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より軽量快適・スマートな衝撃吸収を実現! 原子配列を模倣した新メタマテリアルを開発

より軽量快適・スマートな衝撃吸収を実現! 原子配列を模倣した新メタマテリアルを開発

有限要素法(FEM)と機械学習を組み合わせ、複雑な構造設計を自動化

2025-4-18工学系
工学研究科教授小泉 雄一郎

お読みいただく前に・力学メタマテリアルとは

メタマテリアルは、3Dプリント技術などを用いて、自然界に存在する結晶性物質の原子配列のような構造を付与することにより、既存物質では実現不可能な特性を発現させる人工物のことです。従来は電磁気特性を中心に発展してきましたが、近年では力学特性に着目した「力学メタマテリアル」の研究が進んでいます。

研究成果のポイント

  • 原子配列を模倣した新しい力学メタマテリアル(AM-PXCM)を開発:一定の荷重まではほとんど変形せずに、敷居荷重を越えると変形して衝撃を吸収するPXCMを、これまでの一方向への荷重に対応するものから、4つの方向の荷重に対しても発現するように改良したAM-PXCMを新たな力学メタマテリアルとして開発した。
  • 有限要素法(FEM)と機械学習を組み合わせて、複雑な構造の設計を自動化:変形に要する力や、除荷時に受ける影響を、メタマテリアルの設計パラメータからFEM解析により予想するシミュレーションス法を構築し、その学習モデルを作成した。さらに、求める特性を実現する設計パラメータを逆問題解析により導出するモデルを構築した。
  • 開発したメタマテリアルを3Dプリンタで作製し、実験で性能を実証:設計したメタマテリアルを粉末床溶融結合型付加製造(Additive Manufacturing)装置(3Dプリンタ)にて、ポリウレタン樹脂を用いて作製し、その力学特性を評価した。
  • これらの方法による力学メタマテリアルの設計は、原子配列を模倣したメタマテリアルの設計の先駆けであり、事故、災害、スポーツでの怪我の軽減など、様々な分野への適用が期待される。また、同手法は他のメタマテリアル設計にも活用が可能と考えられる。

概要

大阪大学大学院工学研究科の奥川将行助教、鐘ヶ江壮介さん(当時博士後期課程)、小泉雄一郎教授の研究グループは、結晶構造(面心立方構造)の対称性を模倣したPhase Transforming Cellular Material(PXCM)を拡張し、4方向の圧縮変形に対応する構造相転移を実現する新たな力学メタマテリアル(AM-PXCM)を開発しました。

メタマテリアルは、3Dプリントや微細加工により人工的な周期構造を持たせることで、通常の物質では得られない特性を引き出す構造材料です。従来は電磁気特性を中心に発展してきましたが、近年では力学特性に着目した「力学メタマテリアル」の研究が進んでいます。

本研究で設計したAM-PXCMは、特定の方向への圧縮変形により構造相転移を生じるPXCMと呼ばれる力学メタマテリアルに対して、原子が自発的に形成する結晶構造(本研究では面心立方構造)が有する結晶対称性を付与(原子模倣(Atom Mimetics=AM))することで、4つの方向に対する圧縮変形により構造相転移を発現する新しい力学メタマテリアル、「原子模倣メタマテリアル」です。

研究グループは、有限要素法(FEM)を用いた計算機シミュレーションにより、PXCMの圧縮変形による荷重の変化多数実行し、その結果をニューラルネットに学習させて予測モデルを構築しました。その学習済み予測モデルをもとに、逆方向の予測を行うモデルを構築し、求める特性から構造を決定する方法を確立しました。そして、特定の荷重に達すると、結晶性材料では発現しないような構造相転移により衝撃を吸収する性質を、4つの方向に対する圧縮変形により構造相転移を発現する力学メタマテリアルを考案しました。さらに、その特性をFEM解析とニューラルネットを用いた逆問題解析によって設計し、樹脂3Dプリントによって実際に作製し、力学実験により検証しました。

この設計には、FEMと機械学習(ニューラルネット)を組み合わせたデータ駆動型アプローチを採用しています。FEMによる多数のシミュレーションから特性予測モデルを構築し、その逆解析によって、望ましい特性を満たす構造パラメータを導出することに成功しました。

設計された構造は、ポリウレタン樹脂を用いた粉末床溶融結合型3Dプリンタで製作され、実際の力学試験によって、その機能が実証されました。将来的に、この新しい設計方法は、交通事故の衝撃吸収材やコンタクトスポーツ用の防具など、安全性向上を目的としたものへの多様な応用が期待されます。

