幼児の「スケールエラー」、発達ピークと言語能力の関連性を解明

幼児の「スケールエラー」、発達ピークと言語能力の関連性を解明

なぜ子どもはミニカーに乗り込もうとするのか?幼児の「スケールエラー」、 発達ピークと言語能力の関連性を解明

2024-3-29社会科学系
人間科学研究科助教萩原広道

研究成果のポイント

  • 「ミニカーに乗ろうとする」といった幼児に特有の行動「スケールエラー」が、発達のどの時期に最もよく見られるのかを大規模データを用いて解明
  • 動詞や形容詞の発達がスケールエラーの生起と関係している可能性を発見
  • 観察中にスケールエラーを示さない子どもが多く、スケールエラーの生起頻度の推定は困難だったが、ゼロ過剰ポアソンモデルという統計モデルを用いることで可能に
  • 大人とは異なる「子ども独自の世界観」を理解し、人間発達への理解を深めることに貢献

概要

大阪大学大学院人間科学研究科の萩原広道助教、江戸川大学社会学部人間心理学科の石橋美香子講師、京都大学大学院文学研究科の森口佑介准教授、東京大学大学院教育学研究科の新屋裕太特任助教らの研究グループは、幼児に特有の行動である「スケールエラー」が、発達のどの時期にどのくらい生起するのかを、大規模データを用いて世界で初めて明らかにしました。さらに、スケールエラーとの関連が指摘されていた言語発達について、動詞や形容詞の習得が特にスケールエラーの生起と密接に関わっている可能性を発見しました。

スケールエラーは1~2歳ごろの子どもにしか見られない特有の現象として注目されていました。しかし、これまでの研究でスケールエラーを示す子どもと示さない子どもがいることが報告されており、観察時にたまたまスケールエラーを示さなかっただけなのか、もともとスケールエラーを示さない子どもだったのかを区別できませんでした。そのため、発達心理学や工学、神経科学などのさまざまな分野で関心をもたれてきた興味深い現象であるにもかかわらず、スケールエラーが発達のどの時期に最もよく見られるのかには統一的な見解がありませんでした。

今回、萩原助教らの研究グループは、過去の複数の研究において日本や海外で収集された528名分のスケールエラーデータを統合し、「ゼロ過剰ポアソンモデル」という統計モデルを当てはめることによって、観察環境によってスケールエラーが見られるピーク時期が異なること(研究室での短時間観察では生後18ヶ月ごろ、保育園での長時間観察では生後26ヶ月ごろ)を解明しました。さらに、名詞の発達との関連が指摘されていたスケールエラーに対して、むしろ動詞や形容詞の発達の方がより密接な関連をもつ可能性を見出しました。これにより、子どもがなぜスケールエラーという不思議な行動を示すのかを理解する端緒が得られ、抽象的な認知能力の発達メカニズムを解明することにつながると期待されます。

本研究成果は、発達科学誌「Developmental Science」に、3月28日(木)に公開されました。

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図1. スケールエラーの例
ミニカーに足を入れて乗り込もうとしている18ヶ月児(写真=石橋美香子講師提供)。

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図2. スケールエラーの発達的変化(研究室での調査の場合)
スケールエラーを示す割合は18ヶ月ごろにピークを迎える。

研究の背景

スケールエラーは、1~2歳ごろの子どもにみられる興味深い現象で、2004年に米国科学誌「Science」で報告されて以来、発達心理学者をはじめ、工学、脳科学などのさまざまな分野の研究者に関心をもたれてきました。しかし、観察のなかでスケールエラーを示す子どもと、示さない子どもとがいることが報告されており、さらに、観察する状況が研究室なのか保育園なのかによってスケールエラーの生起頻度が異なっていました。そのため、スケールエラーの発達的変化については統一的な見解がなく、幼児期のどの時期にピークを迎えるのかも研究者によって主張が異なっていました。

研究の内容

今回、萩原助教らの研究グループは、過去の複数の研究において日本や海外で収集された528名分のスケールエラーデータを統合し、これにゼロ過剰ポアソンモデルを当てはめることによって、スケールエラーの発達的変化をより適切に記述することを試みました。その結果、研究室での観察(通常5分程度で個別に実施)では生後18ヶ月ごろに、保育園での観察(20~70分程度で他児もいる状況下で実施)では生後26ヶ月ごろに、それぞれスケールエラーが最も観察されやすいことが明らかになりました。さらに、全体のデータのうち、語彙チェックリストの結果を含んだ197名分データを用いて、子どもの月齢の代わりに、名詞や動詞、形容詞の語彙数を発達の指標にして、スケールエラーの生起と関連する語彙指標を探りました。これまでの研究では、スケールエラーは言語発達のなかでも名詞の習得と関連することが指摘されていましたが、解析の結果、スケールエラーの発達的変化は名詞ではなく、より抽象的な単語である動詞や形容詞の発達とより密接に関わっている可能性が見出されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、スケールエラーが発達のどの時期に見られやすい現象なのかをより適切に推定することができました。発達時期の特定は、子どもがなぜスケールエラーという不思議な行動を示すのかを理解することに大きく貢献します。さらに、スケールエラーが、「靴」「車」などの具体的な名詞の発達よりも、「履く」「乗る」などの動詞や、「小さい」「大きい」などの形容詞といった、より抽象的な単語の発達に伴って生じる可能性を見出した点も、発達心理学にとって重要な意義があります。スケールエラーという現象が、単なる「おかしな行動」なのではなく、子どもが抽象的な能力を発達させていく過程で生じる「発達的に意味のある行動」であることがわかったからです。スケールエラーという子どもに特有の行動をさらに探究していくことで、抽象的な認知能力の発達メカニズムを解明することにつながると期待されます。

特記事項

本研究成果は、発達科学誌「Developmental Science」に、3月28日(木)に掲載されました(オンライン)。

タイトル:“Large-scale data decipher children’s scale errors: A meta-analytic approach using the Zero-Inflated Poisson models”
著者名:Hiromichi Hagihara, Mikako Ishibashi, Yusuke Moriguchi, and Yuta Shinya
DOI: https://doi.org/10.1111/desc.13499

なお、本研究は、JSPS、東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター (CEDEP) から助成を受けて実施されました。

参考URL

萩原助教 researchmap
https://researchmap.jp/hagiii/

石橋講師 researchmap
https://researchmap.jp/mikakoishibashi

SDGsの目標

  • 04 質の高い教育をみんなに
  • 16 平和と公正をすべての人に

用語説明

スケールエラー

「ミニカーに乗ろうとする」「人形の靴を履こうとする」など、幼児が非常に小さな物体に自分の身体を当てはめようとする現象。

ゼロ過剰ポアソンモデル

統計モデルのひとつで、観察時に「ゼロ」が多いデータの分析によく用いられる。本研究の場合、「そもそもスケールエラーしない」ことによって生じる「ゼロ」と、「スケールエラーを示すが、観察時にたまたまスケールエラーを示さなかった」ことによって生じる「ゼロ」とを区別するために用いられた。