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ペリスタルティックポンプを用いたシミュレーションで解明! アミロイド線維が作られるメカニズム

ペリスタルティックポンプを用いたシミュレーションで解明! アミロイド線維が作られるメカニズム

アミロイドーシス発症の仕組みに迫る新技術

2025-2-25生命科学・医学系
工学研究科特任研究員後藤祐児

研究成果のポイント

  • アミロイド線維が生体内で形成されるメカニズムを、チューブをローラーでしごいて送液するポンプ(ペリスタルティックポンプ)を用いたシミュレーションで解明
  • ペリスタルティックポンプがせん断ストレスを引き起こし、それによりタンパク質がアミロイド線維を形成することを発見
  • 高齢化に伴って頻発するアミロイドーシスの発症化機構の解明を目指すさまざまな取り組みがあるが、生体内でのアミロイド形成のトリガー刺激の詳細は不明だった。
  • アミロイドーシス発症機構の解明、アミロイドーシス発症リスクの評価などの研究に貢献することに期待

概要

大阪大学大学院工学研究科の後藤 祐児特任研究員、太田 朝貴さん(博士後期課程)、荻 博次教授、新潟大学大学院医歯学総合研究科の山本 卓教授らの研究グループは、チューブをローラーでしごいて送液するポンプ(ペリスタルティックポンプ)が引き起こす「せん断ストレス」が原因でアミロイド線維という物質ができることを発見しました。

アルツハイマー病、パーキンソン病、透析アミロイドーシスなどのアミロイドーシスは、それぞれの特定の原因タンパク質が、何らかの刺激を受けて、物質の結晶に類似した構造のアミロイド線維を形成することにより発症します。高齢化に伴って頻発するアミロイドーシスの発症化機構の解明や、アミロイドーシスの治療、予防を目指すさまざまな取り組みがありますが、生体内でアミロイド形成のきっかけとなる刺激の詳細は不明でした。

研究グループは、ペリスタルティックポンプと、蛍光検出器、蛍光顕微鏡を使って、アミロイド線維が形成し、流路を流れていく様子をリアルタイムに観察しました(図1)。個々のアミロイド線維は直径10 nm、長さ10 mm以上の剛直な形状をしていますが、これらが集合すると、もやもやとした綿毛のかたまりのようです。これらが形状を変えながら、細い流路の中を流れていく様子が観察されました。また、タンパク質の種類に依存した特徴も明らかとなりました(図2)。

これにより、ペリスタルティックポンプのぜん動運動が、特に強いせん断ストレスをもたらすことをシミュレーションによって示しました。

このシステムを発展させることで、微量の生体試料のアミロイド形成リスクを評価することができます。これにより、アミロイドーシス発症機構の解明、アミロイドーシス発症リスクの評価などの研究開発に貢献することが期待できます。

本研究成果は、英国科学誌「npj biosensing」に、2025年1月31日(日本時間)に掲載されました。

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図1. ペリスタルティックポンプを用いたアミロイド誘導・観測システムの概要

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図2. ペリスタルティックポンプによるaシヌクレイン(a-c)とアミロイドb (d-f)のアミロイド形成。(a, d)ThT蛍光検出器で観察した時間経過、(b, e)蛍光顕微鏡画像、(c, f)電子顕微鏡画像。

研究の背景

アミロイドーシスは原因タンパク質が異常に変化してアミロイド線維という物質を作り、それが体の組織にたまる病気の総称です。アルツハイマー病、パーキンソン病、透析アミロイドーシスをはじめヒトでは30種類以上が知られています。これらは異なった原因タンパク質が変性して直径10 nm、長さが数mの細長い線維を作り、それが組織にたまることによって発症すると考えられています。アミロイドーシスには遺伝によるものと加齢によるものがあります。遺伝による場合は、原因タンパク質のアミノ酸が変異することが原因で、加齢による場合は年を取ることがリスクとなります。

これまでの研究から、アミロイド線維は結晶のような構造を持ち、過剰に存在する変性タンパク質が何らかの刺激(トリガー)で析出してできることがわかっています。試験管内ではトリガーとして、溶液の撹拌や、超音波刺激を用いることで刺激を与えますが、生体内で何がトリガーとなっているかは不明でした。

最近の研究では、「溶液の流れ(Fluid flow)」が注目され、生体内にある血液、リンパ液、間質液における流れが引き起こす「せん断ストレス」がタンパク質凝集に影響を及ぼしていることが注目されるようになっていました。

研究の内容

研究グループは、超音波や溶液の撹拌などのトリガーに依存したアミロイド形成反応を調べる中で、単にペリスタルティックポンプを通すだけで、モデルタンパク質であるニワトリ卵白リゾチームがアミロイド線維を形成することに気づきました。さらにパーキンソン病の原因となるαシヌクレイン、アルツハイマー病の原因となるアミロイドAb、透析アミロイドーシスの原因となるβ2ミクログロブリンなどでも、ペリスタルティックポンプによってアミロイド線維を形成することを確認しました。

