日本人アルツハイマー型認知症を非侵襲の大脳刺激で改善

日本人アルツハイマー型認知症を非侵襲の大脳刺激で改善

薬物に頼らない治療法に期待

2022-10-12生命科学・医学系
医学系研究科特任教授齋藤洋一

研究成果のポイント

  • 非侵襲的に大脳皮質を刺激する事ができる反復経頭蓋磁気刺激 (rTMS)により、日本人アルツハイマー型認知症が改善することを明らかにした。
  • rTMSはうつ病治療に有効であり、2019年から米国製機器が保険適用となっているが、アルツハイマー型認知症に対する有効性を示した検証試験はなかった。日本人アルツハイマー型認知症に関しては初めてのデータで薬物だけに頼らないアルツハイマー型認知症治療が期待できる。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の齋藤洋一特任教授(研究当時、現 大学院基礎工学研究科 特任教授)らの研究グループは、帝人ファーマ(株)と共同開発した反復経頭蓋磁気刺激による両側前頭前野の高頻度刺激を4週間施行することで、軽度~中程度のアルツハイマー型認知症が、偽刺激に対して、有意な改善を認め、その効果は約20週継続することを明らかにしました。

これまでアルツハイマー型認知症は、4種類の投薬(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン、メマンチン)が保険適用とされていますが、効果は限定的です。最近、米国でアデュカヌマブが承認され、新薬レカネマブも臨床試験で有効とされていますが、軽症例が対象で、その効果も確立されていません。一方、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)は、海外でも検証試験として有効性が示されていませんでした。

今回、研究グループは在宅用rTMS機器開発を目指し、帝人ファーマ(株)と共同開発し、臨床研究用に開発した未承認医療機器を用いて、日本人アルツハイマー型認知症に対する有効性を検討すべく探索的臨床試験を行いました(図1左)。右図は我々が開発した偏心球面コイルを示しています。このコイルはエネルギー効率を改善させました。その結果、認知症のスクリーニング検査であるMMSE(ミニメンタルステート検査)が30点満点中15~25点の患者(軽度~中程度の認知症)であれば、偽刺激に対して有意な認知機能の改善を認めました。その効果は約20週継続しました。その治療効果は日本発のアルツハイマー型認知症薬であるドネペジルと比較しても劣るものではなく、むしろ即効性、持続性が示唆されました。うつ症状も改善される傾向がありました。

今後、軽症~中等症の日本人アルツハイマー型認知症の新たな非侵襲的脳刺激療法として期待されます。

本研究成果は、国際誌「Frontiers in Aging Neuroscience」に、10月11日(火)(日本時間)公開されました。

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図1

研究の背景

これまで、アルツハイマー型認知症は4種類の投薬がなされてきました。新薬アデュカヌマブ、レカネマブに期待もありますが、軽症例が対象で、評価も定まっていません。rTMSは副作用の少ない非侵襲の脳刺激であり、うつ病に対して、米国製機器が保険適用となっています。

研究の成果

今回、研究グループは帝人ファーマ(株)と共同開発したrTMS機器を用い、日本人アルツハイマー型認知症の改善について、探索的研究を行いました。両側前頭前野に10 Hz 計1200発(刺激強度:120%、90%安静運動閾値および偽刺激)を4週間施行したところ、MMSE10~25点の全患者対象では、有意な有効性が示されませんでしたが、MMSE15点以上に限ると、偽刺激に対し、120%群は4週後に有意なADAS-cog(アルツハイマー病評価尺度-認知行動-日本版)スコアの改善が示されました(図2)。具体的にはADAS-cog 3点以上の改善を認めた症例が、120%群では5/12例(41.7%)、90%群では3/10例(30%)、偽刺激では0/9例であり、120%群は偽刺激に対して有意な改善を認めました。その効果は、約20週継続することが示されました。また、MoCA-J(日本語版モントリオール認知機能検査)、MMSEにおいても同様の傾向が示されました。日本人と欧米人とは、頭部形状などが異なり、日本人におけるrTMSの有効性を示したことは特筆に値します。

