卵子は寿命を伸ばし、精子は寿命を縮める?

卵子は寿命を伸ばし、精子は寿命を縮める?

超短命魚をモデルに、生殖細胞が寿命の性差を生み出すメカニズムの解明と抗老化ホルモンの発見に成功

2024-6-13生命科学・医学系
微生物病研究所教授石谷太

研究成果のポイント

  • 次世代を作る細胞である生殖細胞が脊椎動物の寿命の性差を生み出しており、メスの生殖細胞は寿命を伸ばし、オスの生殖細胞は寿命を縮めることを明らかにした。
  • 生殖細胞は、メスではエストロゲンシグナルおよびインスリン/IGFシグナルの抑制、オスではビタミンDシグナルの抑制により寿命・老化を制御することがわかった。
  • ビタミンDを抗老化ホルモンとして同定、その投与により脊椎動物の寿命を延伸可能であることを示した。

概要

大阪大学微生物病研究所の石谷太教授、阿部 耕太助教らの研究チームは、大阪大学大学院医学系研究科や九州大学生体防御医学研究所、群馬大学生体調節研究所との共同研究により、脊椎動物の生殖細胞がメスとオスで異なる機構により老化と寿命を制御することを明らかにしました。

寿命がどのように制御されているかは生物学の重要課題であり、また、健康寿命の延伸は現代社会の喫緊の課題でもあります。これまで、無脊椎動物モデルである線虫やショウジョウバエでは、生殖細胞を除去するだけで寿命が伸びることが報告されていましたが、我々ヒトを含む脊椎動物では、生殖細胞と寿命・老化の関係は不明でした。また、ヒトを含む多くの動物においてメスの方がオスよりも寿命が長いことが知られていますが、この性差が生じるメカニズムも未解明でした。今回、寿命がわずか数ヶ月と極端に短命な小型魚類であるターコイズキリフィッシュ(以下キリフィッシュと略)を実験モデルとして、脊椎動物の生殖細胞と寿命・老化の関連を実験的に示すことに初めて成功しました。キリフィッシュもヒトと同様にメスの方がオスよりも寿命が長いのですが、生殖細胞を除去するとメスでは寿命が縮み、オスでは寿命が伸び、結果としてオスとメスの寿命が同程度になることがわかりました。すなわち、生殖細胞がオスとメスとで異なる働きをした結果、寿命の性差が生じていることがわかりました。さらに、生殖細胞による老化制御において、雌雄で異なる内分泌系が重要であることを見出しました(図1)。中でも、これまで寿命との関与は知られていなかったビタミンDについて、適正量を投与することで、オスメス共に寿命延伸が可能になることを明らかにしました。

この成果は、長年重要視されてきた生殖と寿命・老化の関係に、雌雄の違いという視点をもたらし、脊椎動物独自のメカニズムの一端を明らかにするものです。また、明らかとなった機構を起点として新たな健康寿命延伸手法の開発につながることが期待されます。本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、2024 年 6 月13日午前3時(日本時間)に公開されました。

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図1. 生殖細胞による性依存的な個体老化制御のモデル

研究の背景

動物の寿命や老化のスピードがどのように規定されているのかは生物学の究極の謎の一つです。この謎に対する、長年信じられてきた有力な仮説が「生殖と寿命のトレードオフ仮説」です。これは、動物の生殖能力と長寿は両立できず、子供を多く産む動物ほど短命で、子供が少ない動物ほど長命であるという仮説です。数多くの観察結果から、この仮説は正しいものと考えられてきましたが、実験的な検証やメカニズムの理解は不十分なままでした。しかし25年前に、この仮説を支持する重要な発見が無脊椎動物モデルである線虫を用いた研究から明らかとなりました。それは、線虫の体から生殖細胞を除去するだけで寿命が伸びるというものです(Hsin & Kenyon, Nature 1999)。その後、ショウジョウバエのオスとメスの双方で同様の結果が得られた(Flatt et al., PNAS 2008)ことから、生殖細胞は寿命を縮める細胞であると考えられました。一方、我々ヒトを含む脊椎動物は、体の構造や内分泌系が大きく異なるため、生殖細胞が同様の機能を持ちうるのかは大きな疑問でした。生殖組織を除去した男性(宦官)の寿命が長いことを示したデータ研究(Min et al., Curr Biol 2012)はありますが、実験的な検証は行われてきませんでした。

