技術振興機構の再生医療実現拠点ネットワークプログラム・技術開発個別課題「幹細胞培養用基材の開発」(代表研究者:大阪大学蛋白質研究所関口清俊)の一環として行われました。

参考図

図1 ラミニン511はα鎖、β鎖、γ鎖が会合した三量体タンパク質。その細胞接着部位は、“十字架”形状をした分子の長腕の末端部にある。この末端部だけを取り出して作成した組換えタンパク質がE8フラグメントである。

図2 臨床グレードのラミニン511E8フラグメント(商品名: iMatrix-511MG)

参考URL

用語説明

ラミニン

心臓、肝臓、腎臓など、多くの臓器の細胞が足場としている基底膜と呼ばれる構造の主要成分。α鎖、β鎖、γ鎖の3本の鎖が会合した三量体構造をもつ。α鎖には5種類、β鎖とγ鎖には3種類のタイプがあり、それらを組み合わせた15種類のラミニンが存在する。ラミニン511はα5鎖、β1鎖、γ1鎖からなる。

足場材

動物の身体をつくる細胞が増殖するためには、周囲に構築される細胞外マトリックスと呼ばれる構造に接着し、足場を確保する必要がある。上記のラミニンはそのような細胞外マトリックスを構成する成分の一つである。細胞を生体外で培養するためには、身体の中と同じように細胞が接着する足場が必要であり、そのような足場となる物質を“足場材”と呼んでいる。