90年来のナゾを解明! 鉄×アルミ化合物の原子配列の規則化過程を予測可能に

90年来のナゾを解明! 鉄×アルミ化合物の原子配列の規則化過程を予測可能に

安価な超弾性・形状記憶合金への応用に期待

2024-5-28工学系
工学研究科教授小泉 雄一郎

お読みいただく前に ・Fe3Alとは

Fe3Al(アルパーム)は、鉄原子とアルミニウム原子を3:1の割合で規則的に3次元的に配列した構造(D03型構造)を有する金属間化合物です。熱処理や組成(配合割合)によって特性が大きく変化する特徴があります。1933年に発見されて以来、磁性材料や構造用材料として研究され、また原子の規則配列についての基礎研究のモデル材料としても長らく研究されてきました。

その性質変化には、鉄とアルミニウム原子の規則配列が関係すると考えられており、2000年頃には超弾性や形状記憶効果など、高価なニッケル-チタン合金が示す特性を示すことも発見されています。

Fe3Alは安価な鉄とアルミニウムで構成されていることから、大きな部材の用途に適用でき、制震材料などへの応用が期待されています。

研究成果のポイント

  • 鉄とアルミニウムの金属間化合物であるFe3Alの原子配列について、全体的な規則配列の発達と、界面での局所的な規則配列の位相の変化が同一の機構で説明できることを実証し、規則化速度の理解を大きく進展
  • この実証においては、コンピュータシミュレーションで得た3次元形状を定量評価する手法も重要な役割を果たした
  • Fe3Al以外の物質での原子の規則配列の理解も一歩進め、Fe3AlのD03型規則構造と類似の規則配列をもつ材料(機能性材料強磁性形状記憶合金、スピントロニクス用ハーフメタルなど)の熱処理最適化による高性能化にも貢献
  • Fe3Alの3Dプリントで超弾性や形状記憶特性を活用し易くし、免震構造部材の3Dプリントへ応用するための研究を遂行中

概要

大阪大学大学院工学研究科の柳玉恒特任助教(常勤)、奥川将行助教、小泉雄一郎教授らのグループは、名古屋大学大学院工学研究科の足立吉隆教授との共同研究により、Fe3Alという物質中の鉄原子とアルミニウム原子の規則配列の速度と原子の移動のし易さの関係における約90年に渡る長年の問題を解決しました。

研究チームは、熱処理実験と電子顕微鏡観察による実験データを取得し、3次元的な領域境界の移動と2次元的界面移動速度との関係をコンピュータシミュレーションで評価することで、両者の関係を明らかにしました(図1)。具体的には、D03型構造が形成される際に、「ランダムな状態から規則的に並び始める際の速度」と、「原子の並ぶ順番に食い違いが生じた境界(逆位相境界と呼ばれる)で境界上にある原子の位置が置き換わるとき(図4)の速度」とほぼ同じであることが分かりました。これにより、全体的な規則配列の発達と、界面での局所的な規則配列の位相の変化は、同一の機構で説明できることを実証できました。この成果は、Fe3Alの超弾性や形状記憶特性などの特性を調整するための熱処理方法を最適化したり、長期間の特性変化を予測したりするデジタルツインの構築に役立ちます。さらに、この成果は、Fe3Alと類似の結晶構造を有するスピントロニクス材料などの性能の向上にも役立てられるものと期待されます。

本研究成果は、Acta Materialia誌に2024年4月25日にオンライン掲載されました。

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図1. 逆位相境界移動の計算と実験の比較と係数の導出

研究の背景

金属材料の特性は原子の配列に強く依存します。中でも2種類以上の元素から構成される規則合金の特性は、異なる種類の元素の配列の規則性によって変化することが知られます。

Fe3Alは、鉄原子とアルミニウム原子が3対1を基本とする割合で配合された物質であり、熱処理や組成(配合割合)によって特性が大きく変化します。1933年に発見され、磁性材料や構造用材料としても研究され、また原子の規則配列についての基礎研究のモデル材料としても研究されてきました。1940頃には磁性材料として研究され、軟磁性材料として「アルパーム」合金と命名されました。

