“文学を虚心に読む”ことで 生身の中国青年の姿を浮き彫りに。

“文学を虚心に読む”ことで 生身の中国青年の姿を浮き彫りに。


人文学研究科 中国文学専門分野 博士課程3年生
小川主税さん

何百回とその作品を読んでも、読むたびに新しい視点や解釈が生まれる。いろんな読み方ができるのが、文学のおもしろいところ。そう話す小川さんは、中華民国の時代に書かれた中国文学を対象に、そこに描かれている青年の恋愛模様や心情から、当時の中国社会のリアルを多角的に見つめてきた。小川さんにとっての、文学を研究するということの価値や意義とは一体何だろうか?

近代中国への興味と、文学好きが重なって。

「清少納言が死ぬほど好き」。小川さんは、目を輝かせながらそう語り始めた。文学にのめり込むようになったのは、彼女の綴る文章の潔さや、読者や社会をちょっと突き放すような態度、彼女自身の主張や才能を惜しみなく披露する生き様に憧れを抱いたことが背景にあるという。高校では、日本の古典文学の学びを深めたいと進学するも、世界史の授業で近代中国の歴史におもしろさを感じ、興味の眼差しが日本の古典文学から中国史や中国の近代文学へと移り変わっていった。大阪大学に入学後も、日本文学・中国史・中国文学のどの領域を専門とするか選択に迷いがあったが、近代中国の歴史への興味と、文学にふれ続けたいという気持ちが強まり、主に中華民国の時代に書かれた文学作品の研究に取り組み始めた。

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作品を通じて、理想と現実のはざまにある「近代化のひずみ」を見つめる。

中国文学にふれるということは、当然ながら中国語を理解していないと作品が読めない。学部時代は、言語の習得と作品の精読を同時進行し、本が翻訳のメモで真っ黒になるほどに読み込んだという。小川さんが研究活動の中で主に対象としてきたのは、中華民国の時代に活躍した女性作家「張愛玲(ちょうあいれい)」。彼女の作家としての姿勢や生き様にも、「清少納言」に通ずる凛とした態度を感じ、研究意欲が掻き立てられたと話す。

何百回にもわたる「中国文学を読む」という研究の中で、小川さんが見つめてきたのは中国が抱える「近代化のひずみ」。当時の中国において、青年や男子学生はこうあるべきだという“理想像”がプロパガンダ的に社会を取り巻いている中で、「張愛玲」はそうした理想からこぼれ落ちるリアルな青年・男子学生の心の揺れや恋愛模様を描いていた。これまでに、中国の理想像を描いた作品を対象とした研究は多く行われてきたが、小川さんは、理想からこぼれ落ちた現実の存在を見つめる文学研究者だと自らを位置付ける。作品を単なる物語として表面的に読み過ごすのではなく、彼女の表現や描かれていることの一つひとつを拾い上げ、分析することによって、当時の中国社会が不可視化していたジェンダーの様相や、生身の中国青年らしさを見出していった。

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北京に渡り、講師として、研究者として文学に向き合い続けていく。

そうした9年におよぶ研究を通じて、「 “虚心に読む”という態度が磨かれました」と語る。一言一句おろそかにせず、ちょっとした疑問も無視しない。そうした姿勢で文学と向き合うことによって、一つの作品において多様な読み方ができることを学んだ。こうした研究者としての視点が磨かれた背景には、領域を超えたさまざまな研究者とのネットワークやコミュニケーションがあったという。日本文学や比較文学、中国哲学を研究する学生と意見交換を行ったり、ジェンダーを専門とするドイツ文学の教員から文学の読み方についてアドバイスをもらったり。時には、学外にも学びの機会を見出して、「張愛玲」を専門としてきた研究者から自分にはなかった作品の解釈を学んだりと、主体的に多角的な視点を広げてきた。こうした研究活動の傍ら、小川さん自身が翻訳した「張愛玲」の翻訳本の出版も行った。

「実は僕、飽き性なんです。そんな僕でも、こうして長く中国文学に向き合い、研究を続けてこられたのは、研究者仲間や先生方の存在があったから。そうした意見交換や交流の中で、自身の研究を見つめ直し、アウトプットを重ねてきたからこそ、どんな時も新鮮な気持ちで“虚心に読む”ことができたんだと思います」。

博士課程修了後は北京に渡り、現地の大学で文学の講師として活動しながら、文学研究を続けていく。「文学は、『こうあるべき』『こうではない』という二項対立を時に崩してくれる。読み方によっては、文学というものは自分自身や社会を見つめ直す機会にもなる。論文を通して、“読み方”の多様性を提示することができれば、ある種の社会貢献になるんじゃないかと考えています」と将来への期待を語った。

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(本記事は、2024年2月発行の大阪大学NewsLetter90号に掲載されたものです。)

2024年2月22日