妊娠中および出生後の大気汚染ばく露と6歳時点の子どもの認知能力および行動との関連
研究成果のポイント
- 妊娠中および出生後の大気汚染物質へのばく露と子どもが6歳時点での認知能力と問題行動との関連について調べました。
- 妊娠中および子どもが出生後5歳までの居住地における屋外の微小粒子状物質(PM2.5)へのばく露量は、モデルを用いて個人ごとに時期別に推計しました。
- 妊娠中および出生後の屋外のPM2.5へのばく露濃度が高いと子どもが6歳時点での外向的な問題行動の増加が認められました。
- 出生後の家屋内のPM2.5および粗大粒子(PM10-2.5)濃度が高いと子どもが6歳時点での認知能力の低下との関連が認められました。
- 一方で、妊娠中の屋外のPM2.5へのばく露と子どもが6歳時点での認知能力との関連は認められませんでした。
概要
兵庫医科大学(兵庫県西宮市、学長:鈴木 敬一郎)の医学部公衆衛生学、エコチル調査兵庫ユニットセンターおよび大阪大学大学院工学研究科らの研究チームは、子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、エコチル調査)の兵庫ユニットセンターで詳細調査に参加している201人のデータをもとに、妊娠中および出生後の大気汚染物質へのばく露と6歳時点での子どもの認知能力と行動との関連について解析を行いました。その結果、妊娠中および出生後の屋外の微小粒子状物質(PM2.5)へのばく露濃度が高いと子どもが6歳時点での外向的な問題行動の増加が認められました。また、出生後の家屋内環境と子どもが6歳時点での認知能力の低下との関連も認められました。この結果より、屋外だけでなく家屋内の空気環境を改善することが必要と考えられます。なお、調査対象地域が限定的であること、屋外ではPM2.5以外の大気汚染物質について考慮していないこと、妊娠中の家屋内の汚染物質濃度が測定されていないといった限界があります。
本研究の成果は、Elsevier社から刊行される環境保健分野の学術誌「Environmental Research」に掲載されました。
研究の背景
エコチル調査は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。
エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
近年、子どもの発達障害が増加しており、妊娠中や出生後の大気汚染物質へのばく露の影響が注目されています。
世界保健機関(World Health Organization; WHO)では、大気汚染は身体のほぼ全ての臓器に影響を与える可能性があり、大気汚染物質へのばく露は認知障害や神経疾患のリスクを高めるとしています。先行研究では、妊娠中および出生後のPM2.5へのばく露と子どもの自閉スペクトラム症との関連を示唆するものもあります。
今回我々は、妊娠中および出生後の大気汚染物質へのばく露が6歳時の子どもの認知能力と行動に及ぼす影響を明らかにすることを目的として解析を行いました。
研究内容と成果
本研究ではエコチル調査に登録され、環境測定および精神神経発達検査等の詳細調査に参加している親子のうち、兵庫ユニットセンターが担当する245組の親子を対象に追加調査を実施し、妊娠中・出生後の屋外の大気汚染物質へのばく露および出生後の家屋内の大気汚染物質へのばく露が、子どもが6歳時点での認知能力および行動に与える影響を解析しました。
子どもの認知能力については、お子さんにWISC-IV(the Wechsler Intelligence Scale for Children-Fourth Edition)という知能検査を行い、さまざまな問題に回答していただきました。子どもの行動については、保護者の方に子どもの行動チェックリスト(Child Behavior Checklist; CBCL)という質問票に回答していただきました。
妊娠中および出生後5歳になるまでの居住地における屋外の微小粒子状物質(PM2.5)へのばく露量は、機械学習による時空間濃度分布推定モデルを用いて個人ごとに推計しました。また、子どもが1歳6か月と3歳のときにそれぞれ1週間ずつ居住家屋内でPM2.5などの汚染物質の濃度を測定しました。
母親の出産時の年齢、母親の教育歴、母親の喫煙歴、母親の飲酒歴、子どもの性別、在胎週数、出生体重、同胞の有無、世帯年収を共変量として、ロジスティック回帰分析を用いて解析をしました。
解析の結果、妊娠中および出生後の屋外のPM2.5へのばく露量推計値と子どもが6歳時点での認知能力との関連は認められませんでした。しかし、妊娠中および出生後の屋外のPM2.5へのばく露量推計値が高いと、子どもが6歳時点で外向的な問題行動が多くなっていました。また、子どもが1歳6か月と3歳のときに家屋内のPM2.5および粗大粒子(PM10-2.5)の濃度が高いと、6歳時点での認知能力が平均の-1SD未満になることが認められました。
今回の研究ではいくつかの限界があります。まず、今回は兵庫ユニットセンターの参加者のみを対象としたため、居住地域が限定されており、屋外の大気汚染物質濃度の差が小さいことです。また、屋外ではPM2.5以外の大気汚染物質との関連は考慮しておりません。また、妊娠中の家屋内汚染物質が測定されていないため、妊娠中の家屋内環境と6歳時点での子どもの認知能力と行動の関連が検討できていないこともあげられます。
今後の展開
今後は、より広域を対象に大気汚染と子どもの発達の関連を検討することが必要です。また、妊娠中の家屋内環境や遺伝環境要因も考慮したさらなる研究も求められます。
エコチル調査からは引き続き、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因が明らかとなることが期待されます。
図1. 妊娠中の屋外PM2.5ばく露量推計値と子どもが6歳時点での外向的な問題行動との関連
<
四分位範囲(Interquartile Range: IQR)増加当たりのオッズ比>
妊娠初期および出生後0-1年、3-5年の屋外PM2.5へのばく露量推計値が高いことと子どもの外向的な問題行動の多さが関連していました。
図2. 出生後の家屋内汚染物質濃度と子どもが6歳時点での認知能力低下との関連
<四分位範囲(Interquartile Range: IQR)増加当たりのオッズ比>
出生後の家屋内PM2.5および粒径2.5~10μmの粗大粒子(PM10-2.5)濃度が高いことと6歳時点での子どもの全体的な認知能力の低さが関連していました。
特記事項
【論文情報】
題名(英語): Association of air pollution exposure during pregnancy and early childhood with children’s cognitive performance and behavior at age six
著者名(英語):Narumi TOKUDA1,2 , Rina ISHIKAWA2, , Yoshiko YODA1 , Shin ARAKI3 , Hikari SHIMADERA3 , Masayuki SHIMA1,2
1德田 成美、余田 佳子、島 正之:兵庫医科大学 医学部公衆衛生学
2德田 成美、石川 里奈、島 正之:エコチル調査兵庫ユニットセンター
3荒木 真、嶋寺 光:大阪大学大学院 工学研究科
掲載誌:Environmental Research
DOI: 10.1016/j.envres.2023.116733
用語説明
- ばく露
化学物質などに身体が危険にさらされること。
- 共変量
結果に影響を与える要因のこと。
- ロジスティック回帰分析
複数の要因が関連する場合に、特定の事象が起こる確率を検討するための統計手法のこと。
- SD (standard deviation)
ばらつきの程度のこと。平均の-1SD未満の場合は、全体の数値が低い方から15.7%未満に該当することを意味する。
- 四分位範囲
データのばらつき具合を示す指標のひとつ。データを小さい順に並べたとき前から4分の1に位置する値と4分の3に位置する値の範囲を示す。異なるデータのばらつきを比較するために用いる。