フェムト秒レーザー照射で “金属材料が鍛えられる”一瞬の原子の動きを捉えた!
長寿命材料の創成法・構造物の延命法のさらなる発展に貢献
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院工学研究科の佐野智一教授、松田朋己助教を中心とする研究グループは、フェムト秒レーザー照射直後の金属材料内部の応力、ひずみ、塑性変形の複雑な挙動を示すことに世界で初めて成功しました。
フェムト秒レーザーは一般的には固体材料の微細加工や眼科治療、外科手術などに用いられますが、この数年の間に新しい加工法としてフェムト秒レーザー衝撃加工が開発されています。金属材料にフェムト秒レーザーを照射したときに駆動する衝撃波をフェムト秒レーザー衝撃波と呼び、このフェムト秒レーザー衝撃波を利用した加工法がフェムト秒レーザー衝撃加工です。フェムト秒レーザー衝撃加工によって、物質中に特異な微細構造が作り出され、また、金属材料は鍛えられ強くなり壊れにくくなります。そのため、フェムト秒レーザー衝撃波の特性は、他の衝撃波の特性とは異なる可能性があると思われてきました。しかしながら、フェムト秒レーザー衝撃波による金属材料の変形は超高速であるため、その変形挙動を正確に捉えることはこれまで困難でした。
今回、研究グループは、フェムト秒レーザー衝撃波によって超高速で変形している金属材料に、パルス幅が10フェムト秒のX線自由電子レーザーを照射し、超高速で変形しつつある原子の一瞬の動きをX線回折法で捉えました。その結果、フェムト秒レーザー衝撃波による変形の初期過程は、意外にも、従来の衝撃波によるものと同じであることが分かりました。また、理論的に予測されていた応力波と歪み波のピークの時間的なずれを、初めて実験的に発見しました。さらに、応力波と歪み波のピークの間に塑性波のピークが存在するという、理論的にも予測されていなかった新しい発見もありました。これらの発見により、長寿命材料の創成と構造物の延命を可能とするフェムト秒レーザー衝撃加工法のさらなる発展と、カーボンニュートラルおよび安全・安心社会の実現が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、8月31日(木)18時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
過去100年以上にわたり、凝縮物質の衝撃圧縮の本質を理解することが大きなテーマとして研究されてきました。20年ほど前に、フェムト秒レーザー照射によって凝縮物質が衝撃圧縮されることが分かりました。金属材料にある程度高強度のフェムト秒レーザーを照射すると、照射された部分の金属材料が瞬時に気化・プラズマ化し除去されます。その時の反動によって、除去される金属材料表面に衝撃波が駆動され、金属材料内部を伝播し、金属材料は衝撃圧縮されます。この衝撃波をフェムト秒レーザー衝撃波と呼びます。パルス幅の長いナノ秒レーザーを照射したときに発生するナノ秒レーザー衝撃波や、飛翔体が物質に衝突したときに発生する衝撃波とは異なり、このフェムト秒レーザー衝撃波は物質中に特異な微細構造を作り出すという特徴を持っていることが、佐野教授らの先行研究で示されています(Appl. Phys. Lett. 83, 3498 (2003), Appl. Phys. Lett. 105, 021902 (2014)など)。また、フェムト秒レーザー衝撃加工によって金属材料は鍛えられ強くなり壊れにくくなることも、佐野教授らの先行研究により分かっています(J. Laser Appl. 29, 012005 (2017), J. Appl. Phys. 132, 075101 (2022)など)。そのため、このフェムト秒レーザー衝撃波の特性は、他の衝撃波の特性とは異なる可能性があると思われてきました。しかしながら、フェムト秒レーザー衝撃波による金属材料の変形は超高速であるため、その変形挙動を正確に捉えることはこれまで困難でした。
研究の内容
研究グループは、X線自由電子レーザー施設 SACLAのX線自由電子レーザーを用いて、フェムト秒レーザーを照射し衝撃圧縮されて超高速で変形している途中の金属材料の原子の動きを調べました(図1)。
金属材料としては、鉄を用いました。鉄を用いた理由は、鉄が工業や地球科学の分野で重要な材料であることと、従来の衝撃圧縮下での挙動が十分に研究されているからです。
フェムト秒レーザー照射後にX線自由電子レーザーを照射するタイミングを何通りも変えて、それぞれのタイミングにおけるX線回折パターンを取得しました。こうすることによって、超高速の原子の動きを捉えることに成功しました(図2)。さらにその実験結果を理論的に解析することによって、フェムト秒レーザー照射直後の金属材料内部の応力、ひずみ、塑性変形の複雑な挙動を示すことに成功しました。
