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音色が変わるとき、水素社会に一歩近づく

柔軟な発想で、高感度に水素を検出するパラジウムナノ粒子を作成

基礎工学研究科・准教授・ 中村暢伴

二酸化炭素(CO2)を排出しない「究極のエコエネルギー」として期待される水素。発電や交通、工業など幅広い分野での利用に注目が集まる。ただ、水素は空気に一定以上、混ざると静電気程度のエネルギーで着火し爆発する可能性がある。そのため、微量の漏洩でも検出できる仕組みが必要だ。中村暢伴准教授は、従来の12倍もの感度で水素を検出できるパラジウムナノ粒子の作成に成功。その秘訣は、「音」を使ったユニークな手法にあった。

音色が変わるとき、水素社会に一歩近づく

電気の流れから水素が漏れたことが判明

「『音』とは振動のこと。可聴音だけでなく、我々の耳には聞こえない超音波も『音』といえます」。もともと超音波を使った計測の研究をしていた中村准教授は、これまでにナノ粒子を成膜※する際、超音波を利用して粒子の間隔を計測・評価できることを見出していた。そこで応用研究として目を付けたのが水素検出だ。「パラジウムナノ粒子を使った水素センサがすでに知られており、自分たちの成膜技術を使えるのではと考えました」
パラジウムは金属で、元素の一種。ナノ粒子は100万分の1ミリ程度の大きさを示す。このパラジウムナノ粒子は水素に接触すると体積が膨張する。最初は基板上にそれぞれ離して置いておき、水素に反応し膨れたナノ粒子が触れ合い連続膜が形成されると電気が流れる。それにより水素が漏れたことが分かるという仕組みだ。

つまり漏洩をより敏感にキャッチするには、わずかな膨張でナノ粒子が接触するよう、粒子間の距離をどれだけつめられるかにかかっている。中村准教授の作成したパラジウムナノ粒子は、同じ濃度の水素に対して従来の12倍の感度で漏洩に気づくことができた。なぜ、そこまで距離を縮めることができたのか。

※成膜:基板上に原子を置いていき、ナノ粒子や薄い膜を作る作業。

ナノ粒子同士の距離が近い時にある特徴

「まず、成膜する基板の近くに、圧電体という振動すると電場が発生する材料を置きます。そして、圧電体を電気的に叩いて振動させるとナノ粒子に電流が生じ、このとき圧電体の振動エネルギーの一部が消費されます」。すると、成膜中のナノ粒子同士がくっつくかくっつかないかのギリギリの距離になった時、圧電体の振動が急に減少した。「イメージでいうと、お寺の鐘をたたいた後、普通は『ワーン、ワーン』という余韻があります。ナノ粒子の距離が離れている時の音色は、この『ワーン』の状態。それが距離がとても接近すると『ガンッ、ガンッ』と響かなくなった。そして、さらに成膜を続けナノ粒子が全部くっつくと再び、『ワーン』に変化したのです」
つまり、圧電体が振動しなくなり『ガンッ』と音色が変わるところで成膜をやめればよい。「とてもおもしろい特徴でした」

異分野、中途半端に秘められた可能性

超音波を利用した成膜も、パラジウムナノ粒子による水素検出も、どちらも既存の技術だが二つを合わせたのは中村准教授が初めてだ。「超音波や成膜は物理系、水素は化学系と異なる分野で研究されることが多いためか、今まで接点がなかった可能性があります。また、今回のような狭い間隔のナノ粒子は、間隔が均等に空いているわけでもなく、きちんと接触しているわけでもない中途半端な物質で、あまり注目されなかったのかもしれませんね」。既存の概念にとらわれない柔軟な発想が鍵となった。
今回の研究の成果は海外の雑誌からも注目された。中村准教授は「自分がこれまでしてきていた超音波による計測技術が、水素の研究テーマに生かされ、新たな発見につなげることができた。とてもうれしかったし、これが研究する上での喜びなんだろうなと改めて思った」と笑顔を見せた。中村准教授は今後、パラジウムに別の金属を合わせた合金などで同様の実験を行い、さらに水素センサとしての能力を高めることができないかを調べていくつもりだ。この研究を応用すると、呼気に含まれる低濃度の水素を感知することも可能になり、医療の面などでの活用が期待される。未来につながる技術だ。

中村准教授にとって研究とは

誰も知らなかった新しいことを見つけることです。そして、自分の発見を世界に発信できる、決して楽ではありませんが、とてもやりがいがあり楽しいことです。

●中村暢伴(なかむら のぶとも)
2001年大阪大学基礎工学部卒業、05年同大学院基礎工学研究科修了、博士(工学)。大阪大学大学院基礎工学研究科助教を経て、19年より現職。10年~11年ハーバード大学客員研究員。

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(2018年9月取材)