電子レンジでチン! ホルムアルデヒドからの選択的糖合成

電子レンジでチン! ホルムアルデヒドからの選択的糖合成

マイクロ波照射下、高温短時間で糖を選択的に合成する新技術

2023-2-3自然科学系
理学研究科教授橋爪章仁

研究成果のポイント

  • ホルムアルデヒドから選択的に糖が合成できる方法を発見
  • これまでホルムアルデヒドから糖を合成する反応では、複雑な混合物しか得られなかったが、マイクロ波を照射して高温短時間で加熱することで選択的な反応が可能に
  • 生物誕生前の糖形成経路の解明、および、化石燃料によらない合成経路の開発に期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の橋爪章仁教授らの研究グループは、ホルムアルデヒド水溶液に水酸化カルシウムを加え、マイクロ波合成装置を用いて150 ℃で1分間加熱することにより、分岐型の六炭糖七炭糖が選択的に形成することを世界で初めて明らかにしました(図1)。

ホルムアルデヒドはCH2Oの分子式を有するため、一般的な分子式が (CH2O)nである単糖の原料として利用できます。実際に、ホルムアルデヒド水溶液をアルカリ性条件下で加熱することにより、糖類似化合物(ホルモース)が得られることが1861年に発見されていました。この反応はホルモース反応と呼ばれます。その後、いくつかの研究者によりホルモース反応の詳細が調査された結果、種々の塩基性化合物が触媒として利用できるものの、その反応は非常に複雑な過程を経て進行し、ホルモースは30種類以上の化学種の複雑な混合物であることが明らかとなりました。

1970年代以降、反応条件を最適化することでホルモース反応を選択的に進行させ、特定の単糖を得る試みがなされてきましたが、その成功例は少なく、また、その多くは煩雑な手順を必要とします。

今回、橋爪教授らの研究グループは、ホルムアルデヒド水溶液に水酸化カルシウムを加え、マイクロ波合成装置で150 ℃で1分間加熱するという極めて簡便な方法で、分岐型の六炭糖と七炭糖が選択的に得られることを発見しました。これにより、生物誕生前の糖形成経路に関する新たな知見を提供するだけでなく、化石資源によらない物質合成の新たな手法の開発が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「RSC Advances」に、1月30日(月)に公開されました。

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図1.マイクロ波照射下における選択的ホルモース反応
ホルムアルデヒド水溶液と水酸化カルシウムの混合物をマイクロ波照射によって高温短時間で加熱すると分岐型の六炭糖と七炭糖が選択的に形成する。

研究の背景

ホルムアルデヒドはCH2Oの分子式を有するため、一般的な分子式が (CH2O)nである単糖の原料として利用できます。1861年にロシアの有機化学者であるButlerowは、ホルムアルデヒド水溶液をアルカリ性条件下で加熱することにより、糖類似化合物(ホルモース)が得られることを発見しました。この反応はホルモース反応と呼ばれ、その後の研究により、ホルモース反応は非常に複雑な過程を経て進行し、ホルモースは30種類以上の糖や糖アルコールを含む複雑な混合物であることが明らかとなりました。1970年代から1980年代にかけて、ホルモース反応から特定の生成物を選択的に得る試みが、特に日本において精力的に実施されました。その結果、反応条件を最適化することにより、いくつかの糖や糖アルコールが選択的に得られることが明らかにされました。1990年以降、ホルモース反応の制御に関する精力的な研究は行われていませんが、最近では、ホウ酸塩、金属酸化物、隕石の存在下でのホルモース反応で特定の糖が優先的に得られることが報告されています。

研究の内容

橋爪教授らの研究グループでは、マイクロ波を利用して高温で1分間という短時間、水酸化カルシウムを含むホルムアルデヒド水溶液を加熱することにより、分岐型の六炭糖と七炭糖が選択的に得られることを発見しました。通常、反応を選択的に進行させるためには、温和な条件で反応を行うことが通例ですが、今回の橋爪教授らの発見は、その常識を覆すものです。生成物を薄層クロマトグラフィーで単離し(図2)、質量分析核磁気共鳴法を用いて、六炭糖と七単糖の構造を決定しました。さらに、コンピュータによる 密度汎関数理論計算により評価した化合物の安定性に基づいて、反応経路を推定しました(図3)。

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図2. 薄層クロマトグラフィーによる生成物分離
1-ブタノール/エタノール/水 (9/3/1) 混合溶媒を溶離液として用いた。C6*とC7*は図3中の六炭糖、七炭糖を示します。

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図3. 推定反応経路
化合物の安定性に基づいて、図中の太い矢印に従って、反応が進行していると推定しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ホルモース反応は、生物が誕生する以前の糖形成に関係していると考えられています。本研究成果により、無生物状態での糖形成について重要な知見を与えることが期待されます。また、ホルムアルデヒドは、一つの炭素を含む化合物(C1化合物)の一つです。C1化合物は化石資源に依存しない物質として有望であり、本研究成果は化石資源によらない新しい化合物合成経路の確立に寄与することも期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年1月30日(月)に英国科学誌「RSC Advances」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Preferential Formation of Specific Hexose and Heptose in Formose Reaction under Microwave Irradiation”
著者名:Akihito Hashidzume, Toru Imai, Nanako Deguchi, Takashi Tanibayashi, Takumi Ikeda, Tomohiro Michitaka, Satoki Kuwahara, Masaki Nakahata, Yuri, Kamon and Yasuto Todokoro
DOI:https://doi.org/10.1039/D2RA07249A

なお、本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)の一環として行われ、大阪大学 大学院理学研究科企画推進本部 香門悠里講師、および、大阪大学 大学院理学研究科技術部 戸所泰人技術専門職員の協力を得て行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

ホルムアルデヒド

CH2Oの分子式を有する化合物でもっとも簡単なアルデヒド。通常、水溶液として市販されている。ホルムアルデヒド水溶液はホルマリンと呼ばれる。接着剤、塗料、防腐剤として用いられ、シックハウス症候群の原因物質でもある。

マイクロ波

300 MHzから300 GHzの周波数を持つ電磁場で、携帯電話などの通信に用いられている。また、分子の回転運動を激しくする性質があり、電子レンジとして食品などの加熱に利用されている。一般に、電子レンジで用いられているのは周波数2.45 GHzのマイクロ波である。

六炭糖

炭素数が6の単糖。

七炭糖

炭素数が7の単糖。

ホルモース

ホルムアルデヒド水溶液をアルカリ性条件下で加熱することによって得られる糖と糖アルコールの混合物。非天然型の糖を多く含むため、ホルモースの有用性は乏しい。

ホルモース反応

ホルモースを生成する反応。1861年、ロシアの有機化学者であるButlerowによって初めて報告された。カルビン・ベンソン回路が発見されるまでは、植物の光合成の反応であると考えられていた。現在は、生命が誕生する以前の糖形成経路と考えられている。

薄層クロマトグラフィー

シリカゲルを塗布した薄層を用いて混合物を分離する方法。

質量分析

化合物にエネルギーを加えてイオン化させた後、質量と電荷の比によって分離することで化合物の分子量を決定する方法。

核磁気共鳴法

原子核が持つ磁気的性質を利用して、分子の構造を決定する方法。調べたい化合物を超伝導磁石内に入れ、共鳴を起こすラジオ波の周波数を検出することで化合物の化学構造を決定できる。医療現場で用いられるMRIは核磁気共鳴をイメージングしたもの。