生体内抗体を抗原送達キャリアとして用いた 新たな経鼻ワクチンの開発

生体内抗体を抗原送達キャリアとして用いた 新たな経鼻ワクチンの開発

感染症に対する有効かつ安全な経鼻ワクチンの開発が可能に

2023-12-7生命科学・医学系
先導的学際研究機構特任教授(常勤)吉岡靖雄

研究成果のポイント

  • 有効かつ安全な経鼻ワクチンを開発可能な基盤技術を開発。
  • これまで、組換え蛋白質をワクチン抗原として用いた経鼻ワクチンには、免疫賦活化剤(アジュバント)との併用が必要だった。本研究では、感染やワクチンなどにより誘導されている既存免疫を活用することで、アジュバント不要の経鼻ワクチンを開発可能であることを見出した。
  • COVID-19を含め、様々な感染症に対する経鼻ワクチンへの応用に期待。

概要

大阪大学大学院薬学研究科の河合惇志さん(博士後期課程大学院生(研究当時))、吉岡靖雄特任教授(常勤)(大阪大学先導的学際研究機構/微生物病研究所/薬学研究科/国際医工情報センター/感染症総合教育研究拠点/先端モダリティー・ドラッグデリバリーシステム研究センター、一般財団法人阪大微生物病研究会)らの研究グループは、過去の感染やワクチン接種により誘導された生体内抗体を抗原送達キャリアとして利用することで、経鼻ワクチンにおいてアジュバントを用いることなく、ワクチン抗原特異的な免疫応答を誘導可能であることを明らかとしました(図1)。本研究成果は、感染症に対する安全で有効な経鼻ワクチンの開発に大きく貢献することが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Journal of Clinical Investigation」に公開されました(12月1日(金))。

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図1. 生体内に既に存在する抗体が認識する蛋白質(キャリア蛋白質)に、目的のワクチン抗原を融合させることで、生体内抗体を抗原送達キャリア(キャリア抗体)として利用可能な、新たなコンセプトに基づいた経鼻ワクチンを開発した。

研究の背景

鼻からワクチンを吸う経鼻ワクチンは、従来の注射型ワクチンと異なり、血中のみならず、多くの病原体の初発感染部位である気道粘膜でも抗体産生を誘導可能であるなど、重症化だけでなく感染そのものを防御し得る理想のワクチンとして世界中で開発が期待されています。しかし、病原体由来蛋白質をワクチン抗原として用いた経鼻ワクチンにおいて、1)蛋白質抗原だけを鼻にワクチンしても、上皮細胞からなる粘膜バリアを通過困難であり、抗体産生などの粘膜免疫を効率的に誘導できないことや、2)粘膜免疫を安全に誘導可能なアジュバントが存在しないなど、未だ多くの問題が山積みでした。

研究の内容

近年、鼻腔内の抗体は病原体に結合し排除するだけでなく、トランスサイトーシスにより鼻腔リンパ組織へ病原体を運び、抗原特異的な免疫応答を効率的に誘導することが明らかとなっています。そのため、鼻腔内に既に存在している抗体が認識する蛋白質(キャリア蛋白質)に、目的のワクチン抗原を融合させることで、生体内の抗体自身が抗原送達キャリア(キャリア抗体)となり、ワクチン抗原を鼻腔リンパ組織に送達し、粘膜免疫を効率良く誘導可能であると考えられました。そこで研究グループは本コンセプトに基づき、生体内抗体を活用した新たな経鼻ワクチン基盤技術の開発を試みました。

ほぼ全ての成人は、インフルエンザウイルスに罹患歴があるため、インフルエンザウイルスの膜蛋白質であるヘマグルチニン(HA)に対する抗体を、血中および鼻腔中に保有しています。そのため、キャリア抗体が認識する蛋白質としてHAを用い、ワクチン標的である新型コロナウイルス由来S蛋白質のレセプター結合ドメイン(RBD)を融合させたRBD-HAをワクチン抗原として用いました。まず、インフルエンザウイルスに罹患歴があり、鼻腔中にHA特異的抗体が存在するマウス(インフルエンザ罹患マウス)にRBD-HAを経鼻ワクチンし、RBD特異的な抗体が誘導されるかを評価しました。その結果、RBD-HA群において、アジュバント未添加であるにも関わらず、鼻腔中や血中にRBD特異的IgA、IgGの顕著な上昇が認められました(図2)。また、その強度は、動物実験用アジュバントとRBDの共投与群と同程度でした(図2)。そこで経鼻ワクチン後、新型コロナウイルスを感染させたところ、RBD-HA群においてウイルス量の有意な減少が認められました(図3)。以上の結果より、インフルエンザ罹患マウスにおいて、RBD-HAを経鼻ワクチンすることで、アジュバントを加えなくともRBD特異的抗体産生を強力に誘導可能であり、ウイルス感染を防御可能であることが明らかとなりました。