その結果、フェムト秒レーザー衝撃波による変形の初期過程は、意外にも、従来の衝撃波によるものと同じであることが分かりました。また、理論的に予測されていた応力波と歪み波のピークの時間的なずれを、初めて実験的に発見しました。さらに、応力波と歪み波のピークの間に塑性波のピークが存在するという、理論的にも予測されていなかった新しい発見もありました。
図1. フェムト秒レーザー衝撃波によって金属材料が超高速で変化する様子を捉える実験体系
図2. フェムト秒レーザー照射によって金属材料が鍛えられている一瞬の原子の動きを捉えた様子
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、長寿命材料の創成と構造物の延命を可能とするフェムト秒レーザー衝撃加工法のさらなる高度化と、それによるカーボンニュートラルおよび安全・安心社会の実現が期待されます。さらに、二律背反の関係にある強度と靭性を両立させる新規材料の設計に新たな道を切り拓くことも期待されます。
特記事項
本研究成果は、2023年8月31日(木)18時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル: “X-ray free electron laser observation of ultrafast lattice behaviour under femtosecond laser-driven shock compression in iron”
著者名: Tomokazu Sano, Tomoki Matsuda, Akio Hirose, Mitsuru Ohata, Tomoyuki Terai, Tomoyuki Kakeshita, Yuichi Inubushi, Takahiro Sato, Kohei Miyanishi, Makina Yabashi, Tadashi Togashi, Kensuke Tono, Osami Sakata, Yoshinori Tange, Kazuto Arakawa, Yusuke Ito, Takuo Okuchi, Tomoko Sato, Toshimori Sekine, Tsutomu Mashimo, Nobuhiko Nakanii, Yusuke Seto, Masaya Shigeta, Takahisa Shobu, Yuji Sano, Tomonao Hosokai, Takeshi Matsuoka, Toshinori Yabuuchi, Kazuo A. Tanaka, Norimasa Ozaki, and Ryosuke Kodama
DOI: 10.1038/s41598-023-40283-6
本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)JPMXS0118068348、JSPS科研費19K22061および20H02048、JSPS研究拠点形成事業「X線自由電子レーザーとパワーレーザーによる極限物質科学国際アライアンス」、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題、公益財団法人アマダ財団、公益財団法人軽金属奨学会、公益財団法人大澤科学技術振興財団、公益財団法人マザック財団の助成を受けました。X線自由電子レーザー実験は、高輝度光科学研究センター(JASRI)の承認(課題番号2012A8053、2012B8048、2021B8031、2022A8031)を得て、SACLAのBL3で行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- フェムト秒レーザー
パルス幅(レーザーが光る時間)がフェムト秒オーダー(1フェムト秒は1000兆分の1秒)のレーザーのことです。レーザーの電場の強度が非常に大きいため、比較的小さなエネルギーのフェムト秒レーザーでも金属材料にあてると瞬時にプラズマ化することが可能です。そのため、衝撃波を駆動することが出来ます。
- 衝撃波
音速より大きな速度で進み、波面の前後で質量保存則、運動量保存則、エネルギー保存則が成り立つ波のことを、衝撃波と言います。
- X線自由電子レーザー
高エネルギー加速器で加速した電子を磁場で何度も曲げることによって発生したX線のレーザーのこと。
- X線自由電子レーザー施設 SACLA
理化学研究所播磨キャンパスに世界で2番目に建設されたX線自由電子レーザー施設です。SPring-8 Angstrom Compact Free Electron LAserを略して、SACLAと命名されました。SACLAのX線自由電子レーザーはとてもパルス幅が短く明るいため、原子や分子の一瞬の動きを捉えることが出来ます。