新しい生活習慣改善プログラム“Teaching Kitchen”の 実施可能性と有効性を日本で初めて確認

新しい生活習慣改善プログラム“Teaching Kitchen”の 実施可能性と有効性を日本で初めて確認

ハーバード大学と共同開発で生活習慣病の治療・予防に期待

2023-12-21生命科学・医学系
医学系研究科寄附講座准教授馬殿 恵

研究成果のポイント

  • Teaching Kitchenは、ハーバード大学で生まれた実践型のライフスタイル変化による肥満・糖尿病治療プログラム。“キッチンでの実体験”を通じて、楽しみながら生活習慣改善に必要な技術を習得するという独自性を持つ
  • 本研究は日本初のTeaching Kitchenとして、肥満者を対象に1か月間・全4回のプログラム提供を行った。その結果、その有効性を確認し、体重・血圧・内臓脂肪の有意な減少と食生活改善効果を確認した
  • 今後、2型糖尿病患者をはじめとする生活習慣病の治療や、健常者における予防への応用が期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科の下村伊一郎教授(内分泌・代謝内科学)・馬殿恵 寄附講座准教授(内分泌・代謝内科学・ライフスタイル医学寄附講座)らの研究グループは、株式会社久原本家グループ本社、株式会社キャンサースキャンとの共同研究として日本人の生活習慣に合わせた日本版Teaching Kitchenプログラムを開発してきました。

今回、日本で初めてTeaching Kitchenのパイロット試験を肥満者に対して実施し、その実施可能性および体重・血圧・内臓脂肪の減少効果や食習慣の改善効果を確認しました。

Teaching Kitchenとはハーバード大学T.H.Chan公衆衛生大学院で料理栄養講座のディレクターを務めるデビッド・アイゼンバーグ医師が主宰する研究グループ、Teaching Kitchen Collaborative(以下、TKC)が開発した健康的な生活習慣への行動変容プログラムです。栄養疫学のエビデンスに基づき、さらに “キッチンでの実体験”を通じて、生活習慣改善に必要な技術を習得するという独自性を持つことで知られています。

本研究成果は、国際学術誌「Frontiers in Public Health」に、2023年12月7日に公開されました。

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図1. 研究成果の概略

研究の背景

肥満の増加は日本でも世界でも深刻な問題であり、その予防および治療における改革が求められています。肥満治療には食生活をはじめとした生活習慣の改善が必要不可欠ですが、現在行われている生活指導はカロリー制限や間食制限など我慢を強いることが多く、治療効果が出ない患者や長続きしない患者が存在します。

このため、有効かつ無理なく行うことが可能な、新たな生活習慣改善アプローチの開発が必要です。

研究の内容

研究グループは、米国のTeaching Kitchenをベースに、日本の食文化・生活習慣に合わせた日本版Teaching Kitchenプログラムを新たに開発し、日本で初めてのTeaching Kitchenとして肥満者を対象にパイロット試験を実施しました。

プログラムは実際に調理が可能なキッチンで行われ、1回2時間・全4回の対面レッスンで構成されました。各回に「カロリーダウン」・「減塩」・「低グリセミックインデックス」などのテーマを設定し、そのテーマに沿ったエビデンスがわかりやすく学べる食事・運動・マインドフルネスについての講義と、料理講師と一緒に各回のテーマを無理なく美味しく実践できるレシピの調理体験・試食を行いました。レシピは本研究のために独自に作成し、日本で伝統的に使われてきた出汁を活用し、食の満足度を維持しながらも塩分量を減らすなど、日本の食文化・食習慣に合わせて開発されました。さらにスマートバンドや本プログラム専用に開発したアプリを併用し、対面プログラムでの体験を日常生活で実践・習慣化するためのサポートを行いました。

この結果、参加者24名中20名がプログラムを完了し、83.3%と高いプログラム完遂率を認めました。また、プログラム開始前後の身体測定を実施できた17名の参加者において、体重・BMI・血圧・体脂肪量の有意な減少と、筋肉量の維持を認めました。さらに食生活においても、脂肪や塩分摂取量の有意な減少と、肥満につながる食行動の改善を認めました。

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図2. 日本版Teaching Kitchenプログラムの概要

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図3. Teaching Kitchenプログラム前後の身体測定結果の変化

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は日本版Teaching Kitchenプログラムの実施可能性および肥満治療としての有効性を示すものであり、2型糖尿病をはじめとする生活習慣病の予防・治療への応用により、重症化予防や患者の生活の質向上などの効果が期待されます。そこで本研究チームは、2024年度内に2型糖尿病患者を対象に日本版Teaching Kitchenの有効性を評価する臨床試験の開始を予定しています。

また、食事・運動・睡眠などの日々の生活習慣の改善は、すでに発症した生活習慣病の治療だけにとどまらず、疾病予防による健康長寿の達成やウェルビーイング向上にもつながるものであることから、企業の職場での実施など、今後健常者に対する社会実装を見据えた研究についても進めていく予定です。

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図4. 今後の展望

特記事項

本研究成果は国際学術誌「Frontiers in Public Health」に2023年12月7日に掲載されました。

【タイトル】 “Feasibility Pilot Study of a Japanese Teaching Kitchen Program”
【著者名】 Megu Y. Baden1,2*, Sarasa Kato1, Akiko Niki1, Tomoyuki Hara1, Harutoshi Ozawa1,2, Chisaki Ishibashi1, Yoshiya Hosokawa1, Yukari Fujita1, Yuya Fujishima1, Hitoshi Nishizawa1, Junji Kozawa1,3, Isao Muraki4, Yusuke Furuya5, Akio Yonekura5, Tatsuro Shigyo6, Taro Kawabe6, Iichiro Shimomura1, David M. Eisenberg7
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 ライフスタイル医学寄附講座
3. 大阪大学 大学院医学系研究科 糖尿病病態医療学寄附講座
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 社会環境医学専攻 公衆衛生学
5. 株式会社キャンサースキャン
6. 株式会社久原本家グループ本社
7. ハーバード大学 T.H.Chan公衆衛生大学院 料理栄養講座
DOI:10.3389/fpubh.2023.1258434

本研究は株式会社キャンサースキャン、株式会社久原本家グループ本社との共同研究として行われました。研究の一部は、日本糖尿病学会、G-7奨学財団、ロッテ財団の支援を受けて行われました。

参考URL

用語説明

Teaching Kitchen

ハーバード大学の研究者が中心に開発した、健康的な生活習慣への行動変容プログラム。“キッチンでの実体験”を通じて、楽しみながら生活習慣改善に必要な技術を習得するという独自性を持つ。

グリセミックインデックス

食後血糖値の上昇度を示す指数。食品ごとに異なり、低グリセミックインデックス(低GI)の食品は食べた後の血糖値の上がり方が緩やかとなる。