ペリスタルティックポンプとチオフラビンTの蛍光検出、チオフラビンTを用いた蛍光顕微鏡観察を組み合わせた循環システムにより、アミロイド形成の時間変化と、アミロイド凝集体の形状とその変化をリアルタイムで観察できました。論文ではこれらを動画として掲載しています。全てのタンパク質に共通してアミロイド線維が集合してもやもやとした綿毛状の塊となり、直径1 mmの流路の中を層流にのって形状を変えながら流れていきました。アミロイドAbアミロイド線維は特に粘着性があり、それ自身で更に大きな塊となり、観測セルに吸着する様子が観察されました。また、β2ミクログロブリンではアミロイド前駆体が、まるで蛍の光のように点滅する様子が観察されました。

ペリスタルティックポンプによるせん断ストレスを有限要素法(FEM)解析したところ、通常の層流に比べて1万倍も高いことが示唆されました。また、循環システムを周回するアミロイド線維の成長と希釈の様子をモデル計算によって再現することができました。

今回のシミュレーションにより、ペリスタルティックポンプのぜん動運動が、特に強いせん断ストレスをもたらすことが示されました(図3)。汎用機器であるペリスタルティックポンプが極めて強いせん断ストレスを引き起こし、アミロイド形成を誘導することは、全く予想外の結果でした。

ペリスタルティックポンプによるアミロイド形成の可能性は全く新たな発見であり、医療現場のペリスタルティックポンプがそのようなリスクを含んでいないか、今後慎重に検討する必要があると考えられます。

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図3. FEM解析によるペリスタリックポンプのせん断ストレスの評価。
通常の層流に比べて1万倍も高いことが示唆された。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

生体には、微小血管、リンパ管をはじめ強いせん断ストレスを受ける流路がたくさんあります。本研究において、これらがアミロイド形成の開始地点となっていることが解明されました。これにより、生体におけるアミロイド発症機構の理解が大きく進み、アミロイドーシスの予防や治療にも貢献することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年1月31日(日本時間)に英国科学誌「npj biosensing」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Peristaltic pump-triggered amyloid formation suggests shear stresses are in vivo risks for amyloid nucleation”
著者名: Yuji Goto, Tomoki Ota, Wenlou Yuan, Ikuko Yumen, Keiichi Yamaguchi, Hirokazu Matsuda, Suguru Yamamoto, and Hirotsugu Ogi
DOI:https://doi.org/10.1038/s44328-025-00027-0

なお、本研究は、株式会社ダイセルの出資により設立されたマイクロソノケミストリー共同研究講座(2022年6月-2027年3月)の成果であり、大阪大学蛋白質研究所共同研究(CR-24-02)、科学研究費助成事業(22H02584, 24K11427, 20K06580)の一環として行われました。

参考URL

後藤祐児 特任研究員 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/4cc38461e3f42b32.html

ホームページ
https://supersaturation.sakura.ne.jp/

荻博次 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/b9973cefea8ff4b2.html

工学研究科物理学系専攻・精密工学コース・量子計測領域(荻研究室)HP
http://www-qm.prec.eng.osaka-u.ac.jp/pmwiki/pmwiki.php

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

ペリスタルティックポンプ

シリコンなどの軟質チューブをローラーでしごいて送液するポンプであり、チューブポンプ、ローラーポンプとも呼ばれる。溶液と接する箇所はチューブ内のみのため、汚染されず、無菌的に送液する事もできるため、医療現場でよく使われる。ペリスタルティックポンプは血液透析にも用いられている。

せん断ストレス

流体の壁面とそれと直交する位置で流れの速度に差があるとき、流体の内部で生じる単位面積当たりの力をせん断ストレスと呼び、さまざまな効果を引き起こすことが知られている。細い流路を溶液が流れる場合、粘性の効果により流路の中心の流れが速く、壁面は遅い。このため壁面からの位置に依存したせん断ストレスが作用し、流路内のタンパク質凝集体は形状に依存して、回転したり、方向がそれたり、あるいは形状が変形したりする。生体内においても微小血管、リンパ液、間質液などでせん断ストレスが生じている。

アミロイドーシス

生体内でタンパク質がアミロイド線維と呼ばれる針状の異常な塊を作った時に引き起こされる病気の総称。アミロイドーシスの代表として、アルツハイマー病、パーキンソン病、Ⅱ型糖尿病などが挙げられる。治療法が確立されていない難病が多く、その予防や治療は重要な研究課題となっている。研究グループのこれまでの研究から、アミロイド線維の形成は、塩の結晶化や水が氷になるのと類似した反応であり、原因物質の過飽和状態(あるいは過冷却状態)が解消されて起きることがわかってきた。