では、なぜ実験的検証が進んでいなかったのでしょうか?それは、実験動物の寿命の長さが、脊椎動物の寿命・老化メカニズムの理解を阻んできたからです。一般的に用いられる、マウスなどの比較的短寿命のモデル脊椎動物でも数年の寿命を持つため、老化研究には膨大な時間がかかります。そこで、この時間の問題を解決するために、我々は、近年新たな老化モデルとして注目されつつあるキリフィッシュを用いて研究を行いました。キリフィッシュは、寿命がわずか数ヶ月と、研究室で飼育可能な脊椎動物中最短の寿命を持ちます。さらに、その短期間にヒトとも共通する数々の老化形質を示す優れた老化モデルです。加齢とともに神経変性や腫瘍形成が生じることが報告されている他、我々の研究グループでも、加齢性黄斑変性様の病態を示すことを最近明らかにしました(Ogamino et al., npj Aging 2024)。我々は、老化研究のゲームチェンジャーとしてキリフィッシュのポテンシャルに注目し、7年前よりキリフィッシュの飼育系、老化解析系、遺伝子改変系の確立を進め(Oginuma et al., Sci Rep 2022)、これらの独自技術を基盤として本研究に挑みました。

研究の内容

脊椎動物の寿命・個体老化制御における生殖細胞の機能を検証するために、ターコイズキリフィッシュの生殖細胞を除去する操作を行いました(図2)。体の他の部分に影響を与えずに生殖細胞だけを特異的に除去するために、モルフォリノアンチセンスオリゴを用いることで、胚発生中の生殖細胞が形成される時期に、形成に必要な遺伝子であるdndを特異的に機能阻害しました。この手法により作出した生殖細胞除去個体を解析したところ、オスメスともに体のサイズが大きくなることがわかりました。この結果から、生殖細胞で使われる資源が体の他の細胞に配分されている可能性が考えられます。次に、寿命を解析しました。正常なキリフィッシュではメスの寿命はオスよりも20%ほど長いのですが、驚くことに、生殖細胞除去によって寿命は同程度になりました。つまり、生殖細胞除去によりオスの寿命は伸び、メスの寿命は短くなる、というように雌雄で逆の結果が得られました(図3)。では、生殖細胞はどのようにして寿命に対して雌雄で異なる影響を及ぼしているのでしょうか?

生殖細胞を除去したメスを解析したところ、女性ホルモンであるエストロゲンが顕著に減少していることがわかりました。そして、エストロゲンの減少により引き起こされることが知られる、脂質合成の増加や血液凝固因子の増加が生じていることも確かめられ、これらが心血管疾患のリスクを高めることなどによって寿命を短縮していることが示唆されました。さらに、生殖細胞除去により体のサイズが増加していたことから、体の成長制御を司るインスリン/IGFシグナルに着目したところ、生殖細胞を除去したメスではこのシグナルが活性化していることがわかりました。インスリン/IGFシグナルは、成長を促進する一方で、体に酸化ストレスなどのダメージを与えることが知られており、この活性化もまたメスの寿命短縮を引き起こす要因となっていると考えられます。つまり、メスの生殖細胞はエストロゲンシグナルの活性化とインスリン/IGFシグナルの抑制によって老化を抑制していることが示唆されました。一方オスでは、生殖細胞を除去してもこれらのシグナルに変化がみられず、異なる要因が寿命を変化させていると予想しました。