その頃から、1000℃以上の高温から水中に急冷したり、300℃、500℃程度の温度で保持したりすると性質が変化することが知られており、その理由として鉄とアルミニウム原子の規則配列が関係していると考えられていました。その後の2000年頃には、通常の金属では元に戻らない程にまで大きく変形しても、加えた力を取り除くと元の形に戻る特性である超弾性や、変形後温度を上げると形状が元に戻る形状記憶効果を発現することが、大阪大学大学院工学研究科の安田弘行博士(現在教授)らの研究で発見されました。これらの特性を発現する材料としてはチタン-ニッケル合金などがありますが、Fe3Alは安価な鉄とアルミニウムで構成されていることから、より多く、大きな部材の用途に適用することで、制震材料などへの応用が可能と期待されています。但し、その特性を決定する原子の規則配列を制御する熱処理条件の最適化については、実験的な試行錯誤に依らざるを得ませんでした。

金属結晶中の原子が移動する速度の指標となる原子の移動度については、二種類以上の元素が混じり合う速度や放射性同位体元素の移動速度から評価される拡散データがありました。原子の規則配列は原子の移動の繰り返しによって生じるため、拡散データから、原子の規則配列の速度も予測できると考えられてきましたが、実証はされていませんでした。その予測が可能となれば、特性を制御するための熱処理の条件を最適化したり、長期間の使用における特性変化の予測ができるデジタルツイン技術の構築が実現したりすると期待されます。しかしながら、規則配列の形成過程と原子の移動速度との間の定量関係は不明なままでした。

その理由として、規則配列の発達する過程を、結晶全体の平均的な原子配列の規則性の変化と規則配列の位相のずれた領域同士の界面の移動と原子の移動との関係が明確ではなかったことがありました。さらには、界面の3次元形状およびその変化を実験観察することができないことも長年の問題でした。

2000年ごろ、超弾性・形状記憶特性が注目された際に、大阪大学の助手となった小泉雄一郎教授は規則配列の制御が重要になると考え、原子の移動速度と規則配列の形成速度を関連付ける研究に着手しました。当初は、容易に解決できる課題であると考えていましたが、一筋縄ではいきませんでした。その理由として、(i) 原子の規則配列が形成される過程が、直接隣り合う原子同士の種類が規則的になる過程と、(ii) 規則配列ができた領域同士が出会った際に規則配列にずれがある場合に形成される界面の移動と消滅する過程があり、特に(ii)の界面移動速度を決める因子が明確では無かったことがありました。熱処理と電子顕微鏡による観察を繰り返すことにより界面移動の実験データを蓄積するなかで予想外の変化を発見しました。2007年にFe3Alの規則化の研究やフェーズフィールド法で用いられるAllen-Cahnの式で著名であったマサチューセッツ工科のSamuel Allen教授のもとに1年間留学し、Fe3Alの規則化過程のフェーズフィールド法を学びました。フェーズフィールド(PF)法については、当時、物質材料研究機構におられた小山敏幸博士(現在名古屋大学教授)から基礎を教わりました。Allen教授とは、根本的な考え方と、計算結果の解釈について議論を重ねていました。その成果として、規則ドメイン(Ordered Domain)境界に、原子の抜け落ちた格子欠陥である原子空孔が多く存在し、それが界面移動を促進することを考慮した計算モデルを構築しました。それを発表した論文は同年の大阪大学論文100選にも選ばれました。さらに温度と合金組成に依存して規則ドメイン境界にAl濃度が高くなったり低くなったりすることも示しました。その成果は、種々の合金における様々な界面への溶質元素が集まる界面偏析と呼ばれる現象をフェーズフィールド法で予測する研究へと発展しました。Fe3Al中の規則化過程の研究は約10年間暖め続けて、2018年に大阪大学教授に着任したのを機に、再度Fe3Alの規則化の研究に本格的に着手しました。2019年からは、原子拡散の研究経験をもつ奥川助教が、2021年からは熱力学計算の研究経験をもつ柳特任助教が研究室に加わり、逆位相境界(APB: AntiPhase boundary)移動の研究が大きく進展し、今回の研究成果が得られることになりました。

研究の内容

今回、20年前に蓄積した逆位相境界の3次元成長のデータを改めて解析し直して、原子の規則配列速度の温度依存性が、原子の規則配列が崩れた不規則状態にあるFe3Al中の原子の移動速度の温度依存性によって説明できることを示すことができました。さらに、名古屋大学の足立吉隆教授の協力を得て、各界面の曲率を評価することで、様々な方向へ複雑に界面が移動する3次元での規則化過程と2次元での規則化過程速度の定量的な関係を明らかにすることも可能となり、2次元断面で切り取って観察することしかできていなかった3次元的な界面移動を評価することが可能となりました。

