被災地が抱える土壌問題に “磁気”でアプローチ

被災地が抱える土壌問題に “磁気”でアプローチ


大学院工学研究科 環境工学エネルギー専攻 修士課程2年生 
三浦日菜さん

東京電力・福島第一原発事故の後、除染作業にともない発生した「除去土壌」。その最終処分量を低減するため、除去土壌の減容と再生利用の対策は国をあげた大きな課題だ。三浦さんは、このミッションに対して、「磁気」を用いた技術開発の側面からアプローチ。その研究の背景には、福島の現場を想う三浦さんの人としての姿勢と、研究者としての熱量が感じられる。

きっかけは、原発事故現場で活躍するロボット開発に挑む研究者の講演。

“ケア・ロボット”が活躍するディズニー映画の影響を受けて、工学の道を志すようになった。環境工学に興味を抱いたのは、高校生の時。原発事故の現場で活躍するロボット開発に取り組む企業の講演を聞き、被災地で奮闘し課題解決に挑み続ける技術開発者の姿勢に心を打たれた。遠い場所で起きた事故というイメージが変わり、「自分にも何かできることはないだろうか」と考えるようになった。そうした想いから、大学では目の前にある課題にアプローチできればと、原発事故後の汚染土壌(除去土壌)の減容化に関する研究を学部4年生からスタートした。

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従来の分離技術の課題をクリアする、画期的な手法。

「除去土壌」とひと言に言っても、その土壌には放射性物質をより多く含んだ土と、クリーンな土が混在している。汚染度が低い土は再利用され、汚染度が高い土は一定期間保管された後、最終処分される。その最終処分量を減らすことこそ、三浦さんの研究のねらいだ。そのアプローチとして、汚染度の高い土とクリーンな土を分離させる技術の確立に挑む。従来の方法として、大きなふるいにかけて土を分離する「分級処理」、高熱で処理する「熱処理」があるが、いずれも環境への負荷や精度の不安定さなど、課題がともなう。そこで、三浦さんが確立を試みているのが、代々研究室で受け継がれてきた「磁気分離技術」だ。汚染物質を吸着しやすい土は磁性を帯びていることに着目した技術で、除去土壌を流し通すと汚染土壌だけ磁石に吸着され、クリーンな土と分離させることができる。さらに環境負荷も抑えることができ、これを改良していけば、新しい除去土壌の減容化技術として確立できると取り組んだ。はじめに、磁気フィルターを用いた方法を試みるも、目詰まりや小粒径の土壌粒子がフィルターに吸着されないことで思うような結果が得られなかった。小粒径の土壌粒子に働く磁気力が小さいためだ。土壌粒子の粒径の違いにも配慮した次の手法として、遠心力を用いるサイクロン式の独自装置を開発。自ら装置を試作し、サンプルの土壌を生成して実験を繰り返した。しかし、サンプル土壌の準備など実験条件を整える段階での課題点も多く、手法として確立できるだけの精度にはまだ遠い。技術開発の壁の高さを実感したという。しかし「失敗しても解決方法を考える時間が好き。壁が高いほど燃えますね」と三浦さんは笑う。共に研究を行う仲間の存在や、研究室の担当教員のサポートが、実験を積み重ねていく上での心の支えになっていたという。

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研究や、「asiam」の活動を通じて養われた「伝える力」。

「人のために自分ができることをやってみたい」。そんな意欲と好奇心から、自然科学系女子学生による組織「asiam(アザイム)」に所属。阪大への入学を目指す高校生へアドバイスを行ったり、理系分野を志す女子高校生と理系出身の企業の方とがオンラインで交流できるイベントにファシリテーターとして参加したりと、後輩たちの進路形成にも積極的に関わった。こうした活動や研究活動を通して「人に寄り添い伝える力」が養われたと三浦さんは話す。自らの研究内容や成果を、人に分かりやすく伝えるにはどうすればいいか。研究室内での研究発表に向けて、伝え方や話し方を工夫し、相手目線に立ってコミュニケーションすることの大切さを学んだ。三浦さんの取り組みの先には、いつも「人」がいる。その姿勢は、卒業後の進路にも生かされていく。次の春から、環境エネルギーの面から社会を支える企業人の道を歩むことにしたのも、人の暮らしに身近なところから寄り添いたいという思いから。大阪大学での6年間を通じて、人間性も、研究者としての実力も培われた三浦さんの今後の活躍に期待が高まる。


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(本記事は、2024年2月発行の大阪大学NewsLetter90号に掲載されたものです。)

2024年2月22日