40年超の課題フィッシャーカルベン錯体の触媒化を達成

40年超の課題フィッシャーカルベン錯体の触媒化を達成

無害な有機ケイ素化合物から医薬品に欠かせないβ-ラクタムを簡便・安全に

2024-1-15工学系
工学研究科教授鳶巣 守

研究成果のポイント

  • 安全な有機ケイ素試薬とパラジウム触媒によりフィッシャーカルベン錯体を発生できることを発見。
  • フィッシャーカルベン錯体は有害なクロムを含むため医薬品等の合成では利用するのが難しかったが、今回クロムを使わずに触媒的に発生させることに成功。
  • 比較的単純な化合物から1段階で複雑な構造を持つβ―ラクタムを合成することが可能に。
  • 反応の中間体であるパラジウム錯体の単離・構造解析に成功。
  • 医薬品候補化合物の迅速探索・高効率合成への応用等が期待。

概要

大阪大学大学院工学研究科の大学院生の稲垣徹哉さん(博士後期課程)、兒玉拓也助教、鳶巣守教授らの研究グループは、有機ケイ素化合物とイミンとをパラジウム錯体触媒存在下で反応させることで、β-ラクタム化合物が得られるという反応を発見しました。

この反応はフィッシャーカルベン(FC)錯体という金属錯体を原料に進行することが知られていましたが、有害なクロムの使用と光照射が必須である点が課題でした。

今回、鳶巣教授らのグループは、無害な有機ケイ素化合物を原料にFC錯体を発生する触媒を開発し、従来法の抱える2つの課題を克服しました。医薬品合成等への応用が期待されます。

本成果は、英国科学誌「Nature Catalysis」に、1月15日(月)19時(日本時間)に公開されました。

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図1. クロムの使用を回避するフィッシャーカルベン錯体の触媒的発生法を発見。有機ケイ素化合物の利用が鍵。医薬品合成等への応用が期待。

研究の背景

結合の手を2本しか持たない炭素化学種であるカルベンは不安定で寿命が短いため直接選択的なものづくりに利用することは困難です。そこで金属へ配位させてカルベン錯体とすることで反応性を制御し、有機化合物の合成に活用されてきました。酸素官能基を持つカルベン錯体であるFC錯体を光照射下、イミンと反応させることでβ-ラクタムが得られるという反応が1982年に報告されてます。以来、FC錯体の特有の反応性とそのものづくりへの応用が注目されてきました。しかし、FC錯体を反応試薬として利用する必要があるため化学量論量の金属の使用(多くの場合有害なクロム)が必須となることが課題であり、触媒的にFC錯体を利用できる系の開発が望まれていました。

研究の内容

鳶巣教授らの研究グループでは、有機ケイ素化合物とイミンとをパラジウム錯体触媒存在下で反応させることで、β-ラクタム化合物が得られるという反応を発見しました。本研究では、地殻中に豊富に存在するケイ素を含む無害な有機ケイ素化合物を原料に、FC錯体を発生可能なパラジウム触媒系を開発しました。触媒的に発生させた新しいFC錯体は、従来のクロムを含むFC錯体と同様にイミンと反応しβ-ラクタム化合物を効率よく生成することがわかりました。従来法で必要であったクロムの利用や光照射は必要なく、触媒量のパラジウム錯体を添加するだけで反応を進行させることができます。原料である有機ケイ素化合物もイミンも共に様々な構造を持つものが入手容易であるため、多種多様な構造を持つβ-ラクタム化合物を簡便かつ安全に合成することができます。反応中間体であるFC錯体の単離とX線結晶構造解析にも成功し、反応機構に関する学術基盤も確立しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により合成されるβ-ラクタム化合物は抗生物質の主要な部分構造として知られています。したがって、β-ラクタム構造を含む従来法では合成困難な多様な医薬品候補化合物の迅速探索に貢献することが期待されます。さらに、FC錯体の触媒的発生についての設計概念は、β-ラクタム化合物以外にも多様な有機化合物の合成に応用可能であるため、さらなる多彩な触媒反応の創出も期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年1月15日(月)19時(日本時間)に英国科学誌「Nature Catalysis」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Catalytic synthesis of β-lactam derivatives by carbonylative cycloaddition of acylsilanes with imines via a palladium Fischer-carbene intermediate”
著者名:Tetsuya Inagaki, Takuya Kodama and Mamoru Tobisu*(責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1038/s41929-023-01081-5

なお、本研究は、JSPS科学研究費助成事業基盤研究Aの一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 02 飢餓をゼロに
  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 12 つくる責任つかう責任

用語説明

有機ケイ素化合物

有機化合物は炭素原子を基本骨格とするが、その炭素の一部を同族元素のケイ素に置き換えた化合物を総称し有機ケイ素化合物という。一般に安定で低毒性であるものが多い。

イミン

炭素-窒素二重結合を持つ化合物の総称であり、カルボニル化合物と第一級アミンとの脱水縮合により容易に合成される。

パラジウム錯体触媒

遷移金属であるパラジウムに対して有機化合物が配位した錯体を用いる触媒。ワッカー酸化やクロスカップリングなど有機化合物の合成で広く利用されてきた形式の触媒であるが、配位する有機化合物の種類により多様な触媒設計が可能である。

β-ラクタム化合物

4員環の環状アミドの総称。医薬品の部分構造としてよくみられる(抗生物質参照)。

フィッシャーカルベン(FC)錯体

価電子を6個しか持たず電荷を持たない二価の炭素化学種であるカルベンが金属に配位した錯体をカルベン錯体とよぶ。カルベン錯体の中でも特にアルコキシ基に代表されるπ供与性置換基を持つものをフィッシャーカルベン錯体とよぶ。

抗生物質

微生物が産生する、他の微生物や細胞に作用してその発育などを抑制する作用を持つ物質のことで、細菌感染症の治療と予防に広く使用される。これまでの開発された抗生物質はその化学構造によりいくつかの型に分類されるが、その一つにβ-ラクタム系がある。