iPS細胞から作製した角膜上皮細胞シートを移植する 世界初の臨床研究を完了

iPS細胞から作製した角膜上皮細胞シートを移植する 世界初の臨床研究を完了

安全性の問題が発生せず、患者の視力回復に成功

2024-11-8生命科学・医学系
医学系研究科教授西田幸二

研究成果のポイント

  • 世界初、ヒトiPS細胞由来の角膜上皮細胞シート移植を4例の角膜上皮幹細胞疲弊症患者に実施。
  • 全症例で腫瘍形成や拒絶反応といった安全性の問題が発生せず、重篤な角膜混濁の患者の視力が回復。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の西田幸二教授(眼科学)らのグループは、ヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作製した他家角膜上皮細胞シートを角膜上皮幹細胞疲弊症の患者に移植するFirst-in-human(ヒトに初めて投与する)の臨床研究を行いました。

全4例で腫瘍形成や拒絶反応といった問題が発生せず、安全性が確認されました。また、全例で角膜上皮幹細胞疲弊症の病期の改善、矯正視力の改善、角膜混濁の減少が認められ、有効性を支持する結果を得ました。

本研究成果は、英国科学誌「Lancet」に、2024年11月8日(金)午前8時30分(日本時間)に公開されました。

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図1. iPS細胞由来角膜上皮細胞シートの作製から移植まで
SEAMについては用語解説参照

研究の背景

角膜上皮の幹細胞が消失して角膜が結膜に被覆される角膜上皮幹細胞疲弊症の治療にあたっては、ドナー角膜を用いた角膜移植での拒絶反応やドナー不足といった課題があります。

このような課題を抜本的に解決するために、研究グループはヒトiPS細胞を用いた角膜上皮再生治療法の開発を進めてきました。2019年3月に、iPS細胞から角膜上皮細胞シートを作製し角膜疾患患者に移植して再生する臨床研究計画に対して厚生労働省より了承が得られ、臨床研究を開始しました(図1)(プレスリリース参照:https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190306_1)。そして2022年に全4例の観察期間を完了し、この程、その評価結果がまとめられました。

研究の内容

研究グループは、ヒトiPS細胞から作製した他家角膜上皮細胞シート(図2)を角膜上皮幹細胞疲弊症の患者4名に世界で初めて移植して1年間の安全性及び有効性を評価する観察期間と、主に安全性を評価する追加1年の追跡調査期間の経過観察を行いました(図3)。症例1と2は免疫抑制剤内服有り、症例3と4は免疫抑制剤内服無しで経過観察を行いました。

主要評価項目である有害事象について、腫瘍形成や臨床的拒絶反応などを含む重篤な有害事象は、2年間の観察期間および追跡調査期間中に発生しませんでした。 その他の有害事象についても臨床的に重要なものではなく、後遺症なく対処することができました。副次評価項目について術後1年時点で、全症例において角膜上皮幹細胞疲弊症の病期の改善(図4)と角膜混濁の減少が認められました。矯正視力は術前と術後1年を比較すると、症例1で0.03が0.3に改善、症例2で0.01が0.15に改善、症例3で0.15が0.7に改善、症例4で0.02が0.04に改善しました。角膜上皮欠損、自覚症状、QOLアンケートのスコア、角膜新生血管はほとんどの症例で改善もしくは不変でした。

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図2. iPS細胞由来角膜上皮細胞シート

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図3. iPS細胞由来角膜上皮細胞シート移植前後の前眼部写真

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図4. 角膜上皮幹細胞疲弊症の重症度の経過(全4例)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究において、ヒトiPS細胞由来の角膜上皮細胞シートを他家移植するFirst-in-Human臨床研究を世界で初めて実施しました。今後、治験につなげて標準医療に発展させることを目指しています。本法は、既存治療法における問題点、特にドナー不足や拒絶反応などの課題を克服できることから、革新的な治療法となりうるものです。角膜疾患により失明状態にある世界中の患者の視力回復に貢献することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、英国科学誌「Lancet」に、2024年11月8日(金)午前8時30分(日本時間)に公開されました。
タイトル: ”Induced pluripotent stem-cell-derived corneal epithelium for transplant surgery: a single-arm, open-label, first-in-human interventional study in Japan”
著者名:Takeshi Soma, M.D.,1)※ Yoshinori Oie, M.D.,1)※ Hiroshi Takayanagi, M.S.,1)※ Shoko Matsubara, B.A.,1) Tomomi Yamada, Ph.D.,2) Masaki Nomura, Ph.D.,3) Yu Yoshinaga, M.D.,1) Kazuichi Maruyama, M.D.,1,4,5) Atsushi Watanabe, M.D.,1) Kayo Takashima, PhD,6) Zaixing Mao, Ph.D.,7) Andrew J. Quantock, Ph.D.,8), Ryuhei Hayashi, Ph.D.,9) and Kohji Nishida, M.D.,1,5,10) *
※Equally Contributed (*責任著者)
所属:
1. 大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)
2. 大阪大学医学部附属病院未来医療開発部
3. 公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団細胞調製施設
4. 大阪大学大学院医学系研究科視覚情報制御学共同研究講座
5. 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア部門(iFremed)
6. 京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門
7. 株式会社トプコンアイケア事業本部アイケア先端開発部
8. The School of Optometry and Vision Sciences, Cardiff University, Cardiff, United Kingdom
9. 大阪大学大学院医学系研究科幹細胞応用医学寄附講座
10. 大阪大学 ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)
本論文は以下のURLからご確認いただけます。
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)01764-1/fulltext
DOI:https://doi.org/10.1016/S0140-6736(24)01764-1

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「再生医療実現拠点ネットワークプログラム 再生医療の実現化ハイウェイ」(iPS細胞を用いた角膜再生治療法の開発)および「再生医療実用化研究事業」(iPS細胞由来角膜上皮細胞シートのfirst-in-human 臨床研究)、「再生医療実用化基盤整備促進事業」(再生医療等臨床研究推進拠点病院の構築と運営)の支援のもと行われました。

なお、本プレスリリースで掲載した図2~4は、Lancet誌に著作権があり、許諾を得て使用しています。

用語説明

iPS細胞

人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)のこと。体細胞に特定因子(初期化因子)を導入することにより樹立される、ES細胞に類似した多能性幹細胞。山中伸弥教授(京都大学)らが、世界で初めて2006年にマウスiPS細胞、2007年にヒトiPS細胞の樹立に成功した。

角膜上皮幹細胞疲弊症

角膜上皮の幹細胞が存在する角膜輪部が疾病や外傷により障害され、角膜上皮幹細胞が完全に消失する疾患。角膜内に結膜上皮が侵入し、角膜表面が血管を伴った結膜組織に被覆されるため、高度な角膜混濁を呈し、視力障害、失明に至る。本疾患の原因としては、熱傷やアルカリ腐蝕、酸腐蝕、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡などがある。

SEAM

Self-formed ectodermal autonomous multi-zoneの略で、ヒトiPS細胞から誘導される同心円状の4つの帯状構造からなる2次元組織体のこと。発生期の眼を構成する主要な細胞群(角膜上皮、網膜、水晶体上皮など)が特定の部位に出現する。