子ども時代の地域・学校での肯定的体験が 逆境体験者の疾病リスクを半減
研究成果のポイント
- 子ども時代に虐待・ネグレクトを受けるといった逆境的な家庭環境で育ったとしても、地域・学校における肯定的体験が豊かであれば、成人期の疾病リスクは軽減されることを発見。
- これまでに、逆境体験者は生涯にわたって心身の疾病リスクが高いことがわかっている。近年、子ども期の肯定的体験は、逆境体験の長期的な悪影響を軽減するという報告が増えているが、コミュニティにおける肯定的体験の役割は十分に検討されていなかった。
- 子どもたちの肯定的体験を豊かにする地域・学校の取り組みが、逆境体験者の疾病予防になる可能性が示唆された。
概要
大阪大学大学院人間科学研究科の三谷はるよ准教授と京都大学大学院医学研究科の近藤尚己教授らの研究グループは、約2.9万人の全国調査データを使って、地域・学校での肯定的体験が、逆境的な家庭環境下で育った子どもが成人期に負う疾病リスクを半減することを世界で初めて明らかにしました(下図)。
これまで、虐待・ネグレクト被害などの子ども期の逆境体験(adverse childhood experiences: ACEs)を経験した人ほど、成人期において心臓病やがんなど、様々な疾患に罹りやすいことがわかっていました。しかし、その悪影響を緩和する保護要因(とくにコミュニティにある保護要因)については十分に明らかにされていませんでした。
今回、研究グループは、コミュニティ関連の子ども期の肯定的体験(community-related positive childhood experiences: CPCEs)に着目し、18歳までの地域・学校での肯定的体験(親以外の信頼できる大人/支えてくれる友人/学校への帰属意識/地域の伝統行事)が多いほど、逆境体験と身体的・精神的疾患の関連は弱まることを見いだしました。これにより、子ども時代に地域・学校において良好な人間関係を築けるように支える取り組みが、逆境下で育った人々の疾病予防につながる可能性が示唆されます。
本研究成果は、国際医学雑誌「BMJ Open」に、6月25日(火)15時(日本時間)に公開されました。
図. 逆境体験(ACEs)とコミュニティでの肯定的体験(CPCEs)による疾病リスク(調整有病率の予測値)の違いn=28,617
研究の背景
これまで、18歳になるまでの虐待・ネグレクト被害、家庭の機能不全(DVの目撃、家族の依存症・精神疾患等)といった子ども期の逆境体験(adverse childhood experiences: ACEs)が、身体的・精神的健康に長期的な悪影響を及ぼすことが知られていました。近年、子ども期の肯定的体験(positive childhood experiences: PCEs)が、保護要因としてACEsの悪影響を軽減する可能性が指摘されています。しかし、コミュニティ関連の子ども期の肯定的体験(community-related positive childhood experiences: CPCEs)が、健康状態の改善に独立した影響を及ぼすか、また、ACEs と成人期の病気との関連を和らげるかどうかについては十分に検討されていませんでした。
研究の内容
研究グループは、2022年に日本で実施された全国横断的インターネット調査(JACSIS)に参加した、18~82歳の成人28,617人のデータを用いて、自己申告による18歳までに経験されたACEs、CPCEs、および現在の慢性疾患 (がんやうつ病など) の関連性を検討しました。
その結果、逆境体験(ACEs)の影響を統制したうえでも、コミュニティ関連の肯定的体験(CPCEs)は独立して、成人期の疾患(脳卒中、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性疼痛、うつ病、自殺念慮、重度のうつ・不安障害など)の可能性を低下させました。また、CPCEs(親以外の信頼できる大人/支えてくれる友人/学校への帰属意識/地域の伝統行事)の数が増えると、ACEsと疾患の関連は弱まりました。具体的には、ACEsを1つ以上経験している対象者のうち、3つ以上のCPCEs がある場合(0~2つのCPCEsの場合と比較して)、脳卒中の有病率は2.4%から1.2%(51.9%減)に、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の有病率は2.2%から0.7%に(67.1%減)、重度のうつ・不安障害の有病率は16.4%から7.4%に(54.9%減)と、調整後有病率は50%以上低くなりました。ほかにも、狭心症・心筋梗塞(3.4%から1.7%, 49.2%減)、がん(3.5%から2.1%, 39.5%減)、うつ病(8.7%から4.4%, 49.5%減)、自殺念慮(21.1%から10.7%, 49.1%減)においても、4~5割のリスク減が認められました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、コミュニティに関連する子ども期の肯定的体験は、逆境体験に由来する身体的・精神的健康状態の悪化のリスクを軽減する可能性を示しました。大規模かつ代表性のあるサンプルを使って、地域・学校における肯定的体験が、逆境的な家庭環境下で育った子どものレジリエンスに寄与する可能性を実証した初めての研究といえます。本研究成果により、地域や学校で子どもの肯定的体験をはぐくむ取り組みが推奨されることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、6月25日(火)15時(日本時間)に国際医学雑誌「BMJ Open」に公開されました
タイトル:“Promotive and protective effects of community-related positive childhood experiences on adult health outcomes in the context of adverse childhood experiences: a nationwide cross-sectional survey in Japan”
著者名:Haruyo Mitani, Naoki Kondo, Airi Amemiya and Takahiro Tabuchi
DOI:https://doi.org/10.1136/bmjopen-2023-082134
なお、本研究は、JSPS科研費(21H04856, 20K10467, 20K19633, 20K13721, 21K13454)、MEXT科研費(20H05805)などの支援を受け、実施されました。また、RISTEX「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築)」研究開発プロジェクト「地域とつくる『どこでもドア』型ハイブリッド・ケアネットワーク」の一環として行われました。
参考URL
三谷はるよ准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/231d64e9d96cfc82.html
三谷はるよ准教授主催「ACEラボ」
https://acelab.site/
SDGsの目標
用語説明
- 子ども期の逆境体験
18歳になるまでに経験された、虐待・ネグレクト被害、家庭の機能不全(DVの目撃、家族の依存症・精神疾患等)のこと。
- 子ども期の肯定的体験
18歳になるまでに経験された、帰属意識やつながりを構築できる肯定的な体験のこと。