2種類以上の元素が格子上で規則的に配列し、碁盤目に揃うその過程には、大きく分けて2つの段階があります。例えば、碁盤目の上に白と黒の碁石をランダムに置いた状態から、白黒を交互に規則正しく並べようとする場合、白と白が隣り合っているところを見付けたら、それを解消するように、その一方とその周囲にある黒の碁石とを入れ換えることで、配列の規則性が高くなります。また、黒と黒が隣り合っているところを見付けたら、その一方とその周囲にある黒の碁石とを入れ換えます。これを繰り返すことで、全体が規則配列すると考えられます。一人が一つの端から順に規則的に並べると全体を規則正しく並べることができます。しかし、4人の人がそれぞれ四つ角から、白黒白黒…あるいは、黒白黒白と並べ始めると、それぞれから規則的に配列した領域が出会った際に、まるでボタンを掛け違えたように、白と白あるいは黒と黒が隣り合ってしまう配置になる場合があります。こうなると、白と白あるいは黒と黒が隣り合う領域の境界上の碁石の位置を一つずつずらしていかねばなりません(図2)。

これと同じようなことが、2種類の原子を規則的に配列させる際にも生じます。Fe3Alは鉄原子とアルミニウム原子を3:1の割合で規則的に3次元的に配列した構造(D03型構造)を有しています(図3)。図3左は、図3右に記した4副格子モデルにて、青のδサイトにアルミニウム原子を置いた場合の図です。αサイト(黄色),βサイト(マゼンタ)、γサイト(緑色)のうちのどれかをアルミニウムにして他を鉄原子にすることでも等価な結晶ができますが,どこにアルミニウム原子があるかによって区別される領域(規則ドメイン)が形成されます。この研究では、D03型構造が形成される際に、原子の並べかえ易さが、「ランダムな状態から規則的に並べ始める際の速度」と、上記のように「原子の並ぶ順番に食い違いが生じた境界(逆位相境界と呼ばれる)が生じた状態で境界上にある原子の位置を置き換えるとき(図4)の速度」とほぼ同じであることを、詳細な実験データとコンピュータシミュレーションにより解明しました。

このように、20年以上にわたり研究してきたFe3Alの規則化過程が、実世界の現象をコンピュータシミュレーションで再現し、それを解析するデジタルツイン科学研究により明らかとなりました。この成果は、Fe3Alに超弾性や形状記憶特性を発現させるための最適な熱処理条件を、試行錯誤に依らずに決定する技術や、使用中に規則配列が変化して特性が変化することを予測する技術の構築に役立つものと期待されます。

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図2. 碁盤目状に ランダムに並んだ白とくろの碁石(左)と規則配列した領域同士の位相がずれた界面

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図3. Fe3AlのD03型規則構造(左)と4副格子モデル

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図4. Fe3Alの規則ドメイン境界 (APB)近傍での原子空孔(v)の移動によるAPBの移動. 背景の色は図3右の4副格子モデルにおけるアルミニウム原子の位置の色と対応させている。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

この成果は、鉄とアルミニウムが3:1で混合されたFe3Alという物質の中での境界の動き易さをコントロールするための熱処理条件の最適化や、高温での使用時の特性の変化を予測するために重要な情報となります。

さらに、Fe3AlのD03型構造と共通性の高いL21型構造を有する物質には様々な魅力的な特性を有する物質があります。L21型構造を有する物質には磁場によって形状が変化する強磁性形状記憶効果や、電子のスピンの向きによって、電気伝導性と絶縁性を示す物質があり、電子のスピンを利用した新しい情報記録や演算を可能にするスピントロニクス材料としても期待されています。本研究の成果は、これらの物質の中での原子の規則配列を理解する上でも役立つと期待されます。

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図5. 規則ドメイン(逆位相領域と同義)と、規則ドメイン境界(逆位相領域境界、熱的逆位相境界)の定義

特記事項

本研究成果は、材料科学分野で著名な学術雑誌Acta Materialia誌(Impact Factor 9.4)に2024年4月25日にオンライン掲載されました。同誌の印刷版は、2024年5月24日に発行されました。

タイトル:“Resolving the long-standing discrepancy in Fe3Al ordering mobilities: A synergistic experimental and phase-field study (Fe3Alの規則化移動度に関する長年の矛盾の解消:実験とフェーズフィールド計算の協調(シナジー)的研究)”
著者名: Yuheng Liu, Madoka Watanabe, Masayuki Okugawa, Takashi Hagiwara, Tsubasa Sato, Yusuke Seguchi, Yoshitaka Adachi, Yoritoshi Minamino, Yuichiro Koizumi, (柳玉恒、渡辺まどか、奥川将行、萩原尚、佐藤翼、瀬口侑右、足立吉隆、南埜宜俊、小泉雄一郎)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.actamat.2024.119958

