歯根を覆うセメント質の謎に迫る!
セメント質形成に着目した歯周組織再生療法の開発に期待
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院 歯学研究科の岩山智明助教、岩下瑞穂さん(大学院博士課程)、村上伸也教授らの研究グループは、大阪大学大学院 医学系研究科保健学専攻 再生誘導医学協働研究所などとの共同研究により、歯を支える歯周組織がどのように維持され、損傷時にどのように修復されるかについての解明に取り組みました。その結果、同研究グループが歯根膜で高発現する分子として同定したPlap-1を発現する細胞が歯周組織の維持や修復の中心的役割を担っていることが明らかとなりました。さらに骨芽細胞に比べてその理解が大きく遅れていたセメント芽細胞に焦点をあて、同細胞を特徴づける分子としてSparcl1を同定しました。
歯周病で失われた歯周組織を理想的に再生誘導するために、セメント質が形成されるしくみを知ることは大変重要です。今回の発見は、セメント質形成を標的とした効率的な歯周組織再生療法の開発につながるものと期待されます。
本研究成果は、2022年10月17日(月)16時(日本時間)に英国科学誌「Development」(オンライン)に掲載されました。
図. 本研究が明らかにした歯を支える重要な細胞群を特徴付ける分子
研究の背景
歯根の表面を覆うセメント質と歯槽骨(歯を支える顎骨の一部)は、強固で柔軟なコラーゲン線維を介して結合しており、この線維性結合により歯は顎骨に強固につなぎとめられています(図)。歯周病はセメント質と顎骨の間の線維性結合が破壊される病気であり、その理想的な治療の目標は「セメント質の新生を伴う線維性結合の再生(新付着)」です。しかしながら、生体内でどのようにこのセメント質に依存した結合が維持され、修復されるかについては、長年実証されてきませんでした。また、骨が作られるしくみについての理解に比べてセメント質形成に着目した研究は不十分で、セメント質を作るセメント芽細胞と骨を作る骨芽細胞の違いについても十分な解明がなされていませんでした。
研究の内容
本研究グループでは、歯周組織の仕組みを研究するための遺伝子改変マウス(歯根膜特異的分子Plap-1を発現する細胞の運命(系譜)を追跡できるマウス)を独自に作製し、細胞系譜解析を行うことで歯周組織がどのように維持され、損傷時に修復されるかについて検討いたしました。その過程で歯周組織の細胞を効率的に分取する手法を開発し、同手法を用いてセメント芽細胞を含む、歯周組織の全細胞を網羅した、1細胞アトラスを作製しました。その結果、Plap-1陽性の歯根膜細胞が歯周組織の維持・修復を担っていることを実証するとともに、これまで似て非なる細胞と言われてきた顎骨をつくる骨芽細胞とセメント質をつくるセメント芽細胞の違いを遺伝子発現の観点から初めて見出しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、歯を支える組織(歯周組織)についての理解が深まり、歯周病の診断・治療に役立つ基本的な情報が得られたのみならず、セメント質新生に焦点をあてた、効率的な歯周組織再生療法の開発につながる大切な情報が得られました。
特記事項
本研究成果は、2022年10月17日(月)16時(日本時間)に英国科学誌「Development」(オンライン)に掲載されます。
タイトル:“Plap-1 lineage tracing and single-cell transcriptomics reveals cellular dynamics in the periodontal ligament”
著者名:Tomoaki Iwayama, Mizuho Iwashita, Kazuya Miyashita, Hiromi Sakashita, Shuji Matsumoto, Kiwako Tomita, Phan Bhongsatiern, Tomomi Kitayama, Kentaro Ikegami, Takashi Shimbo, Katsuto Tamai, Masanori A Murayama, Shuhei Ogawa, Yoichiro Iwakura, Satoru Yamada, Lorin Olson, Masahide Takedachi, and Shinya Murakami
DOI:https://doi.org/10.1242/dev.201203
なお、本研究は、科学研究費助成事業の支援により実施されました。
参考URL
用語説明
- 1細胞アトラス
シングルセルRNAシーケンスにより組織から分取したすべての細胞の遺伝子発現を網羅的に解析する。遺伝子発現の特徴が似た細胞集団に分類し、それぞれの細胞の種類を同定したり、細胞の分化経路を推定したりすることが可能となる。
- セメント質
歯根の表面を覆う、厚さ約10~20μmの薄い硬組織。
- Plap-1(Periodontal ligament-associated protein-1)
歯周組織のなかでも歯根膜に特異的に高く発現する分子。
- 新付着
セメント質の新生を伴う結合組織性付着が歯根面に対して生じること。
- 細胞系譜解析
遺伝子改変マウスを組み合わせて、生体内で特定の細胞を蛍光タンパク質で標識し、その細胞の運命を追跡する方法。