ミトコンドリアは瞬発力に優れる“速筋”の成長を 制御する場として機能する

ミトコンドリアは瞬発力に優れる“速筋”の成長を 制御する場として機能する

2023-5-16生命科学・医学系
理学研究科教授石原直忠

研究成果のポイント

  • 瞬発力に重要な“速筋” の成長に、正常なミトコンドリア形態が必須であることを発見しました。
  • ミトコンドリアが、速筋の成長シグナルを仲介する反応の場であることを見出しました。
  • ミトコンドリア分裂阻害による速筋の成長遅延は、mTOR経路の阻害剤により回復することを示しました。
  • ミトコンドリア病患者におけるミオパチー発症機構の理解や、その治療戦略への応用が期待されます。

概要

大阪大学大学院理学研究科の安田樹特任研究員、石原孝也助教(当時)、石原直忠教授らの研究グループは、瞬発力に優れる“速筋”成長における、ミトコンドリアの新しい機能を発見しました。

骨格筋は、短距離走など瞬発力が必要な運動が得意な“速筋線維”と、ウォーキングなど持久力が必要な運動が得意な“遅筋線維”の大きく2種類に分けられます。それぞれの骨格筋の成長機構の理解は重要な課題ですが、これらの違う性質の骨格筋がどのように作られるのか、その詳細はよくわかっていませんでした。

ミトコンドリアは分裂と融合を活発に繰り返して形を変えるダイナミックな細胞小器官です。今回、マウスの骨格筋でミトコンドリアの形態を強制的に変化させると、速筋の成長のみが大きく遅延することを見出しました。さらに、栄養と細胞増殖を繋ぐことが知られている“mTOR経路”と、ミトコンドリア病のバイオマーカーとして知られる“GDF15”が、ミトコンドリアを介する速筋成長シグナルに関わることを見出しました(図1)。

本研究により、ミトコンドリアが骨格筋分化のシグナル伝達を仲介する場となることがわかりました。この成果により、ミトコンドリア病患者にもしばしば見られるミオパチーの発症機構の理解やその治療法開発への貢献が期待できます。

本研究成果は、米国科学誌「Cell Reports」に、4月24日(月)に公開されました。

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図1. ミトコンドリアが反応の場となり、速筋成長を制御する。

研究の背景

ミトコンドリアは、好気呼吸によって細胞内のエネルギー通貨であるATPを産生するだけでなく、代謝・細胞内シグナル伝達・細胞分化等、多様な機能を持つ細胞小器官です。ミトコンドリアの機能が失われて発症する病気を総称して“ミトコンドリア病”と呼び、特に脳や筋肉で顕著な病態が観察されます。ミトコンドリアが正常に機能するためには、分裂と融合による活発な形態の変化が重要であることが知られています。しかし、ミトコンドリアの形態制御が骨格筋の成長に与える影響についてはこれまで十分には理解されていませんでした。

研究の内容

今回、骨格筋のみでミトコンドリアの分裂が止まるマウス系列を作出し、速筋・遅筋の成長について様々なアプローチで観察を行いました。その結果、この新生仔マウスは、速筋の成長が顕著に遅延することが明らかになりました。

骨格筋の断面を顕微鏡で観察すると、遅筋線維(図2:青)の成長に大きな影響は見られないのに対し、速筋線維(赤)が顕著に細くなることがわかりました(図2)。また、速筋・遅筋それぞれに特異的なマーカー遺伝子の発現量を測定しても、ミトコンドリアの分裂が止まった骨格筋では、速筋マーカーのみが減少することがわかりました。

このメカニズムを探索したところ、ミトコンドリア分裂阻害によって、代謝・細胞増殖・飢餓応答など数多くの細胞内シグナル伝達に関わるmTOR経路が活性化していること、さらにこのmTOR経路の阻害剤を投与することで、速筋の成長が回復することが明らかになりました。

さらに、mTORを含むタンパク質複合体の1つであるmTOR複合体2(mTORC2)は、分裂が抑制されて大きくなったミトコンドリアに移動することを見出しました。さらに、mTOR経路が活性化すると、ミトコンドリア病のバイオマーカーとして知られるGDF15の発現量が増加し速筋成長が遅延することも明らかになりました。

これらの結果から、ミトコンドリアの分裂が止まると、mTOR複合体2がミトコンドリア上に集まることでmTOR経路が活性化され、速筋の成長が遅延することがわかりました(図3)。

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図2. ミトコンドリアの分裂を止めると、速筋線維が細くなる。

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図3. ミトコンドリア分裂異常により速筋成長が抑制される経路のモデル図。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、エネルギー産生以外のミトコンドリアの新しい機能が見出され、ミトコンドリアの多様な生理学的意義への理解が更に深まりました。ミトコンドリア病の患者さんでは、しばしば筋肉の異常が見られます。今後、本研究成果が、ミトコンドリア病やその他の疾患に関連するミオパチー、加齢に伴うサルコペニアなどの発症機構の理解やその治療戦略への応用に繋がることが期待されます。さらに、本研究成果は、骨格筋の再生メカニズムの理解へ繋がる可能性があり、筋疾患治療への応用も期待できます。

特記事項

本研究成果は、2023年4月24日(月)に米国科学誌「Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Mitochondrial dynamics define muscle fiber type by modulating cellular metabolic pathways”
著者名:Tatsuki Yasuda, Takaya Ishihara, Ayaka Ichimura and Naotada Ishihara
DOI: 10.1016/j.celrep.2023.112434

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業AMED-CREST「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域における研究開発課題「ミトコンドリアの経年劣化による個体機能低下の分子基盤」(研究開発代表者:石原直忠)、及び「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」研究開発領域における研究開発課題「筋萎縮の病態に迫るミトコンドリアのメカノバイオロジー」(研究開発代表者:東谷篤志・東北大学大学院生命科学研究科・教授)、JSPS科学研究費助成事業 基盤研究 C(研究代表者:石原孝也)の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

mTOR

栄養状態や成長因子などの情報を感知して、代謝・細胞増殖・細胞生存など様々な細胞内シグナルに関与するタンパク質リン酸化酵素。複数のタンパク質と複合体を形成して機能する。

ミオパチー

筋疾患の総称。筋力の低下や、筋肉の萎縮が見られる。

速筋線維

素早い運動をするときに使われる筋線維で、大きな力を瞬時に発揮する。一方で、持久力が無く疲れやすい。白筋とも呼ばれる。

遅筋線維

ゆっくり動くときに使われる筋線維で、持久力に優れる。赤筋とも呼ばれる。

分裂と融合

ミトコンドリアは、絶えず形態を大きく変化させている。分裂して分かれたり、融合して合体したりする様子が観察できる。ミトコンドリアの品質管理に大きく寄与し、ストレス応答や個体の発生・分化等、様々な生命現象に関わることが明らかになっている。

GDF15

ストレスによって発現誘導され、細胞間の情報伝達を担うタンパク質の一種。ミトコンドリア病の診断バイオマーカーとして特異性が高く有用であることが近年明らかになった。

サルコペニア

加齢により筋肉量が減少し、筋力が低下する現象。転びやすくなる、歩く速度が遅くなる、杖や手すりが必要になるなど、身体機能が低下する。