細胞のアンテナ“繊毛”における蛋白質輸送の制御メカニズムが明らかに

細胞のアンテナ“繊毛”における蛋白質輸送の制御メカニズムが明らかに

繊毛病による先天異常の発症機構の解明や治療法の開発に貢献

2014-5-5

リリース概要

大阪大学蛋白質研究所の古川貴久教授、大森義裕准教授及び茶屋太郎(大学院生)の研究チームは、繊毛の先端部において蛋白質輸送を制御する仕組みを解明し、その個体発生における重要性を明らかにしました。この成果は、繊毛の形成機構を理解する上で大きな前進となり、繊毛病による多指症や水頭症をはじめとする先天異常の発症機構の解明に繋がるものです。

研究の背景

繊毛はほとんどすべての細胞に存在する微小管を軸とした突起状の構造物であり、回転運動により水流を生み出す運動性の繊毛や細胞外からのシグナルを受け取るアンテナとして機能する繊毛があります。ヒトにおいて繊毛の機能異常は、網膜色素変性症、不妊、嚢胞腎、肥満、多指症、水頭症などの繊毛病と呼ばれる様々な疾患を引き起こすことが知られています。繊毛内では、根本から先端(順向き輸送)そして先端から根本(逆向き輸送)へと蛋白質の輸送がなされており、繊毛の形成・機能に必須の役割を果たしています。繊毛の先端においては順向きから逆向きへの輸送の方向転換が起こっていますが、それを制御するメカニズムは不明でした。

当研究グループは、繊毛の先端に局在する因子としてリン酸化酵素のIntestinal cell kinase (ICK) を見出しました。ICKの欠損マウスは多指 (図1) や水頭症様の脳室の拡大 (図2) などの発達異常を示し、繊毛の数と長さの減少が認められました。また、ICKの欠損により、繊毛内輸送を担う蛋白質複合体の構成因子(IFT-A、IFT-B、BBSome)が繊毛の先端に蓄積していました。一方、ICKの過剰発現は、特定の構成因子(IFT-Bのみ)の繊毛の先端への集積を引き起こしました (図3) 。これらの結果から、ICKは繊毛の先端に局在して繊毛内における蛋白質輸送の方向転換を制御し、繊毛の形成に寄与することによって、個体発生において重要な役割を果たすことが明らかとなりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

近年、繊毛の形成に関わる因子が多く同定されてきましたが、繊毛の形成メカニズムに関しては不明な点が多く残されています。今回の成果は、今まで明らかでなかった繊毛の先端部における蛋白質輸送の制御の仕組みを解明したことによって、繊毛形成機構の新たな理解に貢献するものです。また、本研究は繊毛という対象を蛋白質の輸送制御というこれまでにない視点から捉えたものであり、繊毛病の発症機構の解明や治療法の開発に向けての新たな切り口となると考えられます。

特記事項

研究成果は、2014年5月5日(月)に科学誌「The EMBO Journal」に公開されます。 本研究は、科学技術振興機構により、助成を受けたものです。

参考図

図1 ICK欠損マウスは多指となる
野生型およびICK欠損マウスの前肢においてアルシアンブルーを用いて軟骨を、アリザリンレッドを用いて骨を染色した。ICK欠損マウスにおいては指の数の増加が認められる。 スケールバー:2 mm

図2 ICK欠損マウスは水頭症様の脳室の拡大を示す
野生型およびICK欠損マウスの脳の切片を用いてニッスル染色を行った。ICK欠損マウスにおいては脳室の拡大(*)が認められる。 スケールバー:1 mm

図3 ICKによる繊毛の先端における繊毛内輸送の制御
繊毛内では、キネシンやダイニンといったモーター蛋白質とIFT-A、IFT-B、BBSomeから成る複合体によって蛋白質の輸送が行われている。この複合体は微小管(緑)に沿って、繊毛の根本から先端(順向き輸送)そして先端から根本(逆向き輸送)へと進んでいる(野生型)。ICKが欠損した繊毛においてはIFT-A、IFT-B、BBSomeの構成因子が繊毛の先端に蓄積しており、輸送の方向転換が阻害されていると考えられる。一方、ICKが過剰発現した繊毛においてはIFT-Bのみの構成因子が繊毛の先端に集積しており、逆向き輸送に向けての複合体の形成が不十分な状態で輸送の方向転換が起こっていると考えられる。

参考URL

大阪大学 蛋白質研究所 蛋白質高次機能学研究部門 分子発生学研究室
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/furukawa_lab/

用語説明

Intestinal cell kinase (ICK)

以前、当研究グループは網膜色素変性症の原因遺伝子がコードするMale germ cell-associated kinase (Mak)が網膜視細胞の繊毛の長さの制御と生存に必須であることを示しました。ICKはMakの類縁関係にある蛋白質であり元々は腸に発現するリン酸化酵素として同定されました。ヒトにおいて、ICK遺伝子の変異と先天異常を伴う新生児致死との関連が報告されていたことから、ICKの生体内における機能の解明が望まれていました。蛋白質のリン酸化は一般的に細胞機能の制御に重要な役割を果たすことが知られています。