日本発のアルツハイマー型認知症薬であるドネペジルの治験データ(Homma A, et al: Dement Geriatr Cogn Disord 2000;11:299-313)をみると、内服12週後から有意なADAS-cogの改善(偽薬に対して平均2.54点の差)を認めています。今回のrTMSによる改善は、介入直後の4週後から認めており、その後、20週まで継続していることから、ドネペジルよりも即効性があり、3-4ヶ月毎に繰り返すことで、治療できると考えられます。また本治療は患者のうつ症状にも効果があることが示されました。メカニズムとしては、1)脳内ドーパミン系が賦活される、2)前脳基底部と背外側前頭前野を結ぶコリン作動性線維連絡の強化、3)長期増強(神経細胞間のシナプスにおいて伝達効率が長期的に上昇する現象)の強化、等が想定されます。よって重症例では、ドーパミン系の活性、コリン作動性線維連絡、長期増強が不可逆的に低下しているため、rTMS治療効果が認められないと考えられます。

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図2. Adas-cogスコアの変化量
MMSE15点以上の患者でADAS-cogスコアがrTMSにより改善した。数値が低くなるほど改善したことを示す。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これまでは軽度~中程度(MMSE15~25点)のアルツハイマー型認知症患者の症状改善に関して、4種類の投薬のみが投与され、効果も限定的でありましたが、本研究成果により、反復経頭蓋磁気刺激による症状改善が期待されます。その効果は即効性があり、改善量も内服薬と比べて劣りません。また反復経頭蓋磁気刺激はうつ病に有効であることから、すでに保険適用となっており、今回の試験でも、アルツハイマー型認知症患者のうつ症状が改善され、考え方が前向きになることが示されました。

特記事項

本研究成果は、国際誌「Frontiers in Aging Neuroscience」に、10月11日(火)(日本時間)公開されました。

【タイトル】 Randomized, sham-controlled, clinical trial of rTMS for patients with Alzheimer’s dementia in Japan
【著者名】Youichi Saitoh1, Koichi Hosomi1, Tomoo Mano1, Yasushi Takeya2, Shinji Tagami3, Nobuhiko Mori1, Akiyoshi Matsugi4, Yasutomo Jono5, Hideaki Harada6, Tomomi Yamada6, Akimitsu Miyake6
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 脳神経機能再生学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 老年・総合内科学
3. 大阪大学 大学院医学系研究科 精神医学
4. 四條畷学園大学 リハビリテーション学部
5. 奈良学園大学 保健医療学部
6. 大阪大学医学部附属病院 未来医療開発部

なお、本研究は、AMED 医療機器開発推進研究事業「医療費適正化に資する医療機器の実用化を目指す医師主導治験・臨床研究」研究課題名「アルツハイマー病に対する医療費削減を目指した在宅型非侵襲脳刺激療法の探索的臨床研究」とAMED 国際脳科学研究推進プログラム「マルチスケール脳回路機能解析プラットフォームの構築~回路操作と機械学習を活用した種間双方向アプローチ~」のサポートを受けて行われ、帝人ファーマ(株)の機器提供を得て行われました。

用語説明

反復経頭蓋磁気刺激

非侵襲的に大脳皮質を刺激する事ができる。様々な神経疾患において研究が進んでいるが、うつ病に対して、日本でも2019年、米国製の機器が保険適用となった。

アルツハイマー型認知症

認知症のなかで最も多いと言われており、寿命の延長と共に患者数が世界的に増加しており、治療薬が限られており、医療費だけでなく、介護費用等の急増が社会問題となっている。

MMSE(ミニメンタルステート検査)

認知症のスクリーニング検査で、国際的に用いられ、短時間にできる。重症度も簡易的に判断できる。

安静運動閾値

安静時に、経頭蓋磁気刺激で、ごく小さい運動誘発反応を生じさせる最小の刺激強度。

ADAS-cog(アルツハイマー病評価尺度-認知行動-日本版)

認知症に薬物をはじめとする種々の治療法が行われた場合、その治療効果を測定するテストとして最もよく使用されるテスト。

MoCA-J(日本語版モントリオール認知機能検査)

短時間の検査で、主に軽度認知障害の検出を目的としたもの。