ミトコンドリアDNAの“動き”の制御で ミトコンドリアの機能を向上

ミトコンドリアDNAの“動き”の制御で ミトコンドリアの機能を向上

2022-11-16生命科学・医学系
理学研究科助教石原孝也

研究成果のポイント

  • ミトコンドリアDNAがミトコンドリア内部で動く過程に、内膜のタンパク質であるATAD3Aが働いていることを見出しました。
  • ミトコンドリアDNAが適切に配置されると、エネルギー生産に必須な酵素群が効率よく機能できることを明らかにしました。
  • ミトコンドリアDNAの動きを変化させる技術開発によって、今後ミトコンドリアの機能を活性化できるようになる可能性が考えられます。

概要

大阪大学大学院理学研究科の石原孝也助教、石原直忠教授らの研究グループは、ヒト由来の培養細胞を用いて、ミトコンドリアの中のDNAが、細長い管状のミトコンドリアに沿って輸送される分子機構を世界で初めて明らかにしました。

ミトコンドリアは酸素呼吸により体内のエネルギー生産を担う重要な細胞小器官です。ミトコンドリアは内部に自身のDNAを持っており、このミトコンドリアDNAが適切に機能発現することが酸素呼吸には必要です。

ヒト細胞の生細胞観察を行うと、ミトコンドリアDNAが細長いミトコンドリア内で活発に移動していることが観察できますが、そのメカニズムと役割はほとんど理解されていませんでした。

今回の研究により、ミトコンドリア内膜のATAD3Aタンパク質が、ミトコンドリアDNAの輸送に働いていることがわかりました(図1)。また、この現象がミトコンドリア活性の制御に関わることも見出しました。

これらの発見を応用することで、ミトコンドリアの機能低下を伴う病態の治療技術構築への貢献が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に11月16日(水)に掲載されました。

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図1. ミトコンドリア内膜タンパク質ATAD3Aは、ミトコンドリアDNAを動かす

研究の背景

ミトコンドリアは酸素呼吸を行い、細胞内の「発電所」としてエネルギー(ATP)の産生を担う重要な細胞小器官です。このミトコンドリアは細菌の共生を起源としており、その名残として今でも自身の遺伝子、ミトコンドリアDNAを持っています。私達ヒトでは、ミトコンドリアDNAは細胞あたり数百個以上も存在しています。図1で示すように、HeLa細胞では、ミトコンドリアDNAを含む緑色のドット状の構造体が数多く存在しています。しかしミトコンドリアの中でのミトコンドリアDNAの配置やその変化の仕組みは、これまであまり注目して解析されていませんでした。

研究の内容

今回、スピニングディスク共焦点顕微鏡を使ってミトコンドリアDNAの生細胞内での動きの詳細な観察を行いました。その結果、ミトコンドリアの内膜に存在するATP加水分解酵素であるATAD3Aタンパク質が、ミトコンドリアDNAを細長い管状のミトコンドリアに沿って輸送する働きを持つことがわかりました。

タイムラプス撮影によりミトコンドリアDNAを含む構造が移動する速度を測定したところ、ATAD3Aを抑制するとミトコンドリアDNAはほとんど動くことができず、その場に留まったままになることがわかりました(図2)。さらにこの時、ミトコンドリアDNAを含む構造はより小さくなり、また数が増加していることも見出しました。これは、ミトコンドリアDNAを含む構造がミトコンドリア内で動かなくなり、その場に留まり続けているためでした。またATAD3Aは、ATP加水分解に必要な領域で、ミトコンドリアDNAと直接結合していることがわかりました。これらの結果から、内膜のATAD3Aはミトコンドリア内でミトコンドリアDNAと結合して動かしていることがわかりました(図1、右下図)。

また一方で、本研究グループはこれまでに、ミトコンドリアの分裂を抑制させてミトコンドリアをより長くすると、ミトコンドリアDNAが長いミトコンドリアの一部に集合し巨大化することを見出していました(PNAS 2013)。今回、長く伸びたミトコンドリアの中では、ATAD3Aが多くのミトコンドリアDNAを活発に動かせることで、ミトコンドリアDNAの集合を進めていたことがわかりました。

