ものづくりを支える“アーク溶接プロセス”の 溶融ワイヤ内部加速挙動の直接計測に世界で初めて成功
次世代接合・3Dプリンティングプロセスへとつなぐ現象可視化
研究成果のポイント
- アークプラズマによって溶融される金属ワイヤ材内部流れの加速挙動のその場計測(実際に現象が起こっている最中に計測を行うこと)に世界で初めて成功した。
- アークプラズマは、材料加工や廃棄物処理、ナノ粒子創製など様々な産業分野で応用されている高温・高粒子密度のプラズマで、アーク溶接プロセスはものづくりの基盤を支える材料加工技術である。
- 溶融した金属ワイヤ材内部の流れは高速であり直接計測が困難であったが、今回、高輝度放射光X線を用いた高速イメージングにより計測が可能となった。
- 今回の成果は、アークプラズマと金属ワイヤ材を用いた高効率・高精細な接合プロセスや3Dプリンティングプロセスの確立・高度化へとつながることが期待できる。今後、ものづくりの高度化、カーボンニュートラル、安全・安心社会の実現に貢献することが期待される。
概要
大阪大学大学院工学研究科の大学院生の佐藤祐理子さん(博士後期課程、日本学術振興会特別研究員DC1)、荻野陽輔准教授、佐野智一教授らの研究グループは、アークプラズマによって溶融、射出される金属ワイヤ材内部流れの加速挙動をその場計測することに世界で初めて成功しました。
アークプラズマは高温・高粒子密度なプラズマであり、材料加工や廃棄物処理、ナノ粒子創製など様々なプロセスに応用されています。本研究は、アークプラズマを用いた溶接プロセス(アーク溶接プロセス)やその応用であるワイヤ・アークアディティブマニュファクチャリングプロセス(WAAMプロセス)をターゲットとしています。これらのプロセスにおいては、金属ワイヤ材と被加工材の間でアークプラズマを放電させ、そのエネルギーで材料を溶融、加工します。このとき、溶融した金属ワイヤ材は被加工材へと射出され、加工された構造物の一部となります。そのため、効率や精度の良いプロセスを確立するためには、溶融した金属ワイヤ材の挙動を適切にコントロールすることが重要です。しかし、その挙動が高速であることから、外観的な観察や数値シミュレーションは多くなされてきましたが、内部現象について計測された例はありませんでした。
今回、研究グループは、高輝度放射光X線を用いた高速イメージングを適用することにより、溶融した金属ワイヤ材内部における流速をその場計測しました(図1)。その結果、内部の流れは金属ワイヤ材がプラズマによって溶融されたのち大きく加速されていることが分かりました。また、放電の電流値やアークプラズマと金属ワイヤ材の接触状態に応じて加速挙動が変化し、その結果として射出形態も変化することが分かりました。これらの成果は、プロセス中の溶融金属材料における輸送現象のメカニズム解明、また、高効率・高精細な接合プロセスやAMプロセスの確立へとつながるものであり、ものづくりの高度化、カーボンニュートラル、安全・安心社会の実現に貢献することが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Communications Materials」に、8月20日(火)18時(日本時間)に公開されました。
図1. アーク溶接プロセス中に溶融する金属ワイヤ材内部の流速その場計測の実験体系
研究の背景
アーク溶接プロセスは、様々な産業分野で実用されているものづくりの基盤を支える材料加工技術です。近年では、アーク溶接プロセスを応用した金属3DプリンティングプロセスであるWAAMプロセスの研究・開発も進んでいます。これらのプロセスにおいては、金属ワイヤ材と被加工材の間で放電させるアークプラズマがエネルギー源となり、金属材料を溶融、加工します。このとき、溶融した金属ワイヤ材は被加工材へと射出され構造物の一部となりますが、その挙動はアークプラズマとのインタラクションにより大きく変化することが、高速度カメラによる観察や数値シミュレーションより考察されてきました。しかし、この溶融した金属ワイヤ材の射出現象は高速であり、空間的にも数mm四方程度の狭い領域内で生じることから、その内部現象について直接その場計測された例はありませんでした。
研究の内容
研究グループは、兵庫県の大型放射光施設SPring-8、日本原子力研究開発機構専用ビームラインBL22XUにおいて高輝度放射光X線を用いた高速イメージングを行うことにより、プラズマによって溶融される金属ワイヤ材内部の流速をその場計測しました。金属ワイヤ材には、その内部に流速を計測するためのトレーサ粒子となるタングステン粒子(直径約50μm)を封入した直径1.2mmのアルミニウム合金を用いました。アークプラズマによって溶融、射出されている金属ワイヤ材に対してX線を照射し、高速度カメラを用いてX線透過画像を1秒間に3000枚取得、トレーサ位置の変化を読み取ることで、溶融した金属ワイヤ材内部の流速を計算しました。
