\恩師のお名前から命名!/ ニハイチュウの新種2種類を発見

\恩師のお名前から命名!/ ニハイチュウの新種2種類を発見

25年で58種を日本沿岸で続々発見

2025-8-8自然科学系
理学研究科教授古屋 秀隆

研究成果のポイント

  • 北海道沿岸に生息するヤナギダコから新種のニハイチュウ2種類を発見
  • ニハイチュウについてはこれまで世界的に専門家が不在で、生物としての基本的な特徴がほとんど明らかにされていなかったが、日本沿岸の調査をすることでこの分野を開拓し、日本の動物相の豊かさを微細な寄生虫類の分野において示した
  • 生物多様性の理解が深まることにより、自然とのつながりや命の尊さへの関心を育む契機となり、将来の地球環境の保全や持続可能な社会の構築に向けた意識を醸成し、科学と社会の健全な関係を築く基盤となることに期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の古屋秀隆教授は、北海道沿岸に生息するヤナギダコから、2種類の新種のニハイチュウを発見し、論文として報告しました。古屋教授は動物門の一つである二胚動物門(総称:ニハイチュウ)に属する種のおよそ半数を発見しており、その多くは日本沿岸において発見したものです。これまでに記載された種は50種を超え、日本の動物相が世界的に見てもいかに豊かであるかを微小な寄生虫類の世界においても裏付けています。

今回発見したうちの1種には、恩師・常木和日子先生への深い敬意を込めて、「ツネキニハイチュウ」と命名し、もう1種には、発見場所の白糠町にちなみ、「シラヌカニハイチュウ」と命名しました。

ニハイチュウの種については、研究を開始する以前、専門の研究者も存在せず、その進化的な位置づけをはじめ、発生、生態、種の多様性、さらにはゲノムに至るまで、生物としての基本的な特徴がほとんど明らかにされていませんでした。

今回の研究により、生物多様性の理解が深まることで、子どもから大人まで、あらゆる世代に対して自然とのつながりや命の尊さへの関心を育む契機となり、環境教育へ貢献することで科学と社会の健全な関係を築く基盤となることが期待されます。

本研究成果は、日本動物分類学会が刊行する学術誌『Species Diversity』(オンライン)において、7月17日(木)に公開されました。

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図1. ツネキニハイチュウの特徴
A: 全体像、B: 頭部、C: 生殖腺、D: 幼生の側面、E: 幼生の腹面図。染色はヘマトキシリン・エオシン染色。バーは50μm(A)、10μm(B-E)を示す。

研究の背景

本研究の対象であるニハイチュウは、底生性の頭足類(タコ類およびコウイカ類)の腎嚢内部、すなわち尿の中を生活の場としています。宿主に害はみられないため、気づかずに共生している可能性があります。ニハイチュウの体は、多細胞動物の中でも最も少ない細胞数からつくられており、消化管、筋肉、神経系などの器官を一切持っておらず、極めて単純な体制をもつ動物です。このように単純な構造を示すことから、かつては多細胞動物の起源的な形態を残す動物であると考えられていました。しかし、我々の最近の研究により、ニハイチュウは寄生生活に適応する中で特殊化した動物であることが明らかとなりました。ニハイチュウの種については、研究を開始する以前、世界全体でわずか69種、日本においては4種にとどまっていました。一つの独立した動物門でありながら、専門の研究者も存在せず、その進化的な位置づけをはじめ、発生、生態、種の多様性、さらにはゲノムに至るまで、生物としての基本的な特徴がほとんど明らかにされていない状況にありました。このような学術的空白の中で、古屋教授は、この動物門に関する生物学的諸問題を包括的に解明し、その門の固有の特徴を明確にすることを目的として、研究を始めました。体系的な調査・解析を通じ、この動物門の全体像を明らかにし、“ニハイチュウの生物学”確立を目指しました。