さらなる詳細な解析から、ATAD3Aをなくした細胞では、エネルギー産生に必要な酵素群(呼吸鎖複合体)の量がより増加することがわかりました。つまり、ミトコンドリアDNAの動きは、エネルギーを産生する活性の制御に関与することが明らかになりました(図3)。

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図2. ATAD3Aの発現抑制によってミトコンドリアDNAの動きが停止する
タイムラプス観察によって、ミトコンドリアDNAの動きを動画撮影した(画像は各時間の静止画像)。また、任意のミトコンドリアDNAを選択し、その動きをトレースした(右、“mtDNAの軌跡” )。ATAD3Aを発現抑制することでミトコンドリアDNAはほとんど動くことができず、その場に留まっている。

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図3. ATAD3AによるミトコンドリアDNAの動きがミトコンドリアの活性を制御している

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

神経変性疾患や代謝関連疾患では、ミトコンドリアの機能が低下していることが知られています。本研究の成果から、新たにミトコンドリアDNAの動きと酸素呼吸によるエネルギー生産との関連が明らかとなりました。今後、本研究成果をもとに、ミトコンドリアDNAのダイナミクスを調節することで、ミトコンドリア機能を改善する、新しいアプローチへの発展が期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America, PNAS)」(オンライン)に11月16日(水)掲載されました。

タイトル:“Mitochondrial nucleoid trafficking regulated by the inner-membrane AAA-ATPase ATAD3A modulates respiratory complex formation”
著者名:Takaya Ishihara, Reiko Ban-Ishihara, Azusa Ota and Naotada Ishihara
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2210730119

なお、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業AMED-CREST「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域における研究開発課題「ミトコンドリアの経年劣化による個体機能低下の分子基盤」(研究開発代表者:石原直忠)、JSPS科学研究費助成事業 基盤研究C(研究代表者:石原孝也)の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

ミトコンドリアDNA

ミトコンドリアが保持する独自のゲノム。ヒトでは約16.5 k塩基対の環状構造で、13種類の呼吸鎖タンパク質、22種類のtRNA、2種類のリボソームRNAをコードしている。ミトコンドリア内膜の内側であるマトリックスに存在している。

内膜

ミトコンドリアは外膜と内膜の二重膜で包まれている。エネルギー産生を担う電子伝達系の呼吸鎖複合体は内膜に分布している。また、内膜にはクリステと呼ばれる特徴的なヒダ状の微細構造が存在する。

ATAD3A

ミトコンドリア内膜に局在するタンパク質で、これまでにクリステの構造形成・脂質の代謝・細胞の増殖、など様々な細胞機能に関わると報告されている。

スピニングディスク共焦点顕微鏡

生細胞や生体内を高精細かつ高速に観察するためのイメージング装置。多数のピンホールが配置されたディスクを回転させ、これにレーザー光を照射することで蛍光のマルチビームができ、それらがカメラの撮像面の全体をカバーすることで素早く共焦点画像が取得できる。

ATP加水分解酵素

ATPをADPとリン酸に加水分解する反応を触媒する酵素群。この反応において生じるエネルギーは、生体内でエネルギーを必要とするさまざまな場面で利用される。

ミトコンドリアの分裂

ミトコンドリアは細胞内で形態を大きく変化させている。この形態変化において、ちぎれて2つに分かれる現象をミトコンドリアの分裂という。ミトコンドリアの分裂にはDrp1タンパク質が中心的な役割を担っており、個体の発生や分化など多岐にわたる生命現象に関わっている。

呼吸鎖複合体

ミトコンドリア内膜に存在し、電子伝達による水素イオンの輸送を利用してATPの産生に関与している。呼吸鎖複合体のうち、I、III、IV、VはミトコンドリアDNA由来のタンパク質と細胞核内DNA由来のタンパク質の両方から構成されている。