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フードロス削減へ。食品の声を聴く。「メタボロミクス」で革新を。

工学研究科 教授 福﨑英一郎

国連世界食糧計画(WFP)によると、世界の食料生産量の3分の1が廃棄され、食べられずに捨てられる食料は20億人分に及ぶ。一方、慢性的な飢餓状態にある人は世界で8億人程度であり、捨てられる食料の半分弱があれば救われる計算になる――。フードロスは言うまでもなく私たちに身近な世界的課題だ。2030年までのロス半減は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の一つでもある。 大阪大学は、さまざまな要因で起こるフードロスの削減を目的に文理融合の研究拠点を新設した。代表の福﨑英一郎教授は、食品の代謝物を網羅的に解析する「フードメタボロミクス」を20年続けてきた第一人者だ.この技術を基盤としてフードロス削減研究に取り組んでいる。今回、「食品が発する声を聴く」研究について話を聞いた。

フードロス削減へ。食品の声を聴く。「メタボロミクス」で革新を。

医療や創薬でなく食品を対象に

 まず、メタボロミクスとはどんな技術か。「人間の体の中で、酵素化学反応でできた糖やアミノ酸、脂肪などの代謝物をメタボライトと言います。メタボライトの網羅的な分析で得られた情報を指紋のように使い、体の状態を知るのがメタボロミクスの目的です」。既に医療や創薬をはじめ、多くの分野で用いられている。人間であれば血液、尿、唾液、呼気などに含まれる代謝物を分析し、病気の診断や薬効などを探ることができるという。

 福﨑教授は、海外でメタボロミクスの名が生まれる前から研究に取り組んでいた。主な対象に医療分野でなく食品を選んだのは「世界一になれるから」だ。実際に、食品機能の中でも「おいしさ」の研究では「熱帯産の農産物のおいしさについて徹底的に解析した世界初の論文を多数出しています」という。また、医師や製薬会社との研究は時間がかかり、中止になるリスクもあるため、「博士課程の学生が在籍中の3年間で論文まで書き終えられるよう、微生物や食品の方がふさわしい」との思いもある。

バナナの「息」を解析し寿命延ばす

 「フードロスを減らしたい」との強い思いから、フードメタボロミクスの技術を使って「おいしさ」とは別に進める研究がある。その象徴がトロピカルフルーツだ。バナナを例にとって話していただいた。バナナはミバエ等の害虫侵入を防ぐ防疫上の理由等から、未熟な緑色のまま低温、無酸素で冬眠状態にして輸入される。入港後、温度を上げ、熟成を促すエチレンガスで目覚めさせ、完熟直前に出荷する。そのプロセスでバナナが出す揮発性成分を網羅的に解析すると、どんな状態かが分かる。食品を破壊せずに「吐く息を解析」するわけだ。

 それがロス削減にどうつながるのか。バナナの例で言えば、完熟一歩手前で量販店に届くと、2日ほどで売らなければ傷み始める。ところが、何らかの事情で仕入れをキャンセルされると、加工業者は捨てざるを得ない。別の出荷先や別用途に回す時間的・金銭的余裕はなく、廃棄処分にも費用とエネルギーがかかるが、捨てて店側から違約金や保険金をもらった方が損失は小さい。「もし、2日の寿命を1日でも2日でも延ばすことができれば、加工できる時間の猶予ができ、捨てるコストよりも損がなくなる」。現実に「ただでもいいから引き取ってもらえたら、捨てない」と言う加工業者は多いという。

 つまり、あまり味を落とさずに食品の寿命、食べられる期間を延ばす技術開発が福﨑教授らの研究目的の一つだ。更にフードロスは食べ物の無駄にとどまらず、廃棄処分によって生じるCO2排出の重大な要因にもなっている。温暖化の原因とされるCO2排出量を国別に見ると「1番は中国、2番が米国だが、3番目のインド一国のCO2排出量よりも、全フードロスに由来する排出量の方が多い」という。福﨑教授がフードロスを「SDGsでも最も大事な課題の一つ」と考えるゆえんだ。

インドネシアに広げた研究

 長年交流のあるインドネシアでも政府や研究機関とともに研究を進める。インドネシアは東南アジアで最大の人口2.7億人を抱え、最大のフルーツ生産国であると同時に、人口あたりのフードロスが多いフードロス大国だ。作物の出来過ぎで相場が値崩れすると、利益が出ないので出荷されずに廃棄される。「収穫して1週間でも保管できれば、相場が変わり、捨てられずに済む。ステークホルダー(利害関係者)に損をさせないこと、その上で環境負荷を減らすものにしないと解決には進まない」。インドネシアと日本で、保管を含め食品寿命を延ばす技術が立証できれば「世界で適用したい」と話す。その意味で「食品の声を聴く」研究は、ロス削減に向けた「キーテクノロジーになる」と考えている。

 フードメタボロミクスの技術開発とアジアへの普及貢献が認められ、福﨑教授は2019年、メタボロミクス国際学会から日本人3人目の終身名誉フェローに選ばれた。「トップであるかはともかく、オンリーワンだとは思います」。研究の独自性は折り紙付きだ。

「共創拠点」で各分野の取り組みも

 とはいえフードロス削減の実現にはさまざまな角度からのアプローチが求められる。大阪大学は昨年秋、福﨑教授をプロジェクトリーダーとして、理系のほか経済学や人文科学など各分野の専門家による「革新的低フードロス共創拠点」を設立した。研究は、流通過程でコンテナ内の食品劣化を計測するセンサや温度履歴を管理するシステム開発▽水産物などの特性を維持したまま保管・流通が可能な新規凍結乾燥技術の開発▽今まで食べなかった未利用植物をゲノム編集などで作物化する▽新技術の社会的受容を促す啓発システム開発などサプライチェーンの最適化▽先進国に多い「消費ロス」削減に向け、環境に配慮したエシカル消費やエシックス(倫理)のレベルを上げるための人材育成――など多岐にわたる。

 「フードロス削減に反対する人はそういない。しかし、新技術があっても実際はなかなか減らない。食べたい物を買い、捨てる自由は個人の権利として担保されている。しかし、かつては想像もできなかった禁煙社会が実現できたように、消費者のエシックスを上げ、『自ら取り組むことで何かいいことが起こる社会なんだ』『フードロスは恥ずかしいこと』というマインドが醸成されていけば、実現できると思っている」。

その時を見据え、食品の声を聴き続ける。

福﨑教授にとって研究とは?

「教育」のためですね。 恩師から「博士号をたくさん育てなさい」と教えられ、 学生らとの共同研究で一生懸命やってきた研究人生です。 Teaching is best way for learning. 50人以上も博士号を取らせることができたのは大きな喜びですね。

■福﨑英一郎(ふくさき えいいちろう)

大阪大学大学院工学研究科 教授

1983年大阪大学工学部醗酵工学科卒、85年同大学院工学研究科博士前期課程醗酵工学専攻修了。85~95年の日東電工(株)研究員を経て、95年大阪大学工学部応用生物工学科助教授、2007年から現職。21年6月から公益社団法人日本生物工学会会長を務める。

(本記事の内容は、2022年9月発行の大阪大学NewsLetter87号に掲載されたものです )

■参考URL

(2022年7月取材)