本研究成果は、「Extreme Mechanics Letter」(オンライン)に、2025年3月26日に掲載されました。

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図1. 原子模倣メタマテリアル(AM-PXCM)を組み込んだヘルメットライナーの写真(左)と、このライナーを組み込んだヘルメットのイメージ(合成画像)(右)
AM-PXCMは、一定の荷重がかかる迄はあまり変形せず、危険な荷重がかかると変形して衝撃を吸収する。さらに、コンパクトに収納でき、軽量で通気性に優れた素材に応用できる。

研究の背景

結晶性材料の力学特性は、負荷された力に応じた原子の位置変化の仕方によって決まります。例えば、微小な変形では、線形的な変化が生じ、負荷を除くと完全に元に戻る弾性変形が生じます。

大きな変形においては、原子同士の位置が大きく離れる(原子サイズの数分の1以上)ため、負荷を除いても元に戻らない、塑性ひずみ(永久ひずみ)が発生します。この塑性ひずみが温度上昇によって回復するのが形状記憶材料です。形状記憶材料として有名なNiTi形状記憶合金では、塑性ひずみがマルテンサイト転移という結晶構造の変化によって行われます。すなわち、力の負荷によって結晶構造が変化することにより塑性ひずみが発生し、温度上昇により結晶構造が元に戻るのに伴って、塑性ひずみが回復します。

このような性質は、限られた原子の組み合わせによってのみ発現します。組み合わせだけでなく、元素の配合組成を厳密に調整する必要があり、性質が発現する温度範囲も限られています。

これに対してメタマテリアルは、構成する任意の物質(元素)に応じて、微細加工技術や3Dプリントで構造を適切に設計することで、性質をコントロールすることができます。これにより、特定の元素でのみ発現が可能な性質を、ありふれた物質で発現させることが可能になります。さらには、原子の振る舞いを参考にし、実際の原子では発現しえない振る舞いをさせることさえも可能です。

ただしどのような構造にすれば、求める特性を発現できるかは大きな課題で、その構造の設計は容易ではありませんでした。しかしながら、最近のデータ駆動型アプローチにより、求める特性を発現する構造を設計することが可能となりつつあります。

研究の内容

本研究では、特定の方向への圧縮変形により構造相転移を生じる Phase Transforming Cellular Material(PXCM)と呼ばれる力学メタマテリアルに対して、原子が自発的に形成する結晶構造(具体的には本研究では面心立方構造)が有する結晶対称性を付与することで、4つの方向に対する圧縮変形により構造相転移を発現する力学メタマテリアルを設計しました。さらに、それらの特性を決定する構成要素(球や曲がり梁)の大きさや長さを、要求特性に応じて決定する方法を確立しました。

具体的には、まず、有限要素法(FEM)を用いた計算機シミュレーションにより、PXCMの圧縮変形による荷重の変化を多数実行し、その結果をニューラルネットに学習させて予測モデルを構築します(図2参照)。その学習済み予測モデルをもとに、逆方向の予測を行うモデルを構築し、求める特性から構造を決定する方法を確立しました。本研究では、特定の荷重に達すると、結晶性材料では発現しないような構造相転移により衝撃を吸収する性質を、4つの方向に対する圧縮変形により構造相転移を発現する力学メタマテリアルを考案し、続いてその特性をFEM解析とニューラルネットを用いた逆問題解析によって設計し、樹脂3Dプリンタで実際に作製し、力学実験により検証しました。要約は以下のとおりです。

設計:  面心立方(FCC)構造に着想を得た対称性をもつ要素構造を設計
シミュレーション: FEMで応力・ひずみ特性を計算し、変態応力や双安定性を評価
機械学習: ニューラルネットワークを用いて、構造パラメータと特性の関係の機械学習
     逆問題解析により所望の特性を実現する構造パラメータを逆算
実証実験: 樹脂3Dプリンタで構造体を作製し、圧縮試験で予測通りの性能を確認

このような設計により、図3に示すような相転移するメタマテリアルの特性制御が可能となります。

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図2. 本研究の内容の概要図:(a) 構造相転移するメタマテリアル(PXCM)に原子模倣(Atom Mimetics)により面心立方構造の結晶対称性を与えて4方向に相転移するPXCMを設計.
(b) FEMシミュレーションと機械学習により設計パラメータからの特性予測のモデルを作成. (c) 3Dプリント実験による検証.

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図3. 3Dプリントした原子模倣メタマテリアルの例(左)と圧縮変形による相転移挙動(右).