研究の内容

古屋教授は、動物門の一つである二胚動物門に属する種の多様性を明らかにするため、これまで多くの頭足類を対象に調査を進めてまいりました。その成果として、これまでに世界で知られている種のおよそ半数を記載しており、その大半は日本沿岸において発見されました。古屋教授の記載種は50種を超え、日本の動物相が世界的に見てもいかに豊かであるかを、微細な寄生虫類の分野においても示しています。このたび、北海道白糠町の沿岸に生息するヤナギダコから、2種類の新種のニハイチュウを発見し、記載しました。2月の零下の気温の中、白糠漁港でタコを解剖し塗沫標本作りを行いました(図1)。そのうちの1種については、長年にわたりご指導とご支援を賜った恩師・常木和日子先生への深い敬意を込めて、「ツネキニハイチュウ」と命名しました。

また、もう一人の恩師である故・越田豊先生に対しては、以前発表した常木先生と古屋教授の共著論文において「コシダニハイチュウ」と命名しています。これらの命名には、親が子に名を与えるように、名もなき小さな生物に、師への敬愛と感謝の念を込めるという、深い思いが込められています。

ニハイチュウの分類は、幼生および成体の外部形態、体を構成する細胞の種類をすべて詳細に明らかにし、記載することで行います。この動物に特有の性質として、幼生および成体を構成する細胞数が種ごとに一定であることが知られており、その特徴を分類に利用するため、細胞数の計数も行います。なお、個体は肉眼では観察できないほど微小であるため、光学顕微鏡を用いて、種の異同を判定する形質:頭部を構成する細胞の数、配列、形態(円錐形、半球型、円盤形、不定形)、生殖腺の数や大きさ、および配偶子(卵や精子)の数などを観察します。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、日本の豊かな動物相を対象とした基礎研究が、自然科学的意義にとどまらず、未発見の生物資源の発掘、生態系の維持メカニズムの解明、さらには固有種の保全とその管理手法の構築などを通じて、人類社会に多大な貢献をもたらす可能性を示すものです。加えて、生物多様性の理解が深まることにより、子どもから大人まで、あらゆる世代に対して自然とのつながりや命の尊さへの関心を育む契機となり、環境教育の充実にも寄与します。こうした知識の蓄積と共有は、将来の地球環境の保全や持続可能な社会の構築に向けた意識の醸成につながり、科学と社会の健全な関係を築く基盤となることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年7月17日(木)に日本動物分類学会が刊行する学術誌『Species Diversity』において掲載されました。

タイトル:“Two new species of dicyemids (Phylum Dicyemida) from Octopus conispadiceus (Mollusca: Cephalopoda: Octopoda) in Japanese Waters”
著者名:Hidetaka Furuya
DOI:https://doi.org/10.12782/specdiv.30.135

参考URL

SDGsの目標

  • 14 海の豊かさを守ろう

用語説明

動物門

生物の中で、「動物」を分類するための大きなグループの1つが「門(もん)」です。動物は見た目も生活の仕方もとても多様です。そこで、生物学では体のつくりや発生の特徴、DNAの情報などをもとにして、「門」という単位で大きく分けて考えることで、進化のつながりや動物の共通点・違いを理解しやすくしています。たとえば、魚や人間が属する「脊索動物門」、頭足類や貝が属する「軟体動物門」などがあります。

寄生虫類

他の生物(宿主)にとりついて(寄生して)、栄養や生育環境を利用して生活する生物。寄生虫は宿主に一定の害を与えますが、宿主をただちに死に至らせることは少なく、両者は長期的な共存状態にあります。

ゲノム

生き物がもつすべての遺伝情報のことで、生物の体をつくるための設計図のような役割を果たします。DNA(またはRNA)に書かれた遺伝子の並び方、遺伝子以外の領域の調節配列や繰り返し配列など、染色体の数や形などが含まれ、ゲノムを調べることで、その生物の進化や機能、特徴がわかります。

沫標本

血液、体液、上皮組織、幼生などをスライドガラス上に薄く広げて固定・染色し、顕微鏡で観察できるようにした標本のこと。「とまつひょうほん」と読みます。