その結果、金属ワイヤ材内部の流れは、プラズマによって溶融されたのちわずか1mm程度の空間で大きく加速されることが分かりました。また、アークプラズマの放電電流の大きさやアークプラズマと金属ワイヤ材との接触状態によって加速挙動は大きく変化し、溶融した金属ワイヤ材の射出形態に影響を及ぼしていることが明らかになりました(図2)。とくに、電流値が大きくアークプラズマが溶融した金属ワイヤ材を取り囲むように接触している場合、ジェット状に溶融金属が射出されますが、このとき、内部流速は非常に大きく加速されていることが分かりました。
図2. アーク溶接プロセス中に撮影された溶融金属ワイヤ材のレントゲン画像
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、アーク溶接プロセスやその応用であるWAAMプロセスにおけるプロセス中の溶融金属材料における輸送現象のメカニズム解明につながることが期待されます。これは、高効率・高精細な接合プロセスや3Dプリンティングプロセスの確立・高度化へとつながるものであり、ものづくりの高度化、カーボンニュートラル、安全・安心社会の実現に貢献することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年8月20日(火)18時(日本時間)に英国科学誌「Communications Materials」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“In-situ X-ray imaging of the breakup dynamics of current-carrying molten metal jets during arc discharge”
著者名:Yuriko Sato1,*, Takahisa Shobu2, Aki Tominaga2, Tomokazu Sano1, and Yosuke Ogino1,* (*責任著者)
1.大阪大学大学院工学研究科 マテリアル生産科学専攻
2.日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 物質科学研究センター
DOI: https://doi.org/10.1038/s43246-024-00586-1
なお、本研究は、日本原子力研究開発機構の施設供用制度(課題番号2022A-E08)、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ受託事業(助成番号:JPMXP1222AE0008)および日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:JP22KJ2184)の助成を受けて行われました。X線イメージング実験は、高輝度光科学研究センター(JASRI)の承認(課題番号:2022A3739)を得て、SPring-8のBL22XUにて行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- アークプラズマ
物質のエネルギー状態を高めていくと、物質は固体→液体→気体と状態を変化させていくが、さらにエネルギー状態を高めると、気体を構成する粒子がイオンや電子に電離する。電離した状態の粒子(荷電粒子)を多数含む気体の状態をプラズマと呼ぶ。その中でもアークプラズマは、粒子数密度が大きく、プラズマを構成する電子、イオン、中性粒子のいずれの粒子種においてもエネルギー状態も高いものを指し、熱プラズマとも呼ばれる。
- アーク溶接プロセス
アークプラズマをエネルギー源とする溶接プロセス。プロセスに用いる電極の材質や高温となる溶接部の保護の方法によっていくつかに分類される。本研究においては、電極に金属ワイヤ材、溶接プの保護にシールドガス(アルゴンなど)を用いるガスメタルアーク溶接プロセスに着目している。
- WAAMプロセス
アークプラズマをエネルギー源とし、金属ワイヤ材を溶融、積層していくことによって三次元的な構造物を作製する金属3Dプリンティングプロセス。アーク溶接プロセスの応用と捉えることもできる。造形速度が大きく大型構造物を効率よく作製できる特徴を有している。