生殖細胞を除去したオスの体では、筋肉、皮膚、骨の健康状態が改善していました。筋再生に関わる筋肉の幹細胞が増加しており、皮膚ではコラーゲンが増加し、また、骨量の増加がみられました。このような健康状態改善の要因を探るべく、遺伝子の発現を網羅的に調べるトランスクリプトーム解析を行った結果、生殖細胞を除去したオスの肝臓において、ビタミンD活性化酵素の発現が上昇していることがわかりました。ビタミンDは体内でも合成可能なホルモンの一種であり、カルシウムの吸収を促進することで骨を強くするという作用が有名です。しかし近年、ビタミンDはそれ以外にも体の様々な組織に作用して健康状態を改善するという、多様で重要な役割を持つことがわかってきました。実際に、生殖細胞を除去したオスの筋肉および皮膚でビタミンDシグナルが活性化していることも確かめられました。さらに、ビタミンDが体のサイズを増加させる作用も報告されており、オスで見られた成長促進はインスリン/IGFシグナルではなく、ビタミンDシグナルによって引き起こされると考えられます。以上から、オスの生殖細胞はビタミンDシグナルを抑制しており、生殖細胞除去によるビタミンDシグナルの活性化がオスの寿命延伸に寄与するのではないかと考えました。しかし、ビタミンDによって脊椎動物の寿命延伸までもが可能なのかはこれまで報告がありません。そこで、キリフィッシュに活性型のビタミンDを投与する実験を行ったところ、なんとオスメス共に寿命が延びることが明らかとなりました(図4)。ビタミンD投与による脊椎動物の寿命延伸を示したのは本研究が初めてであり、ビタミンDが老化を抑制するアンチエイジングホルモンであることが示唆されました。

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図2. 生殖細胞を除去したターコイズキリフィッシュとその生殖腺

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図3. 生殖細胞を除去したメスは寿命が縮み、オスは寿命が伸びる

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図4. 活性型ビタミンD投与によりメス、オス共に寿命が伸びる

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

長年にわたり密接な関係があると考えられてきた生殖と寿命・老化ですが、この両者をつなぐ機構が脊椎動物の体に確かに備わっていることを本研究は強く示唆します。一方、寿命をコントロールするのが成熟した卵子や精子なのか、未分化な生殖幹細胞なのかはわかっておらず、解明は今後の課題です。また、寿命・老化に対する生殖細胞の作用及びメカニズムが雌雄で大きく異なるという発見は、ヒトを含む多くの動物で見られる寿命の雌雄差の分子基盤や、動物の雌雄で繁殖戦略が異なる要因を理解する新たな切り口となることが期待されます。

加えて本研究は、これまでにも健康状態を改善することが数々報告されてきたビタミンDが、脊椎動物の寿命をも延伸する可能性を示しました。興味深いことに、北イタリア(長寿者が多い地域)の100歳以上生きたご老人の遺伝子を解析すると、ビタミンDシグナルの主要因子であるビタミンD受容体遺伝子に多型が見られる(ビタミンDシグナルが強い可能性がある)ことが示されており(Gussago et al., Endocrine 2016)、本研究成果とあわせて考えると、ヒトの長寿にもビタミンDシグナルが関与する可能性が期待できます。今後、ビタミンDが寿命を伸ばす詳細なメカニズムの解明や、体内の内在性ビタミンDの合成・活性化を促進するメカニズムの解明が一層進むことで、効果的かつ安全な健康寿命延伸手法の開発につながることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に6月13日(木)午前3時(日本時間)に公開されました。

タイトル:“Sex-dependent regulation of vertebrate somatic growth and aging by germ cells
著者名: Kota Abe, Hikaru Ino, Tomomi Niwa, Daniel Semmy, Ayami Takaochi, Takashi Nishimura, Chihiro Mogi, Maki Uenaka, Masaru Ishii, Kaori Tanaka, Yasuyuki Ohkawa, Tohru Ishitani