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本成果を応用することで、折りたたみ可能な自転車用ヘルメット、アメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツ用の防具、事故時の歩行車の安全性を高める自動車用のバンパーなどへの応用が考えられます。例えば自転車に乗る際のヘルメット着用が義務づけられましたが、持ち運びや収納が煩わしく、定着していません。また夏期には、通気性が悪く蒸れることも、普及の妨げになっています。

本研究で開発したAM-PXCMを適用すれば、コンパクトに収納できて軽量で通気性に優れたヘルメット(図4)の製造や、ラグビーのヘッドギアへの応用ができます。また、アメリカンフットボール、テコンドーなどの、コンタクトスポーツ用の防具は、単に全ての衝撃を吸収するだけでなく、競技として成立するために相手にある程度の衝撃を与える必要があります。AM-PXCMは、通常は剛性が高く衝撃を伝播しますが、危険な荷重がかかった際には負荷された力の原子が移動することによって衝撃を吸収し、選手の怪我を防止します。またAM-PXCMは、自動車事故で大きな被害を受ける歩行者の被害を低減する技術開発への応用も期待されます。自動車の表面をふわふわの柔らかい素材で作成すると、走行時の風圧の抵抗を多く受けてしまいますが、AM-PXCMを自動車のパンパーに適用すると、通常の走行時は剛性の高い状態から変化せず、他の自動車や歩行車などと接触した際にのみ負荷された力の原子が移動することで衝撃を吸収するスマートな衝撃吸収材となることが期待されます。

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図4. 原子模倣メタマテリアル(AM-PXCM)を組み込んだヘルメットライナーの写真(合成画像)(左:図1より再掲)と、自転車用ヘルメットに適用したイメージ(生成画像)(右)

特記事項

本研究成果は、 材料力学や構造材料の力学分野 で著名な学術雑誌Extreme Mechanics Letter誌(Impact Factor:4.3)に2025年3月26日にオンライン掲載されました。

タイトル:“Multi-axed phase-transforming cellular material: a data-driven design and validation using finite-element method and machine learning (多軸相転移セル格子材料:データ駆動型設計と有限要素法ならびに機械学習による立証)”
著者名:Masayuki Okugawa, Sosuke Kanegae, and Yuichiro Koizumi(奥川将行、鐘ヶ江壮介、小泉雄一郎)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.eml.2025.102319

なお、本研究の一部は、科学研究費補助金 学術変革領域(A)JP21H05192「超温度場材料創成学:巨大ポテンシャル勾配による原子配列制御が拓くネオ3Dプリント」により行われました。また本研究の成果を得るまでには、日本学術振興会科学研究費(22K18889:原子を手本にメタマテリアルを創る-形状記憶セル格子多孔体の4Dプリントへの挑戦-)、日本学術振興会特別研究員奨励費(21J20611:3Dプリントを用いた軽量・衝撃吸収・形状記憶メタマテリアル開発)の支援を受けてきました。

参考URL

小泉雄一郎教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/40c33fbbbc6e1de9.html

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 11 住み続けられるまちづくりを
  • 12 つくる責任つかう責任

用語説明

メタマテリアル

自然界には存在しない、人工的に設計・構成された構造体であり、その構造によって電磁波や音波、弾性波などに対して特異な性質を持つ疑似的な材料。負のポアソン比(圧縮荷重方向に垂直な方向にも収縮する性質)など、特異な力学特性を示すものもメタマテリアルに含められる。

電磁気特性

誘電率、透磁率、導電率など、物質が電場や磁場に対して示す性質。可視光を含む電磁波の屈折、伝播などの振る舞いを設計することが可能となる。初期のメタマテリアル研究では、この特性を制御することが主要な目的とされていた。

有限要素法(FEM)

構造物などの対象を小さな要素(領域)に分割し、それぞれの要素への力や熱の伝わり方や、それによる変形などを計算することで、全体の挙動を予測・シミュレーションする解析手法。本研究では、メタマテリアルの設計パラメータから特性を予想するための教師データの作製に用いた。

構造相転移

構造体に外部から力が加わることで、安定な形状から別の安定構造へと急激に変化する現象。結晶材料の相転移のように、外力や温度によって構造そのものが変わる特性を模倣し、力学的な衝撃吸収やエネルギー吸収機能として活用される。

結晶対称性

結晶構造が持つ空間的な対称性のこと。例えば、並進対称性、回転対称性や反転対称性などがあり、面心立方構造(FCC)のような対称性の高い構造は、力学的にも等方的な性質を示しやすい。原子模倣メタマテリアル設計においては、この対称性を模倣することで、多方向に同様の応答性を持つ構造が設計している。