腎機能マーカーの推移と心不全発症は密接に関与
10年以上の経年分析で判明
研究成果のポイント
- ヨーロッパ人約7,000人/11年間の腎機能バイオマーカーの推移パターンの特定と心不全の発症との関連を分析。
- 一度の測定では不安定とされていた腎機能マーカーだが、経年的には多くの場合で一定であった。
- 全ての腎機能マーカーにおいて恒常的にそれらの値が高い場合、心不全発症リスクとの関連が見られた。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の坂庭嶺人 特任助教(常勤)(公衆衛生学)・グローニンゲン大学循環器教室(オランダ)・グローニンゲン大学メディカルセンター(オランダ)らの国際共同研究グループは、ヨーロッパ人約7,000人の11年間におよぶ腎機能マーカーの推移と心不全入院に関するデータを分析・評価しました。
これまで腎機能と心臓病の関係性(Cardio-Renal Association)は提唱されてきましたが、心不全に関しては研究間で結果は異なり、また 1)心不全になるから腎機能が悪くなるのか? 反対に、2)腎機能が悪くなるから心不全になるのか?これらの時系列的な関連について確かなことは分かっておらず、今までにも国際的なガイドラインでもいくつもの論議が重ねられていました。また腎機能マーカーの評価は難しく、同じ測定方法でも天候・時間などによっても大きく値が変動するため、実臨床レベルでの正確な利用は手間やコストパフォーマンスの観点から活用が困難とされてきました。国際共同研究グループはヨーロッパ人約7,000人の11年間の腎機能マーカーの変動を調査・最新の分析技術を応用し、変動パターンの特定に成功しました。さらに、パターン別の心不全発症リスクとの評価を行うことで、これら問いに対するアプローチを実施しました。
その結果、腎機能マーカーは11年間でほぼ全てのパターンで一定に推移しており、このことから、短い間隔の測定では変動が大きいとされる腎機能マーカーは、実は経年的にはほぼ一定で推移していることが示唆されました。心不全との関連について、同じデータを用いた単年での腎機能マーカーでは“新規の心不全発症とは統計学な関連はなし“とされていましたが、本研究のアプローチでは、全ての腎機能マーカーで心不全発症と非常にクリアな関連が認められました。また、サンプルサイズの問題により、統計的な有意差は認められなかったものの、腎機能マーカーの継続的な改善は心不全発症リスク減少の効果があることが示唆されました。
本研究成果は、世界的な課題である心不全予防対策の有益な科学的エビデンスとなるだけでなく、日本国内における特定健診や健康診断など、経年的な推移を利用したバイオマーカーの活用、評価により、より正確に病気を予測できる可能性を示唆します。
本研究成果は、2023年6月7日(水)に欧州科学誌「European Journal of Heart Failure」(オンライン)に掲載されました。
図1. 本研究概要と先行研究比較
※ 青は1時点のみの腎機能マーカーと心不全の評価(Eur Heart J. 2014)より抜粋。
※ オレンジは本研究の11年間に及ぶ経年的な腎機能評価と心不全の関連について。
※ 同一データセット(PREVEND study)を用いた本研究と先行研究との比較。
研究の背景
心不全は世界的に増加の一途を辿る病気で、現在日本国内では約120万人、世界では約3000万人が発症し、著しく健康寿命を縮めるため予防の重要性が近年ますます叫ばれています。腎機能と心臓の密接な関連(Cardio-Renal Association)は広く提唱されてきましたが、腎機能の悪化と新規の心不全発症に関しては、先行研究間で“関連なし”とする結果と“関連あり”する結果どちらも散見されます。このことからも、1)心不全になるから腎機能が悪くなるのか?反対に、2)腎機能が悪くなるから心不全になるのか?これらの関連について確かなことは分かっておらず、今までにも国際的なガイドラインでいくつもの論議が重ねられていました。また正確な腎機能マーカーの評価は意外と難しく、例えば、短い間隔での同じ測定方法を用いた評価でも、尿中アルブミンなどのデータは天候・時間などによっても大きく値が変動するため、実臨床レベルでの正確な利用は手間やコストパフォーマンスの観点から困難とされてきました。
研究の内容
今回、研究グループはPREVEND (Prevention of Renal and Vascular End-Stage Disease) Studyにおいて、過去に心不全発症のないヨーロッパ人約7,000人の11年間のコホート研究を実施、腎機能マーカー(尿中アルブミン・血清クレアチニン)の変動と新規心不全発症との関連を調査・最新の分析技術を応用・評価しました。その結果、統計学的に腎機能マーカーの変動パターンは数種類のサブタイプに分類できることが明らかになりました。短い間隔での腎機能マーカーは大きく変動するとされてきましたが、11年間の経年的な変化においてはどちらの腎機能マーカーでもほぼ全てのパターンで一定に推移していることが分かりました。
図2. 尿中アルブミン(左)と血清クレアチニンの経年的な推移(右)
※ 尿中アルブミン・血清クレアチニンともに、ベースライン時点の値を下からそれぞれClass 1-10とした
※ 縦軸は自然対数表示。
※ 自然対数2, 3, 4, 5, 6, 7, 8 は凡そ自然数換算で約7.5, 20, 55, 150, 400, 1100, 2900
新規の心不全発症との関連については、同じデータを用いて単年評価の腎機能と心不全発症を評価した先行研究(Eur Heart J 2014)では“関連なし“とされていましたが、本研究では高く維持されている腎機能マーカーほど心不全発症リスクが高く、非常にクリアな関連が認められました。また、サンプルサイズの問題により統計的な有意差は認められなかったものの、既に微量アルブミン尿などの腎臓がある程度低下している人でも、腎機能マーカーの継続的な改善により、心不全発症リスクを約半減させることが示唆されました(尿中アルブミン:Class 5 vs Class 6)。
