最期までその人らしくいられるように。 「緩和ケア」をサイエンスと臨床現場から

最期までその人らしくいられるように。 「緩和ケア」をサイエンスと臨床現場から


薬学研究科 医療薬学専攻 博士課程4年生 
竹村美穂さん

従来のがん治療や、緩和ケアの概念が変わるかもしれない。竹村さんの研究は、現在の医療や薬学の世界に大きなインパクトをもたらした。着目したのは、がんの初期段階から多くの患者が悩まされている「痛み」や「しびれ」。竹村さんは、こうした症状を緩和する治療基準を創出し、その研究成果によって今まさに医療の現場が変わりつつある。その背景には、薬剤師と研究者の2つの顔を持って活動する、枠にとらわれない竹村さんの姿勢があった。

緩和ケアの常識を変えていく。

「痛み」や「しびれ」は早期から多くのがん患者に出現し、がん患者の苦痛を緩和する上でそのコントロールは欠かせない。難しいのは、その度合いや強さの感じ方が人によってさまざまで、客観的に評価しづらいということだ。例えば、痛みを感じやすい人もいれば、そうではない人もいる。その痛みを、患者自身がどうやって表現するかによっても、医療従事者の治療方針や処方する薬の内容が変わってくる。こうした緩和ケアに用いられる薬の使い分けは、治療のガイドラインなどでは明確に定められておらず、医師や施設の経験頼りだった。そうした実状に竹村さんは、科学的な評価やエビデンスに基づいた治療基準を創出する必要性を感じた。

薬剤師と、研究者の2つの顔。 すべては、患者さんの痛みや苦痛を楽にしてあげたいという想い。

もともと、中学生の頃から薬剤師の道を志していた竹村さん。しかし本人は「薬はあまり好きではない」と話す。「病気を治療する時って、足し算方式で薬をどんどん出すことが多いんです。例えば、治療の副作用が出たら、その副作用を緩和する薬を出す。その薬による副作用が出たら、またそれをカバーする薬を出す。それを繰り返しているうちに、使用する薬が10種類を超える患者さんも中にはいらっしゃいます。そんな姿を見て、なるべく薬の種類や量を減らすことができないかと思っていました。薬を飲みたくないという患者さんの気持ちにも寄り添いながら、薬を効果的に用いて患者さんの症状や苦痛を和らげてあげられるような薬剤師になりたいと考えていました」。

しかし大学3年生の時に、その目標はゴールではなく通過点となった。臨床系の薬剤師になることを前提に選んだ研究室で、研究のおもしろさに初めて出会い、薬剤師だけでなく研究者としての道も広がっていることに竹村さんは気づく。そうして、実習先の臨床現場で、緩和ケア領域には明確な科学的エビデンスに基づいたガイドライン等がほとんど存在していない現状を目の当たりにし、「ならば自分が治療基準を創出することで、緩和ケア領域の発展に貢献できないか」と、薬剤師の免許を取得しながら研究者の道を歩み始めた。


「あまり使われてこなかった薬」に画期的な効果を発見。

竹村さんは、緩和ケアの名医のもとへ毎日通いながら、患者の症状と、それに対する薬の使い分けの状況についてのデータ収集を始めた。ひとりひとり、患者とコミュニケーションを重ねながら、痛みやしびれの状態、薬の効果などを直接聞き取っていく。どこの部分が、どのような痛みを感じる時に、どの薬を用いて、どの程度改善するのか。「痛み」とひと言に言っても、例えば怪我をした時の表面的な痛みもあれば、お腹が痛い時のような臓器の内側に感じる痛みや、神経の損傷により生じるしびれを伴った痛みもある。患者の声に丁寧に耳を傾け、医師や看護師と協力体制を築きながらデータを蓄積し、客観的に分析を積み重ねた。時には薬剤師として臨床の現場に立ち、そこで得た声やデータを研究に活かし、その成果を患者の治療に役立てていく。竹村さんだからこそ実現できる研究スタイルだ。

そうした研究の結果、がんによる痛みの中で特に治療効果が得られにくい「神経障害性疼痛」に対し、数ある治療薬の中でも「タペンタドール」が有効性・安全性ともに画期的な効果があることを見出した。一般にもよく知られる「モルヒネ」が緩和ケアの現場では主流である一方、「タペンタドール」の知名度は低く、臨床現場では積極的に用いられてきていない。竹村さんは、2021年にこの研究成果を論文※にまとめ、学会で発表。著名な国際会議や論文誌に採択され、「タペンタドール」を新規治療薬として用いる臨床現場が少しずつ広がってきているという。

「研究成果を臨床に還元できる社会実装力を持ったファーマシスト・サイエンティストになりたい」。そう話す竹村さんは、臨床と研究の架け橋になる存在として、新しいはたらき方を切り拓こうとしている。その背景にあるのは、これまでと変わらない「苦痛を少しでも和らげてあげたい」という患者に寄り添う気持ち。二足のわらじを履く生活の中で、「自分の研究が実際の現場で生かされている」のを見たときの喜びはひとしおだ。「想像していた未来を超えました」と語る竹村さん。さらにまだ見ぬ未来へ、期待に目を輝かせた。

※論文名:『Tapentadol in Cancer Patients with Neuropathic Pain: A Comparison of Methadone, Oxycodone, Fentanyl, and Hydromorphone』


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(本記事は、2024年2月発行の大阪大学NewsLetter90号に掲載されたものです。)

2024年2月22日