エクソソームを包む脂質膜は「生きた膜」だった!

エクソソームを包む脂質膜は「生きた膜」だった!

2022-11-30自然科学系
理学研究科特任助教(常勤)安田智一

研究成果のポイント

  • 細胞から生産される直径100 nm程度の微小な小胞であるエクソソームの脂質膜には細胞膜と同様に情報伝達を担える領域が多く存在することを明らかにしました。
  • エクソソームを包む脂質二重層は細胞膜と似ており、表裏の物性が異なる「非対称性」を有することを明らかにしました。
  • 脂質組成を改変することで情報伝達活性を補正した半人工エクソソームが創成されれば、病気の治療などへの応用が期待されます。

概要

大阪大学大学院理学研究科の安田智一特任助教(常勤)、大学院生の渡辺宏史さん(博士後期課程)、花島慎弥准教授は、岐阜大学糖鎖生命コア研究所の鈴木健一教授、廣澤幸一郎研究員、東北大学大学院工学研究科の菅恵嗣准教授と共同で、細胞から生産される直径100 nm程度の微小小胞(エクソソームとも呼ばれる)を包む脂質膜は、表裏が異なる物性を示し、非対称な二重層から構成されていること、細胞膜の信号伝達を担う脂質ラフトのような揺らぎが抑えられた領域が存在することを世界で初めて明らかにしました。細胞から分泌されたエクソソームは体内をめぐり、内包するメッセージ物質を目的の組織へ運ぶ働きをしています。エクソソームはガンの転移先を決めたり、受精や老化など様々な生命現象において、細胞間の情報伝達の新しい担い手として注目されています。しかしエクソソームがどのような機構で無数の細胞の中から標的細胞を選択しているのかよくわかっていない部分も多く、現在世界中で研究されています。

今回、研究グループは、膜に取り込ませた蛍光分子から得られる情報を精密に解析することで、エクソソームを囲む脂質二重膜の表側で最大半分程度が細胞での信号伝達を担う脂質ラフトのような領域で占められていることがわかりました。さらにはこれまで考えられてきたものと異なり、エクソソームを包む二重層の表裏の物性が異なる「非対称性」を保持していることも明らかにしました。今後、これらの知見をもとにして、エクソソームが標的細胞を選択する機構の解明が促進されるとともに、エクソソーム膜の脂質ラフトのような領域や非対称性などの性質を調節することができれば、情報伝達活性を自在に調節した半人工エクソソームの創成が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Langmuir」に、11月24日(木)に公開されました。

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図1. エクソソーム膜と細胞膜との相互作用の模式図

研究の背景

これまで、細胞間の情報伝達を担う微小な小胞であるエクソソームは、情報の本体として内包されている核酸やタンパク質に関して研究が進められてきました。その一方で、このような重要な積み荷を包む脂質二重膜は、標的細胞に一番初めに触れる部位であるにもかかわらず、あまり研究が進んでいませんでした。エクソソームが大変小さく成分が微量であるため、膜をこわさずそのままの状態で直接観測することが難しいことがその理由の一つでした。

研究の内容

今回、研究グループは、種々の蛍光分子の中から、特にエクソソームの脂質膜に親和性の高い蛍光分子を選択しました。これらの蛍光分子をエクソソームの脂質膜にとりこませて得られる蛍光情報(蛍光異方性や蛍光寿命など)を精密に解析しました。細胞膜は脂質二重層の表裏が異なる脂質組成からなる「非対称性」や膜上の脂質分子が離合集散する動的性質により信号伝達等の生物活性を担う「生きた膜」を有しますが、これまでエクソソーム膜は、このような動的な性質があるかよくわかっておらず、非対称性は消失していると考えられてきました。しかし、今回の研究により、エクソソームを囲む脂質二重層の外面の最大で半分程度が、細胞での信号伝達をになう脂質ラフトのような領域で占められていることを明らかにしました。さらにエクソソームを包む二重層の脂質膜は、これまで考えられてきたものと異なり、脂質二重層の表裏の物性が異なる「非対称性」を保持していることも明らかにしました。このような、エクソソーム膜の表裏の非対称性が、エクソソームの生体内での活性や寿命を決めている可能性もあると考えています

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図2. エクソソームの電子顕微鏡写真と、本研究成果から推定されるエクソソーム膜の模式図。エクソソームを包む膜には側方相分離と、表裏の膜葉の非対称性を有することがわかった。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、これまで未解明であったエクソソームを包む脂質二重層が細胞膜と同じような、「生きた」状態の膜であることがわかりました。これにより、エクソソームが標的細胞を選択する機構の解明が促進されます。元気な脂質膜につつまれたエクソソームと、活性の低下した膜を有するエクソソームでは、標的となる細胞への取り込まれる割合が違う可能性もあります。エクソソーム膜の性質を改変するため、脂質組成を改変、人工分子の挿入、などおこなうことで情報伝達活性を自在に調節した半人工エクソソームの創成が期待されます。さらには、本成果の先にはまだ顕在化していないがんの転移を標的とした薬物治療などへのさらなる応用展開の可能性を秘めます。

特記事項

本研究成果は、2022年11月24日(木)に米国科学誌「Langmuir」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Fluorescence spectroscopic analysis of lateral and trans-bilayer fluidity of exosome membranes”
著者名: Tomokazu Yasuda1,*, Hirofumi Watanabe1, Koichiro Hirosawa2, Kenichi G.N. Suzuki2, Keishi Suga3, and Shinya Hanashima1,*
1)大阪大学大学院理学研究科
2)岐阜大学糖鎖生命コア研究所
3)東北大学大学院工学研究科
* 共同責任著者
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.langmuir.2c02258

本研究成果は、掲載号の表紙に採用されました

なお、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST研究 「高精度1分子観察によるエクソソーム膜動態の解明(研究代表者:鈴木健一)」、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤C「生体モデル膜における脂質の膜動態解析に基づく脂質非対称性の生理的意義の解明(研究代表者:安田智一)」、基盤C「脂質ラフトにおける糖脂質ータンパク質会合体の形成機序の解明(研究代表者:花島慎弥)」の一環として行われました。

参考URL

用語説明

エクソソーム

細胞が分泌する直径が50~150 nm程度(細胞の100分の1以下の直径)の小胞で、核酸やタンパク質、脂質などを積み荷として標的の細胞へ輸送することで、遠隔細胞間の情報伝達をになう。

脂質ラフト

細胞表面に一過性にタンパク質や糖脂質などが集合して形成される微小領域で、細胞膜を介した情報伝達やウイルスの感染などに関与する。

脂質二重膜

脂質二重層とも呼ばれる。細胞膜は両親媒性のリン脂質や糖脂質とタンパク質などから構成され、脂質分子は親水基を外側に、疎水基を内側に配置した二重の膜により形成されている。

側方相分離

水と油を混ぜたときに水と油それぞれが集まり、分離することを液-液相分離という。特定の脂質同士がそれぞれ集まることで複数の脂質分子からなる二重膜でもこれと同様に、平面的な相分離がおこる。これを側方相分離とよぶ。脂質ラフト形成の原理の一つとも考えられている。

膜葉

脂質二重膜の各層は膜葉とも呼ばれる。