図3. 腎機能マーカー推移サブタイプ別にみる新規心不全発症率
※ 傾向性検定(尿中アルブミンはClass 5を除く):ともにp<0.001
尿中アルブミンClass 5は元々Class 6同程度の微量アルブミン尿患者。経年的な尿中アルブミン濃度の減少が見られたグループ
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
心不全の予防は世界的な課題であり、本研究はその対策の有益な科学的エビデンスとなります。特に、短い間隔での評価では変動が大きいとされていた腎機能マーカーは、長期的にはほぼ一定の推移を示しており、それらと心不全発症の密接な関係性を示した本研究は、腎機能マーカーを利用した将来の心不全予測に対する懸念・疑問を解消する結果となりました。また、日本国内においても特定健診や社内の健康診断など、経年的な健康情報のサンプリングは実施されているものの、有益な活用例はまだ少なく、これらを利用することにより、より正確に病気を予測できる可能性が示唆されました。
特記事項
本研究成果は、2023年6月7日(水)に欧州科学誌「European Journal of Heart Failure」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Trajectories of renal biomarkers and new onset heart failure in the general population: Findings from the PREVEND study”
著者名:Ryoto Sakaniwa1,2, Jasper Tromp2,3,4, Koen W. Streng2, Navin Suthahar2, Lyanne M. Kieneker5, Douwe Postmus2, Hiroyasu Iso6, Ron T. Gansevoort5, Stephan J.L. Bakker5, Hans L. Hillege2, Rudolf A. de Boer2, and Biniyam G. Demissei7
(*責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 社会医学講座 公衆衛生学教室
2. Department of Cardiology, University Medical Centre Groningen, University of Groningen, Groningen, The Netherlands
3. Saw Swee Hock School of Public Health, National University of Singapore & National University Health System, Singapore
4. Duke-NUS Medical School, Singapore
5. Division of Nephrology, Department of Internal Medicine, University Medical Centre Groningen, University of Groningen, Groningen, The Netherlands
6. The Institute for Global Health Policy, National Center for Global Health and Medicine, Tokyo, Japan
7. Division of Cardiology, Perelman School of Medicine, University of Pennsylvania, Philadelphia, The United States.
DOI:https://doi.org/10.1002/ejhf.2925
なお、本研究はヨーロッパ腎臓病学会、グローニンゲン大学医学研究所、大阪大学メディカルデータサイエンス研究拠点の形成プロジェクトの協力を得て行われました。ここに感謝の意を表します。
参考URL
PREVEND研究HP
https://research.rug.nl/en/datasets/prevention-of-renal-and-vascular-end-stage-disease-prevend
大阪大学大学院医学系研究科公衆学教室
http://www.pbhel.med.osaka-u.ac.jp/
グローニンゲン大学循環器教室
https://umcgresearch.org/w/cardiology
用語説明
- Cardio-Renal Association
一見、全く異なる臓器である心臓と腎臓は、実は血管で繋がっているため互いに密接に関連するという考え。しかしながら、実際は時系列的な関連性はまだよく分かっておらず、特に1)心臓の機能が悪化するから、腎機能が悪くなるのか? 2)腎機能が悪くなるから心臓が悪くなるのか?などは、これからの研究の課題とされてきた。
- 尿中アルブミン
尿中に含まれるたんぱく質の1つ。健常な腎機能の人ではごくわずかしか含まれないが、腎機能低下に伴い2次関数的に増加する為、腎機能の検査において非常に有用なバイオマーカーとされている。反面、短期間の測定では測定日や測定時間によっても大きく値が変動するため、正確な値には24時間蓄尿が必要である。そのため本研究の様な、腎機能をメインターゲットにした大規模かつ長期の疫学調査は世界的にも珍しい。
- コホート研究
特定の要因を保有する集団とそうでない集団を一定期間追跡し、研究対象となるイベントの発生率を比較する事で、原因と結果の関連を調べる観察研究。通常、特定の要因の評価はベースラインの1時点のみで評価するが、本研究では2‐3年毎に繰り返し評価を行い、腎機能の変動と心不全の関連性における評価の実施を可能にした。