網膜色素変性症をはじめとした 繊毛病(希少難病)の治療法開発に道

網膜色素変性症をはじめとした 繊毛病(希少難病)の治療法開発に道

根本的治療法がなかった難病の治療薬候補を発見

2024-9-18生命科学・医学系
蛋白質研究所教授古川貴久

研究成果のポイント

  • 希少難病である網膜色素変性症を含む繊毛病の治療薬候補として、既存薬である線維芽細胞増殖因子(FGF)受容体阻害剤を同定。
  • FGF受容体阻害剤が繊毛病で生じる網膜色素変性症の治療薬となる可能性を動物実験で確認
  • 繊毛病の治療薬標的候補として新たにタンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)ICKを同定

概要

大阪大学蛋白質研究所の古川貴久教授、茶屋太郎准教授、前田和特任研究員らの研究グループは、大阪大学超高圧電子顕微鏡センターの梶村直子特任研究員(当時)と東京大学大学院医学系研究科の田中輝幸准教授(当時)と共同で、指定難病の網膜色素変性症を含む繊毛病の治療薬候補として既存薬である線維芽細胞増殖因子(FGF)受容体阻害剤を同定するとともに、治療標的候補タンパク質も発見しました。    

細胞表面に形成される突起状構造の繊毛(線毛)は生物の発生過程や恒常性の維持に重要な役割を果たしています。ヒトにおいて、繊毛の機能異常は、網膜色素変性症をはじめとした多彩な症状が見られる繊毛病と呼ばれる疾患を引き起こすことが知られています。しかしながら、繊毛病の病態メカニズムは不明な点が多く、繊毛病に対する真に有効な治療法は確立されていません。

今回、研究グループは、FGF受容体阻害剤を用いて繊毛局在型タンパク質リン酸化酵素のICKを活性化することにより、網膜色素変性症のモデルマウスで網膜変性の症状が改善されることを見出しました。さらに、繊毛病モデル細胞においてもFGF受容体阻害剤やICKの活性化により繊毛の形成や機能の障害が抑制されました。

これらにより、ICKを活性化することで網膜色素変性症をはじめとした繊毛病を治療や改善できる可能性が示され、根本的な治療法のない繊毛病に対する治療薬開発への道が開かれました。

本研究成果は、科学誌「Life Science Alliance」に、9月18日(水)午後10時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

繊毛は、ほとんどすべての細胞に存在する微小管を軸とした突起状の構造物で、回転運動により水流を生み出す運動性の繊毛や、細胞外からのシグナルを受け取るアンテナとして機能する一次繊毛があります。

ヒトにおいて繊毛の機能異常は、網膜色素変性症、不妊、嚢胞腎、肥満、多指症、水頭症といった繊毛病と呼ばれる様々な疾患を引き起こすことが知られています。繊毛病の病態機構は不明な点が多く、繊毛病に対する真に有効な治療法は確立されていないことから、繊毛病は日本国の指定難病にもなっています。現時点で、繊毛病関連の指定難病として多発性嚢胞腎(指定難病67)、網膜色素変性症(指定難病90)、ジュベール症候群関連疾患(指定難病177)、黄斑ジストロフィー(指定難病301)、ネフロン勞(指定難病335)があり、治療法のない繊毛病の改善・治癒や症状の軽減に有効な治療法や治療剤の開発が待ち望まれています。

繊毛内では、根本から先端(順向き輸送)そして先端から根本(逆向き輸送)へとタンパク質の輸送がなされており、繊毛の形成や機能に必須の役割を果たしています。順向き輸送は主にモータータンパク質キネシンにより、逆向き輸送は主にモータータンパク質ダイニンにより担われます。このタンパク質輸送機構に影響する遺伝子変異は繊毛病の主要な原因になっています。

古川教授らの研究グループは以前、生体内機能未知のタンパク質リン酸化酵素ICKが繊毛の先端に局在し、繊毛内タンパク質輸送方向切り替えの重要な制御因子となっていることを見出していました。(2014.5.5プレスリリース「細胞のアンテナ“繊毛”における蛋白質輸送の制御メカニズムが明らかに」