なお、本研究は、AMED老化プロジェクト(21gm5010001h0005)、科学研究費補助金(21H05287、22H02820、21H05148、20H04922、20K15701)、セコム科学技術財団、公益財団法人 内藤記念科学振興財団、公益財団法人武田科学振興財団研究助成、公益財団法人 三菱財団、公益財団法人第一三共生命科学研究振興財団、公益財団法人 上原記念生命科学財団、公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団、公益財団法人 小野医学研究財団、公益財団法人コーセーコスメトロジー研究財団などの支援を受け、実施されました。

参考URL

微生物病研究所生体統御分野
https://ishitani-lab.biken.osaka-u.ac.jp

用語説明

エストロゲンシグナル

主に卵巣で作られる女性ホルモンであるエストロゲンが、体の様々な部位で受け取られて、女性の生殖機能や健康維持に重要な作用をもたらすというシグナル経路である。ヒト女性では、閉経後にエストロゲン量が劇的に低下し、それが心血管疾患等の健康リスクを高めることが知られている。

インスリン/IGFシグナル

体の成長をコントロールするシグナル経路である。脊椎動物では、脳で分泌された成長ホルモンが主に肝臓に作用し、そこで作られたインスリン様成長因子(IGF)がさらに全身に作用することで成長が促進する。インスリン/IGFシグナルは成長を促進すると同時に、ストレス応答やオートファジーといった健康維持に重要な機構を抑制することも知られており、インスリン/IGFシグナルの抑制によって寿命が伸びることが線虫やマウスといったモデル動物で示されている。

ビタミンDシグナル

脂溶性ビタミンの一つであるビタミンDが細胞に受容され、様々な遺伝子の発現を制御するシグナル経路。特に、腸の細胞でビタミンDシグナルが活性化することでカルシウムの吸収が促進され、これが骨の健康を維持するという機能が有名である。さらに近年、ビタミンDは筋肉や皮膚、免疫細胞など様々な細胞に作用し、それらの健康状態の維持、改善に重要な役割を果たすことが明らかとなりつつある。しかし、個体老化とビタミンDの関係はほとんどわかっていない。なお、ビタミンDは食物から取り込まれるだけでなく、体内で合成、活性化が行われる内分泌ホルモンの一つでもある。ヒトでは、皮膚でビタミンDの前駆体が合成され、それが肝臓や腎臓で活性型に変換される。

ターコイズキリフィッシュ

アフリカの乾燥地帯に生息する体長4cm程度の小型の淡水魚で、寿命がわずか数ヶ月しかない超短命魚。この寿命の短さは研究室の飼育環境でも再現され、さらに、この短期間に神経変性や腫瘍形成など、ヒトとも共通する様々な老化形質を示すことから、非常に有用なモデル脊椎動物として近年注目を集めている。石谷研究室は、現在の老化研究のボトルネック(データサイエンスや細胞研究、無脊椎動物モデル研究で留まってしまっており、脊椎動物での検証、メカニズム解析が進んでいない)を解消し、老化研究を革新し、真に健康寿命延伸を目指す研究を行うためにキリフィッシュを使った研究系を7年かけて立ち上げてきた。

内分泌系

体の特定の部位から分泌され、体液を介して他の部位に作用する生理活性物質であるホルモンによって様々な生理状態をコントロールする仕組み。低濃度で遠く離れた部位に大きな作用をもたらすことができる情報伝達系である。性ホルモンや成長ホルモンの他にも、代謝を制御するものや免疫を制御するものなど多様なホルモンが存在する。

モルフォリノアンチセンスオリゴ

RNA、DNAのリボース、デオキシリボースの代わりにモルフォリン環を主鎖とするオリゴヌクレオチド。配列をデザインすることで、狙った遺伝子のmRNAと相補的に結合させることができ、mRNAの成熟あるいは翻訳を特異的に阻害することができる。受精卵や初期胚に打ち込むことで、任意の遺伝子の胚発生過程における機能を阻害することができる。