2013年1月16日

リリース概要

大阪大学蛋白質研究所の古川貴久教授の研究チームは、網膜色素変性症のモデルマウスに遺伝子治療※1実験を行い、その有効性を実証しました。この成果により、ヒトの網膜色素変性症に対する遺伝子治療の実現の可能性が期待されます。網膜色素変性症は我が国を含む世界における失明の主な原因の一つであり、約3〜4千人に1人が発症する、現在までに有効な治療法のない難病です。重篤な網膜色素変性症モデル動物として知られるCrx欠損マウス網膜に、正常なCrx遺伝子をウイルスベクター(遺伝子の運び屋)※2で補う遺伝子治療実験を行いました。その結果、同モデルマウスで観察されていた網膜視細胞の発生・形態形成異常、細胞死(網膜変性)および網膜機能不全を改善させ、マウスに光を認識させることに成功しました。

 

研究の背景

網膜色素変性症は、眼に入った光を感受する網膜視細胞が徐々に破壊されて脱落し、最終的には失明に至る疾患ですが、その症状の程度や症状が現れる時期は原因遺伝子により様々です。そのうち、網膜視細胞の発生異常を伴い、乳幼児期から強い視力障害などの症状を呈する重篤な網膜変性疾患に対して、遺伝子治療が有効であるかどうかはわかっていませんでした。同研究チームは遺伝子治療に最適なウイルスベクターの血清型※3を同定し、以前に同研究チームが開発した重篤な網膜変性症を呈するCrx欠損マウスをモデルとして、遺伝子治療が有効であるかを検証しました。

 

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

Crxは転写因子※4と呼ばれる蛋白質で、網膜視細胞の発生や機能に必要なほとんどの遺伝子群を“オン”にする役割を持つ、いわば司令塔遺伝子です。したがってCrx欠損状態は他の網膜色素変性症よりも治療が難しい、重篤な網膜変性を導きます。ヒトにおいてCrxの異常は、幼少時より失明に至る重篤な網膜色素変性症を引き起こします。本研究により、正常な発生を経ず、機能不全に陥った網膜視細胞でも、遺伝子治療により改善できることが明らかとなりました。Crxが発現を指令する遺伝子の多くは他の遺伝性網膜変性症の原因遺伝子として知られています。本研究成果は、Crxだけでなく他の原因遺伝子に起因する比較的緩徐な網膜色素変性症においても遺伝子治療が有効である可能性を示しています。また同時にiPS細胞などを用いた再生医療との融合により、さらなる難治性疾患治療への応用に貢献することが期待されます。

 

特記事項

研究成果は、2013年1月15日(米国時間、日本時間:1月16日)に米国オンライン科学誌「プロスワン」に公開されます。

本研究は、科学技術振興機構のCRESTにより、助成を受けたものです。

 

参考図

図1 Crx欠損マウスにおける網膜視細胞の発生・形態形成異常の回復

網膜視細胞の機能回復マーカー蛋白質を蛍光標識した。対照(ウイルスベクターを投与していない)のCrx欠損マウスでは、マーカー蛋白質の発現が全く認められなかった。一方、ウイルスベクター投与マウス(ウイルスベクターでCrxを補ったCrx欠損マウス)では、マーカー蛋白質の発現の回復が認められ、さらに、網膜視細胞がもつ特有の構造で、光の感受に必要な外節の構造の回復が観察された(矢印の部分)。

図2 Crx欠損マウスにおける網膜生理機能の回復

網膜電図という手法で網膜の光への応答性を調べた。対照のCrx欠損マウスでは、全く光への応答が認められなかった。一方、ウイルスベクター投与マウスでは、網膜の光への応答を示す波形が検出され、網膜生理機能の回復が認められた。

 

用語解説

※1 遺伝子治療
生体組織への遺伝子導入技術を用いて、正常な遺伝子を補充する治療法。

※2 ウイルスベクター
ウイルスは自身が持つ遺伝子を感染した細胞に取り込ませ、働かせることで、生存および増殖します。ウイルスが持つ遺伝子を有用遺伝子と置き換え、有用遺伝子を導入するためのウイルスのことをウイルスベクターと呼びます。ベクターは、運び屋を意味する言葉で、この場合、「遺伝子の運び屋」を意味します。

※3 血清型
ウイルスや微生物の分類法の一つの型。それらの表面構造の違いを基にしている。

※4 転写因子
特定のDNA配列に結合して遺伝子発現を制御する蛋白質。

 

参考URL

http://www.protein.osaka-u.ac.jp/furukawa_lab/index.html

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