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図2. ヒト成人を模倣した、インフルエンザウイルスに罹患経験のあるマウスにRBD-HAを経鼻ワクチンすることで、アジュバントを加えずとも、鼻腔中および血中にRBD特異的抗体を強力に誘導することが明らかとなった。

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図3. RBD-HAを経鼻ワクチンすることで、上気道および下気道ともにウイルス感染を強力に防御可能であることが判明した。

本システムの免疫誘導メカニズムを解析したところ、1)鼻腔中および血中にHAに対する抗体、特にIgGが存在することが重要であること、2)鼻腔中のIgGがRBD-HAを捕捉し、鼻腔リンパ組織中の樹状細胞に効率的に送達すること(図4)、3)RBD-HAとIgGの複合体が樹状細胞を活性化すること(図4)、4)HA特異的T細胞も重要であることが判明しました

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図4. インフルエンザ罹患マウスにRBD-HA(本図ではRBDの代わりにEGFPを使用)を経鼻ワクチンすると、鼻腔リンパ組織中の樹状細胞に効率的に取り込まれると共に、樹状細胞を活性化することで効率的に免疫応答を誘導することが判明した。

本ワクチンシステムの汎用性を評価することを目的として、肺炎球菌やRSウイルス由来蛋白質とHAを融合したワクチン抗原の有用性を評価しました。その結果、いずれにおいても、強力にワクチン効果を誘導し得ることを明らかとしました。さらに、キャリア抗体が認識する蛋白質を変更することで、インフルエンザ感染以外の既存免疫を利用できるか評価したところ、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンにより誘導された抗体もキャリア抗体として利用可能であることが明らかとなりました(図5)。以上の結果より、生体内の既存抗体を活用する本システムの汎用性が高いことが実証されました。

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図5. 新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンを接種した経験のあるマウスに、RBD-HAを経鼻ワクチンした。この場合は、RBDがキャリア蛋白質となり、HAがワクチン抗原となる。その結果、アジュバントを加えずとも、鼻腔中および血中にHA特異的抗体を強力に誘導することが明らかとなった。

以上、本研究では、感染やワクチン接種により既に生体内に存在する抗体を抗原送達キャリアとして活用することで、経鼻ワクチンにおいてアジュバントを用いることなく、ワクチン抗原特異的免疫応答を強力に誘導可能であることを明らかとしました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、感染症に対する経鼻ワクチン開発に向けた基盤技術になり得るものと期待されます。特に、経鼻ワクチン用アジュバントが未だ開発されていないことを鑑みると、アジュバント不要の本システムは、有効かつ安全、そして“安心”できる経鼻ワクチンを提供できると期待できます。また、生体内抗体を活用したワクチン開発は、経鼻ワクチンのみならず、従来の注射型ワクチンにも活用できるものであり、新たなワクチン開発戦略を提示するものと考えています。

特記事項

本研究成果は、2023年12月1日(金)(日本時間)に米国科学誌「Journal of Clinical Investigation」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Intranasal immunization with an RBD-hemagglutinin fusion protein harnesses preexisting immunity to enhance antigen-specific responses”
著者名:Atsushi Kawai, Nagisa Tokunoh, Eigo Kawahara, Shigeyuki Tamiya, Shinya Okamura, Chikako Ono, Jessica Anindita, Hiroki Tanaka, Hidetaka Akita, Sho Yamasaki, Jun Kunisawa, Toru Okamoto, Yoshiharu Matsuura, Toshiro Hirai, Yasuo Yoshioka
DOI:https://doi.org/10.1172/JCI166827

本研究成果は、重要な論文を紹介するCommentary欄にも「The gift of preexisting immunity for developing an alternative vaccine strategy」として紹介されています(DOI:https://doi.org/10.1172/JCI174952)。

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、日本医療研究開発機構(AMED)、大阪大学感染症総合教育研究拠点 (CiDER)、大阪大学ワクチン開発拠点先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター(CAMaD)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業」などの研究支援を受け、和歌山県立医科大学、千葉大学、東北大学、医薬基盤・健康・栄養研究所、一般財団法人阪大微生物病研究会の協力を得て行われました。

参考URL

吉岡靖雄 特任教授(常勤)
http://www.biken.osaka-u.ac.jp/lab/vaccine-cre/index.html

用語説明

経鼻ワクチン

従来までの注射するワクチンではなく、鼻から噴霧するワクチン。鼻組織でも効率的に抗体を誘導可能であり、呼吸器疾患を引き起こす病原体に対するワクチンとして期待されている。

免疫賦活化剤(アジュバント)

樹状細胞などの免疫細胞を活性化する物質。抗原蛋白質と共にワクチンすることで、免疫応答を増強可能となる。注射型ワクチンでは、アルミニウム塩などのアジュバントが汎用されているものの、経鼻ワクチン用のアジュバントは実用化されていない。

IgA、IgG

抗体の種類。抗体には様々な種類が存在しており、血液中ではIgGが、鼻組織を含めた粘膜面ではIgAが感染防御に重要な役割を果たしている。