研究の内容

研究グループは、ICKに加えて目の網膜視細胞で発現するキナーゼMAKも繊毛の先端でタンパク質輸送方向の切り替えを制御することを今回新たに見出しました。ヒトにおいてMAK遺伝子は網膜色素変性症の原因遺伝子の一つになっていることが知られており、MAK欠損(KO)マウスは網膜色素変性症の良いモデルとして知られています。MAK KOマウスの網膜視細胞変性を、視細胞において発現するICKを活性化することによって回復できるのではないかと着想し、ICKをMAK KOマウスの網膜において発現させると、網膜変性が抑制されました。また、培養細胞において、FGFシグナルによってICK活性が負に制御されることが報告されていることから、MAK KOマウスにFGF受容体(FGFR)阻害剤を投与したところICKの活性化を介して、コントロール投与群に比べて視細胞の変性が組織学的(視細胞層の厚み)にも機能的(網膜電図)にも有意に抑制されました(図1)。

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図1. 網膜色素変性症モデルであるMAK欠損マウスの視細胞層(ONL)が生後1か月齢で菲薄化(視細胞が変性している)しているが、FGFR阻害剤投与によりICKを活性化させると、視細胞層の菲薄化が抑制され(A)(視細胞の変性が抑えられた)、暗所下における網膜電図においても視覚機能の改善が見られた(視細胞の機能が改善した)(B)。

さらに、MAKの欠損により繊毛内タンパク質輸送の異常を来すことから、MAKの変異以外が原因となる繊毛内タンパク質輸送の異常を示す繊毛病に対してもICKの活性化が有効ではないかと考えました。培養細胞において、繊毛のダイニンモーター構成因子でヒト繊毛病原因遺伝子として知られるDync2li1をノックダウンにより発現低下させると繊毛の形成や機能の異常が見られますが、ICKの発現やFGFR阻害剤による処理により、それらの繊毛の異常が改善されました(図2)。以上より、ICKを活性化させることで、繊毛内タンパク質輸送が障害される網膜色素変性症をはじめとした繊毛病を治療や改善できる可能性が示されました。

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図2. 繊毛ダイニンモーター構成因子であるDync2li1遺伝子の発現をノックダウンにより低下させて繊毛病モデル細胞を作製したところ、繊毛の長さが異常に伸長したが(繊毛病では繊毛の長さが異常に長くなることも短くなることもある)、FGFR阻害剤処理によりICKを活性化させると、この異常が改善された。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、ICKが繊毛病の治療標的候補となることが示され、繊毛病の治療法開発への道が開かれました。今後、既存のFGF受容体阻害剤(ICKを活性化)の適応や新たなICKの活性化剤の開発によって、根本的な治療法のない繊毛病の治療に繋がることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年9月18日(水)午後10時(日本時間)に科学誌「Life Science Alliance」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Ccrk-Mak/Ick signaling is a ciliary transport regulator essential for retinal photoreceptor survival”
著者名:Taro Chaya, Yamato Maeda, Ryotaro Tsutsumi, Makoto Ando, Yujie Ma, Naoko Kajimura, Teruyuki Tanaka, and Takahisa Furukawa
DOI:https://doi.org/10.26508/lsa.202402880

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 21H02657, 24K09996, 23K18199、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST) 21gm1510006、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団の支援を得て行われました。

参考URL

大阪大学蛋白質研究所分子発生学研究室(古川研究室)
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/furukawa_lab/index.html

古川貴久教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/2e7c43d3432fbb17.html

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

網膜色素変性症

眼球の後方にあるシート状の組織である網膜が進行性に変性する疾患。網膜には暗所視を担う桿体視細胞と明所視や色覚を担う錐体視細胞が存在しますが、この疾患では、基本的にまず桿体視細胞の機能が障害されるため、夜盲や視野狭窄が症状としてあらわれ、進行すると錐体視細胞の機能も障害され、視力が低下します。原因として知られている遺伝子の約8割は繊毛の発生や機能に関する遺伝子であると報告されています。

ICK

Intestinal cell kinaseの略称。古川教授らの研究グループが以前、繊毛の先端に局在し繊毛内タンパク質輸送方向切り替えを制御するタンパク質リン酸化酵素として同定しました(EMBO J. 2019,38;e101409)。タンパク質のリン酸化は一般的に細胞機能の制御に重要な役割を果たすことが知られています。

MAK

Male germ cell-associated kinaseの略称。古川教授らは以前にタンパク質リン酸化酵素MAKが網膜の視細胞に高発現し、MAKの変異で網膜変性が引き起こされることを見出し報告しました(Proc Natl Acad Sci USA 2010,107:22671)。その後、MAKは日本をはじめ世界で繊毛病(網膜色素変性症)の原因遺伝子であることが明らかとなり、特に欧米で網膜色素変性症の主要な原因遺伝子として知られるようになったことから、MAK KOマウスは網膜色素変性症のモデルマウスとして用いられています。なお、斜体は遺伝子を表す。