父親の職業性ばく露と児の先天性心疾患発生リスクとの関連について

父親の職業性ばく露と児の先天性心疾患発生リスクとの関連について

2023-2-7生命科学・医学系
医学系研究科招へい教授磯博康

研究成果のポイント

  • 父親の化学物質等への職業性ばく露の頻度が、生まれた子どもの先天性心疾患発生リスクに影響するかどうか検討しました。
  • コピー機・レーザープリンタ、水性ペイント・インクジェットプリンタの使用が「週1回以上」の場合と、エンジンオイル、はんだなど鉛を含む製品、無鉛はんだ、微生物の使用が「月1~3回」の場合は、使用がない場合と比べて生まれた子どもの先天性心疾患の発生リスクが高くなりました。これらの物質は、その他の物質と組み合わさってばく露した場合も同様の結果が認められました。
  • 有機溶剤、塩素系漂白剤・殺菌剤は、その他の物質と組み合わさって「月1~3回」使用した場合、使用のない場合と比べて先天性心疾患の発生リスクが高くなりました。
  • 本研究の限界点として、化学物質の使用やその頻度は、質問票によって評価したものであり、生体試料(血液中や尿中)の化学物質濃度(ばく露量)などの客観的な指標を用いたものではないことが挙げられます。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の磯博康 招へい教授(環境医学/エコチル調査・大阪ユニットセンター ユニットセンター長補佐/国立国際医療研究センター国際医療協力局グローバルヘルス政策研究センター長)の研究チームは、28,866人の父親を対象として、化学物質への職業性ばく露が、生まれた子どもの先天性心疾患の発症に与える影響について解析を行いました。その結果、父親のコピー機・レーザープリンタ、水性ペイント・インクジェットプリンタへの定期的なばく露(週1回以上)、エンジンオイル、はんだなど鉛を含む製品、無鉛はんだ、微生物、有機溶剤、塩素系漂白剤・殺菌剤への時折のばく露(月1~3回)は、子どもの先天性心疾患の発生リスクの増加と関連しました。本研究の父親の仕事での化学物質等の使用やその頻度は、質問票によって評価したものであり、生体試料(血液中や尿中)の化学物質濃度などの客観的な指標を用いたものではありません。そのため、客観的な指標を用いた調査を今後進めてゆきます。

本研究の成果は、2023年2月3日(金)午前9時(日本時間)に学術誌「Environmental Health and Preventive Medicine」(オンライン)に掲載されました。

※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。

研究の背景

子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。

エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。

先天性心疾患は主要な先天性疾患の一つで、アジアでは先天性心疾患の頻度がヨーロッパに比べ多いことが報告されています。これまでに、父親の化学物質ばく露と子どもの先天性心疾患発生との関連を示唆する報告がいくつかありましたが、大規模な前向き研究はありませんでした。そこで、本研究では、大規模な出生コホートであるエコチル調査により、父親の化学物質への職業性ばく露の頻度が、生まれた子どもの先天性心疾患発生リスクに影響するかどうか検討しました。

研究の内容と成果

本研究では、父親の自記式質問票に有効な回答があった28,866人を対象としました。化学物質への職業性ばく露については、パートナーの妊娠が判明するまでの約3か月間に父親が仕事で半日以上かけて使用した頻度を回答してもらい、「不使用」、「月1~3回」、「週1回以上」の3群に分類しました。また、出生時の医療記録から生まれた子どもの先天性心疾患の有無の情報を得ました。ロジスティック回帰分析を用いて、生まれた子どもの先天性心疾患の発生リスクについて職業性ばく露別の頻度のオッズ比(OR)及び95%信頼区間(CI)を算出しました。なお、交絡因子として両親の年齢、先天性心疾患の既往歴、糖尿病(母親は糖尿病または妊娠糖尿病)、教育歴、喫煙習慣、飲酒習慣、BMI(母親は妊娠前のBMI)、母親のてんかん、結合組織疾患、風疹、薬剤使用歴、および世帯収入を調整しました。