なお、本研究の一部は、科学研究費補助金 学術変革領域(A)JP21H05192超温度場材料創成学:巨大ポテンシャル勾配による原子配列制御が拓くネオ3プリントにより行われました。また、本研究は、これまでに、文部科学省平成19年度大学教育の国際化推進プログラム(海外先進研究実践支援)、2006 年度 (財) 山田科学振興財団長期間派遣協同研究、第19回 鉄鋼研究振興助成、日本学術振興会科学研究費(21H05018, 21H05193, 21H05192, 21H05194, 23K13578)の支援を受けてきました。

参考URL

小泉雄一郎 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/40c33fbbbc6e1de9.html

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 11 住み続けられるまちづくりを
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

D03型構造

体心立方構造を2x2x2に8つ並べて形成される構造の体心位置の原子の半分を規則的に異種原子を置換して形成される結晶構造(空間群:Fm‾3m)Fe3Alの場合、基本格子Feで構成され、体心位置の半分をAl原子が占有する。Al原子同士は隣接しない。

超弾性

通常の金属では元に戻らない程にまで大きく変形(降伏荷重を超える荷重による塑性変形による永久ひずみが残る程度の変形)しても、加えた荷重を取り除くと元の形に戻る特性である。チタン-ニッケル合金などで発現する超弾性は、熱弾性型マルテンサイト変態とよばれる、変形による結晶構造変化(相転移)とその逆過程(逆方向の相転移)によって発現するのに対して、Fe3Alの超弾性は、規則ドメイン境界により超格子転位対を構成する二本の転位のうちの後続転位が運動できず、変形中に先導転位の背後にAPBが形成され、除荷時にはそのAPBによる張力により先導転位が引き戻されることで発現する(参考: H.Y. Yasuda et al. Acta Materialia 51 (2003) 5101)。

形状記憶効果

通常の金属では元に戻らない程にまで大きく変形(降伏荷重を超える荷重による塑性変形による永久ひずみが残る程度の変形)しても、温度を上昇させると、結晶構造が元にもどり、それにともない変形で導入されたひずみが回復し、形状が回復する現象。

規則ドメイン(Ordered Domain)(図5)

二種類以上の原子が規則配列した領域。特に、同じ規則配列の位相がずれた界面である逆位相境界(Antiphase Boundary)で囲まれた領域のことを示す。逆位相領域(APD: AntiPhase Domain)とも呼ばれる。位相が同一の規則配列をもつ連続した領域。反位相領域とも呼ぶ。

逆位相境界 (APB: AntiPhase boundary)

規則配列の位相のずれによる界面。規則化熱処理で不規則相から規則ドメインが形成される際、規則ドメイン同士の規則配列の位相がずれている場合に、規則ドメイン同士の間に形成される。規則ドメイン境界(Ordered Domain Boundary)とも呼ばれる。また、規則相中の転位すべりによる塑性変形を担う超格子分転位対の間にも形成される。熱処理で形成されるAPBであることを強調する場合は熱的逆位相境界(Thermal APB)と呼ばれる。Fe3Alにおける超弾性や形状記憶効果発現に、熱的APBと超格子分転位対の間に形成されるAPBとの反応が関係している。そのため、熱的APB(規則ドメイン境界)の分布は、超弾性や形状記憶特性に影響することから、本研究で示した原子の移動と規則ドメイン境界の移動速度との関係は、熱処理最適化で重要となる。さらに、高温での使用中には、規則ドメイン境界が移動して特性が変化することもある。そのため、本研究の成果は、使用中の規則ドメイン成長による特性変化の予測で重要となる。

逆位相領域境界

APDB: AntiPhase Domain Boundary。位相の食い違う二つの領域の境界。局所的な原子配列は逆位相領域逆位相境界と同じであるが、規則変態時に形成されるものを示し、一般に湾曲した形態をもつ。小泉教授(当時助教)は2008年には,中野貴由大阪大学教授らと軽量耐熱材料Ti3Alにおいて、APDBを制御することにより強度が最大で6倍にも向上することを明らかにしている。(参考:Y. Koizumi, Y. Minamino, T. Nakano, Y. Umakoshi. Philos. Mag. 88 (2008) 465-488.)