28,866人の生存児のうち、120人に先天性心疾患の発生がありました(発生率4.16/1,000)。コピー機・レーザープリンタ(OR=1.38、95%CI: 1.00–1.91)、水性ペイント・インクジェットプリンタ(OR=1.60、95%CI: 1.08-2.37)の使用が「週1回以上」の場合、使用のない場合と比べて、生まれた子どもの先天性心疾患の発生リスクが高くなりました。また、エンジンオイル(OR=1.68、95%CI: 1.02–2.77)、はんだなど鉛を含む製品(OR=2.03、95%CI: 1.06–3.88)、無鉛はんだ(OR=3.45、95%CI: 1.85–6.43)、微生物(OR=4.51、95%CI: 1.63–12.49)の使用が「月1~3回」の場合、使用のない場合と比べて先天性心疾患の発生リスクが高くなりました(図1)。これらの物質は、その他の物質と組み合わさってばく露した場合も同様の結果が認められました。さらに、有機溶剤(OR=1.69、95%CI: 1.04-2.74)、塩素系漂白剤・殺菌剤(OR=1.57、95%CI: 1.00-2.46)も、その他の物質と組み合わさって「月1~3回」使用した場合、使用のない場合と比べて先天性心疾患の発生リスクが高くなりました(図2)。

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図1. 父親の化学物質への職業性ばく露と子どもの先天性心疾患発生リスクとの関連

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図2. 父親の複合的な化学物質への職業性ばく露と子どもの先天性心疾患発生リスクとの関連

今後の展開

本研究の結果から、コピー機・レーザープリンタ、水性ペイント・インクジェットプリンタの「週1回以上」の職業性ばく露は生まれた子どもの先天性心疾患の発生リスク増加と関連していることが示されました。また、エンジンオイル、はんだなど鉛を含む製品、無鉛はんだ、微生物の「月1~3回」の職業性ばく露は、生まれた子どもの先天性心疾患の発生リスク増加と関連していることが示されました。これらの物質は、その他の物質と組み合わさってばく露した場合も同様の結果が認められました。さらに、有機溶剤、塩素系漂白剤・殺菌剤も、その他の物質と組み合わさって「月1~3回」ばく露した場合、生まれた子どもの先天性心疾患の発生リスク増加と関連していることが示されました。エンジンオイル、はんだなど鉛を含む製品、無鉛はんだ、微生物が「週1回以上」ではなく「月1~3回」のばく露で先天性心疾患のリスクの増加と関連していた理由としては、定期的(週1回以上)にばく露する人の数が少なく、子どもの先天性心疾患の症例が限られていることが考えられます。また、日本ではこれらの職業性ばく露に対して、厳しい対策が行われている背景が推察されます。

本研究の限界点として、化学物質等の使用やその頻度は、質問票によって評価したものであり、生体試料(血液中や尿中)の化学物質濃度(ばく露量)などの客観的な指標を用いたものではないことが挙げられます。

エコチル調査では、妊娠中の両親の血液などの生体試料を採取して、化学物質濃度などの分析を行っており、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因を明らかにするために、引き続き調査を進めていきます。

特記事項

本研究成果は、2023年2月3日(金)午前9時(日本時間)に学術誌「Environmental Health and Preventive Medicine」(オンライン)に掲載されました。

題名(英語):Paternal Occupational Exposures and Infant Congenital Heart Defects in the Japan Environment and Children’s Study
著者名(英語):Mina Hayama-Terada1, MD, PhD; Yuri Aochi2,3, PhD; Satoyo Ikehara2,3, PhD; Takashi Kimura4, PhD; Kazumasa Yamagishi5, MD, PhD; Takuyo Sato6, MD, PhD; Hiroyasu Iso2,7, MD, PhD, MPH; and the Japan Environment and Children’s Study Group 8 1大阪がん循環器病予防センター
2エコチル調査大阪ユニットセンター
3大阪大学大学院医学系研究科社会医学講座環境医学
4北海道大学大学院医学研究院・医学院社会医学分野公衆衛生学教室
5筑波大学医学医療系社会健康医学
6大阪母子医療センター母子保健情報センター
7国立研究開発法人国立国際医療研究センターグローバルヘルス政策研究センター
8子どもの健康と環境に関する全国調査(JECS)グループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成
DOI: https://doi.org/10.1265/ehpm.22-00202

参考URL

大阪大学大学院医学系研究科 環境医学 池原賢代 特任准教授(常勤)研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/8572ae910669df8b.html

用語説明

ばく露

化学物質などの環境要因にさらされることをいいます。

出生コホート

子どもが生まれる前から成長する期間を追跡して調査する疫学手法です。胎児期や小児期の環境因子が、子どもの成長と健康にどのように影響しているかを調査します。大人になるまで追跡する場合もあります。

ロジスティック回帰分析

複数の要因が関連する場合に特定の事象が起こる確率を検討するための統計手法です。

オッズ比(OR)

ある現象の起こりやすさを、2つのグループで比較した統計学的な尺度です。1を超えるとより起こりやすい、1を下回るとより起こりにくいことを示します。

95%信頼区間(CI)

調査の精度を表す指標です。精度が高ければ狭い範囲に、低ければ広い範囲となります。